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第四羽 友だちの友達
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「あそこだ」
彼女の姿は、相川の口述通りであった。
たわいもない会話が飛び交う教室の四隅で、誰に関わるでもなく、ただ一人で静かに外を眺めていた。
「……どうするかな」
「話しかければいいだけだろ」
「いいや、やめておこう」
「その訳は?」
「別に。ただ、気乗りしないってだけだ」
まだ彼女の輪は消えていない。それどころか、先日より鮮明になりつつあるようにさえ見えた。
刻一刻と時間が迫っている。
……。
果たして、こんな奴に放課後を費やしていいものなのだろうか、甚だ疑問であった。
睡魔が頻りに誘う、退屈な授業が淡々と過ぎてゆく中で、ザーザーと鼓膜に響き渡る雨音が、次第に雑音に呑まれていく。
雨、止みそうだな。
全ての授業が終わりを告げる頃、無数の差異たる水溜りを残して、音は静かに止んだ。
傘を右手に、左には相川を添えて、昇降口前で茫然と立ち尽くしていた。
生徒たちが清濁を併せた水溜りを、平然と踏みしめていき、水飛沫が宙に舞う。
「本当に部活休んでいいのか?評価下がるぞ」
「評価を気にするほど繊細じゃねえよ。それに優先順位は格段にこっちが上だからな」
「あっそう。で、どこ行くんだよ?屋上とか?」
「閉まってんだろ」
まるでショーを楽しむ観客のように、彼女は俺たちを見下ろしているのだろうか。
「こっからでも、見えるかな?」
「……?まぁ、道すがら考えようや」
「はぁ……」
牛歩の如く重い足取りで、渋々、歩みを進めていった。
相川は迷いなどは一切見せることなく、悠然と大通りを闊歩する。
その背に付く身からすれば、単に能天気に散歩しているようにしか見えないが……。
歩みを止めることなど頭の片隅にすら置いていなかったが、某マックで突然立ち止まった。
「どうした?」
「腹減ったな」
「減ってないよ」
緩やかに爪先を店内へと向ける。
「減ってないって」
「じゃあ、そこで待っててくれ」
「はぁ?」
遂に己の欲求を満たすがために、先方を道に待たせる愚行に走る始末とは此は如何に。
このまま走って逃げてしまおうという選択さえも思わせぬ、大胆な生き様に、もはや脱帽せざるを得なかった。
…………。
それにしても、無駄に長い。
付き添いの待ち時間というのは、何故こうも長いのだろうか。
老若男女が次々と店内に入っていく様を、ただ茫然と横目で見る時間が延々と続いていく最中、やはり彼女の事が頭に浮かぶ。
恋煩いであって欲しいと思うほどに、幾度となく頭をグルグルと駆け巡っていく。
それなのに、一向に答えが見つからない。
己の一挙手一投足がここまで他者の命を揺るがす恐れがあると思うと、あの場所に行くことさえ億劫になってしまいそうだ。
「遅い」
もはや無意識の領域で、足音を忍ばせながら大きく一歩を踏み出そうとした瞬間。
「待たせて悪かったな」
三度、阻まれた。
「あのな、俺はお前の買い食いに付き合わされるために来たんじゃないんだよ」
「腹は減るだろ、生きてんだから」
「まさか、歩きながら食わないよな?」
「……それもそうだな。近くの公園でも行くか」
「はいはい」
大雲から陽が僅かに顔を覗き出し、砂場で仲睦まじく戯れる3人の子供たちと眼下の水溜りが、煌々たる輝きを発していた。
ベンチの端に徐に腰を下ろし、これ又、馬鹿みたいな大荷物を抱えし者に目を向ける。
「買い過ぎだろ、食えんのかよ一人で」
「あぁ、いるか?」
「いらん」
野郎はハンバーガー貪り、ふざけたことに、その合間に俺たちは言葉を交わしていた。
けれど、その眼は段々と黒く澱んでいき、深い底へと沈んでいく。
「また、見えたんだな」
「さぁ、何のことかな」
「誤魔化すなよ。お前の見え透いた考えなんて丸わかりなんだ。それで、いつからだ?」
