飛び立つことはできないから、

緑川

文字の大きさ
6 / 12

第五羽 画策と錯覚

しおりを挟む
「で、何でこうなった?」

「あ?そりゃ、行き詰まってっからだろ」

 約数分前のこと。

 職員室へと淡々と進みゆく中で、忽然と、見覚えのある野郎を、視界の端に捉える。

「あ?」

「は?」

 徐に一瞥すれば、傍には相川の姿があった。

「何でいんだよ、つーかどこ行くんだよ」

「関係ないだろ」

「そうだな、ならさっさと教室戻れよ。授業始まるぞ」

 息を切らして教室へと駆け込んでいく、数人の生徒たちとすれ違う度に、言葉を交わす。

「お前こそ戻れよ」

 そんな小競り合いをしている中で、自然と歩幅も大きく、素早い足並みになっていく。

「廊下走んなよ、張り紙も見えねえのか?」

「お前こそ、自分の脚を見て言えよ」

「……」

「……ッ!」

 チラチラと視線を泳がせ、互いの血走った眼がぶつかり合った時。

 静寂。

 俺たちは妙な間を踏み抜いて、全力で駆け出した。

「うぉぉぉっ!!」
「チィっっ!!」

「んー?あっ?廊下を走るなっ!!」

 桜井先生の髪をふわりと靡かせるほどの怒号が、俺たちの暴走機関車たる歩みを急ブレーキを掛けるように慌ただしく止めさせた。

 
「相川と……あー。どうした?」

「3組の暗めの眼鏡の子って知ってますか?」

「暗めの眼鏡……。あぁー!えっ、みーみ。
……水瀬か!それが何だって言うんだ?」

「……」

 物憂げな表情で、こちらの顔つきを窺う。
 俺はそっと顔を上下に振って、相川の眼差しとともに、

「最近の噂なんですが、3組ってのは少し、はっちゃけていると云うか、やり過ぎな一面があるってのを耳にしたんですが……」

「あ?」

「その水瀬君が、自分の意思とは別に、その渦の中心にいるような気がしてるんですが」

「あいつらが好きにやってんだから、別にお前たちが特別気にする必要ないだろ?あぁ、お前ら、あいつに気があるんだろ!?青いねーー。だが、あんま恋にうつつ抜かすなよ」

 まるで肥えた雌豚みたいだな。
 いや己の立場を弁えぬ分、家畜以下の塵。

 ヘラヘラとした上っ面の嘲笑う様を直視しているだけで、絶えず、吐き気を催してくる。

 ん?

 一人の教師が俺たちの様子を窺っていた。

 新任教師の誰だっけ?