「昨日から……」
「色は?」
「まだ薄い」
「牛乳くらいか?」
「いや、まだ見通せるから、そこまでじゃねえよ。つーか何だ、その例え」
「うるせえな、いいだろ何だって。で、あいつが、そうなんだな?」
「そうだよ、ここまで来れば、訊かなくても解るだろ」
「あぁ、そうだな……」
「ねぇ!貸して!」
「やだ!」
砂場の上で二人の子供がおもちゃのシャベルを必死に取り合っている。あどけなさが漂う甲高い怒号をぶつけ合い、やがては一人が拳を振り翳した。
「……お前、どうするつもりだ?」
「今度は俺の手で必ず助けるさ」
「そうか」
「お前はどうすんだよ」
「え?」
「また傍で見てるか?」
「そんな訳ないだろ。無いに決まってる。俺は……俺はちゃんと相手の目ェ見て、心の底から面と向かって話すさ。お前と違ってな」
「……」
けれど、その少年の拳が振り下ろされるよりも僅かに早く、3人目の子供が割り込んだ。
小声なせいで、何を言っているかは聞き取れなかったが、睨み顔の二人に腕を握りしめ、半ば強引に和解の握手をさせると、笑顔で砂の城を作り始めた。
「『助ける』なんて正義面掲げてる割に、名前はおろか、生年月日すら知らないんだな」
「そう、ズケズケと踏み入れるかよ」
「そんな倫理なんて物を持ってる奴は、天の輪が見える訳ねぇだろ。本人から探れないなら、別の方法で模索すればいい」
「それをしようとしたら、どっかのお節介な迷惑野郎に止められてな。あぁ、時間を無駄にした」
「力になろうとしてんのに、なんでお前はっそうなんだ?」
「罪悪感が原動力の助っ人なんて、微塵も嬉しくないんだよ。むしろ足手纏いだ」
俺は徐に立ち上がり、その場を逃げるように去ろうとした。
「もう教師には相談したのかよ?知り合いは?警察は?お前が独断で行動するより、遥かに効率的で安全だろうが!!」
「構ってほしいなら、他所でやってくれ。昨日のことは本当に悪かったよ」
「お前何様だよ……ッ!」
「偽善者以下のお人好しかな。傍観者君は黙って終わりまで見てればいい、じゃあな」
その言葉を最後に、振り返ることなく家路を辿っていった。
彼女の姿は、相川の口述通りであった。
たわいもない会話が飛び交う教室の四隅で、誰に関わるでもなく、ただ一人で静かに外を眺めていた。
「……どうするかな」
「話しかければいいだけだろ」
「いいや、やめておこう」
「その訳は?」
「別に。ただ、気乗りしないってだけだ」
まだ彼女の輪は消えていない。それどころか、先日より鮮明になりつつあるようにさえ見えた。
刻一刻と時間が迫っている。
……。
果たして、こんな奴に放課後を費やしていいものなのだろうか、甚だ疑問であった。
睡魔が頻りに誘う、退屈な授業が淡々と過ぎてゆく中で、ザーザーと鼓膜に響き渡る雨音が、次第に雑音に呑まれていく。
雨、止みそうだな。
全ての授業が終わりを告げる頃、無数の差異たる水溜りを残して、音は静かに止んだ。
傘を右手に、左には相川を添えて、昇降口前で茫然と立ち尽くしていた。
生徒たちが清濁を併せた水溜りを、平然と踏みしめていき、水飛沫が宙に舞う。
「本当に部活休んでいいのか?評価下がるぞ」
「評価を気にするほど繊細じゃねえよ。それに優先順位は格段にこっちが上だからな」
「あっそう。で、どこ行くんだよ?屋上とか?」
「閉まってんだろ」
まるでショーを楽しむ観客のように、彼女は俺たちを見下ろしているのだろうか。
「こっからでも、見えるかな?」
「……?まぁ、道すがら考えようや」
「はぁ……」
牛歩の如く重い足取りで、渋々、歩みを進めていった。
相川は迷いなどは一切見せることなく、悠然と大通りを闊歩する。
その背に付く身からすれば、単に能天気に散歩しているようにしか見えないが……。
歩みを止めることなど頭の片隅にすら置いていなかったが、某マックで突然立ち止まった。
「どうした?」
「腹減ったな」
「減ってないよ」