「そうですか、ありがとうございました」
「失礼します」

 名は覚えていないが、俺たちの去り際を、不思議そうに瞬くことなく注視していた。

 もしかしたら、俺たちの問題に聞き耳を立てていたのかもしれない。

 けれど、それも単なる興味本位だろう。

 そして、敗走を余儀なくされた俺たちは、渋々コーヒー臭さが漂う職員室を後にした。

 そして、今に至る。

「あれは容認してるのか?それとも、俺たちの意図も読めない廃棄物か、なんなのか?」

「さあな」

 あんな様を見せられてしまったら、袂を分つかのように喧嘩別れした野郎とも、半ば強引に結託せざるを得なかった。

「そもそも、その輪ってのは、簡単に逃れられるもんなのか?」

「それなら問題ないと思う」

 徐に両腕に深々と刻まれた爪痕を翻す。

「猫か?」

「甘えん坊で寂しがり屋の可愛い黒猫だよ。今も家で退屈そうに幸せそうに生きてる」

「そうか、そりゃ良かったな」

 傷痕に触れるたびに、走馬灯のように瞬く間に記憶が蘇っていく。

 黒洞々たる闇夜の道すがらに、黄金色を帯びた痩躯の黒猫が眼前を横切った。

 似つかわしくない天の輪が載せられていて俺はその様を見て、一心不乱に駆け出した。

 車の陰に紛れていくよりも、家屋の隙間に潜り込むよりも僅かに早く、抱きしめた。

 鋭利な爪が幾度なく柔な肌を切り裂いて、真っ赤な鮮血が滴って、頬にとめどなく雫が伝っていきながらも、父と姉に懇願した。

 そして、動物病院まで間、その子を決して手離すことはなかった。

「何で、死にたいのかな?」

「まだ、そうと決まった訳じゃねぇだろ。それに、生きてりゃ色々とあんだよ。お前には分かんないだろな」

「あぁ、全くこれっぽっちも分かんないね」

 そっと脇腹に手を添える。

「死に急ぐ癖に意外と臆病だもんな、お前」

「悪かったな」

「色で区別が付くのは良いとして、明確に日程とかは見えないのか?」

「見えてたらあんな結果になってないだろ」

「……そうだよな」

「とりあえず、どうしようか」

「お前は今まで通りやってればいい」

「は?」

「だから!原因は俺が一人で探すから、お前はあいつの傍で見てろって、言ってんだよ」

「相川……」

「なんだよ……」

 視線がぶつかり合うことに突然、相川は、照れくさそうに頬を緩ませ、あらぬ方へとそっぽを向けた。

「カッコつけんのは良いけど、ちゃんとやれよ?お前って案外、頼りにならないからな」

「うるせえな!」

「授業始まるぞ?」

「分かってるっての!」

 そそくさと立ち上がり、教室へと向かう。

 その道すがらに弾ませるような会話も無く、妙な沈黙が続いていたけれど、不思議と嫌気の差すような気分ではなかった。

 段々と、終わりへと収束していく。

 まだ一週間はこれからだというのに……一秒が、一日があっという間に過ぎていく。

 
「あっ、また……来たんだ」

 含みを持たせるような第一声に、妙な冷や汗を額に滲ませながら、床に腰を下ろした。

「ごめん、来たらまずかった?」

「いいえ、ただちょっと不思議で」

「不思議?」

「えぇ、もう二度と来ないと思ってたから」

 俺も君さえいなければ、二度と立ち入らなかったかもしれない。

 屋上は多くのものを見渡せるから、あんまり足繁く通うのは好きじゃなかった。

 人を見下ろしていると、またいずれ、あれが誰かに見えてしまうかもしれないと、ビクビクと生まれたての羊のように体を震わせてしまうから。

「俺も……そう思ってたよ」

「そう、だったんだ」

 また沈黙が漂う。

 これ程までに晴天な黄昏時に、澱んだ憂鬱な気持ちで沈んでいく夕日を眺めていく。

 今日は何を語ろうか。

 ほんの数十分の間だけ許された彼女との時間が怖くもあり、安らぎにも感じて始めていた。

 彼女は相槌一つさえ打つことなく、耳障りにならぬように、俺の言葉に耳を澄ませる。

 けれど、語らない。

 俺も彼女も近況報告ばかりで、本当に好きなもの、嫌いなもの、そして過去には一切話が広がらず、その全てに頑なに口を噤んだ。

 ……また一日が終えた。

 そして、相川との地獄の時間だ。

「しょげてる暇無いぞ。色々と聞いて、あいつの家の近くまで行ったんだが……」

 行動力の鬼が、前日の近況報告を伝えに、今日は何故だか、いつもより人の目をより避けるように、屋上前での会話を要求した。

「まぁ、うん。やばいな」

「何が?」

「集合住宅だから真相は定かじゃないが、ゴミ置き場に大量の空き缶が捨てられていた。それも全部アルコール類だ」

「……虐待かな?」

「さぁな。本当は家まで訪ねたかったんだが、案外、あいつ、あぁ、あいつのは名前水瀬あかりな。水瀬の帰りが早くってな。つーか、お前もっと時間稼げよ!役立たずが!」

「下手に引き止めても怪しいだろ。話してる時もそんな嬉しそうじゃなかったし、多分、暇つぶし程度にしか思われてないんだよ…」

「ハァ……。あぁ、もう警察に言えば、良いんじゃねえか?ただの高校生二人じゃ、手に負えないだろ、こういうのって」

「それで救われるんなら、本望なんだけど」

「人間の心なんざ案外単純なもんだろ。感情が混ざり合って入り組んでるように見えてるだけで」

「なら、お前は何のために関わったんだよ」

「俺たちにできることが何もないから、言ってんだろうが。人の話ちゃんと聞けよ」

「聞いてるだろ!」

「どうだろうな、その邪魔な前髪が、余計に信用ならないね」

「良いだろ別に!切り行くのが面倒なんだよ!」

「二人とも何をされてるんですか?」

 一人の男が割り込んだ。

 それは、その姿は、あの時の新任教師の、憂鬱そうに陰険で歪な表情を浮かべた様であった。

「あっ……」

「ちょっと、二人で内密なお話をしてまして」

「へぇー、内密ですか。僕も混ぜてくれませんか?水瀬あかりさんの大切なお話を」

 聞かれていた。

 一部始終を。

「あぁ、僕は大野和人です。よろしくお願いします」

 最悪な方へと物事は進んでいく。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

『続・聖パラダイス病院』

菊池昭仁
現代文学
『聖パラダイス病院』の続編です。こんな病院なら入院生活も悪くはありません。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ママはヤンママ女子高生! ラン&ジュリー!!

オズ研究所《横須賀ストーリー紅白へ》
キャラ文芸
神崎ランの父親の再婚相手は幼馴染みで女子高生の高原ジュリーだった。 ジュリーは金髪美少女だが、地元では『ワイルドビーナス』の異名を取る有名なヤンキーだった。 学校ではジュリーは、ランを使いっ走りにしていた。 当然のようにアゴで使われたが、ジュリーは十八歳になったら結婚する事を告白した。 同級生のジュリーが結婚するなんて信じられない。 ランは密かにジュリーの事を憧れていたので、失恋した気分だ。 そう言えば、昨夜、ランの父親も再婚すると言っていた。 まさかとは思ったが、ランはジュリーに結婚相手を聞くと、ランの父親だと判明した。  その夜、改めて父親とジュリーのふたりは結婚すると報告された。 こうしてジュリーとの同居が決まった。

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日19時に更新予定です。

性別交換ノート

廣瀬純七
ファンタジー
性別を交換できるノートを手に入れた高校生の山本渚の物語

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

処理中です...