緩やかに爪先を店内へと向ける。
「減ってないって」
「じゃあ、そこで待っててくれ」
「はぁ?」
遂に己の欲求を満たすがために、先方を道に待たせる愚行に走る始末とは此は如何に。
このまま走って逃げてしまおうという選択さえも思わせぬ、大胆な生き様に、もはや脱帽せざるを得なかった。
…………。
それにしても、無駄に長い。
付き添いの待ち時間というのは、何故こうも長いのだろうか。
老若男女が次々と店内に入っていく様を、ただ茫然と横目で見る時間が延々と続いていく最中、やはり彼女の事が頭に浮かぶ。
恋煩いであって欲しいと思うほどに、幾度となく頭をグルグルと駆け巡っていく。
それなのに、一向に答えが見つからない。
己の一挙手一投足がここまで他者の命を揺るがす恐れがあると思うと、あの場所に行くことさえ億劫になってしまいそうだ。
「遅い」
もはや無意識の領域で、足音を忍ばせながら大きく一歩を踏み出そうとした瞬間。
「待たせて悪かったな」
三度、阻まれた。
「あのな、俺はお前の買い食いに付き合わされるために来たんじゃないんだよ」
「腹は減るだろ、生きてんだから」
「まさか、歩きながら食わないよな?」
「……それもそうだな。近くの公園でも行くか」
「はいはい」
大雲から陽が僅かに顔を覗き出し、砂場で仲睦まじく戯れる3人の子供たちと眼下の水溜りが、煌々たる輝きを発していた。
ベンチの端に徐に腰を下ろし、これ又、馬鹿みたいな大荷物を抱えし者に目を向ける。
「買い過ぎだろ、食えんのかよ一人で」
「あぁ、いるか?」
「いらん」
野郎はハンバーガー貪り、ふざけたことに、その合間に俺たちは言葉を交わしていた。
けれど、その眼は段々と黒く澱んでいき、深い底へと沈んでいく。
「また、見えたんだな」
「さぁ、何のことかな」
「誤魔化すなよ。お前の見え透いた考えなんて丸わかりなんだ。それで、いつからだ?」
「昨日から……」
「色は?」
「まだ薄い」
「牛乳くらいか?」
「いや、まだ見通せるから、そこまでじゃねえよ。つーか何だ、その例え」
「うるせえな、いいだろ何だって。で、あいつが、そうなんだな?」
「そうだよ、ここまで来れば、訊かなくても解るだろ」
「あぁ、そうだな……」
「ねぇ!貸して!」
「やだ!」
砂場の上で二人の子供がおもちゃのシャベルを必死に取り合っている。あどけなさが漂う甲高い怒号をぶつけ合い、やがては一人が拳を振り翳した。
「……お前、どうするつもりだ?」
「今度は俺の手で必ず助けるさ」
「そうか」
「お前はどうすんだよ」
「え?」
「また傍で見てるか?」
「そんな訳ないだろ。無いに決まってる。俺は……俺はちゃんと相手の目ェ見て、心の底から面と向かって話すさ。お前と違ってな」
「……」
けれど、その少年の拳が振り下ろされるよりも僅かに早く、3人目の子供が割り込んだ。
小声なせいで、何を言っているかは聞き取れなかったが、睨み顔の二人に腕を握りしめ、半ば強引に和解の握手をさせると、笑顔で砂の城を作り始めた。
「『助ける』なんて正義面掲げてる割に、名前はおろか、生年月日すら知らないんだな」
「そう、ズケズケと踏み入れるかよ」
「そんな倫理なんて物を持ってる奴は、天の輪が見える訳ねぇだろ。本人から探れないなら、別の方法で模索すればいい」
「それをしようとしたら、どっかのお節介な迷惑野郎に止められてな。あぁ、時間を無駄にした」
「力になろうとしてんのに、なんでお前はっそうなんだ?」
「罪悪感が原動力の助っ人なんて、微塵も嬉しくないんだよ。むしろ足手纏いだ」
俺は徐に立ち上がり、その場を逃げるように去ろうとした。
「もう教師には相談したのかよ?知り合いは?警察は?お前が独断で行動するより、遥かに効率的で安全だろうが!!」
「構ってほしいなら、他所でやってくれ。昨日のことは本当に悪かったよ」
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