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第二章
第44話 渡航前夜-後編-香乃果
しおりを挟む「私とわっくん、お互いに好きあってて、将来は結婚しようって約束もしてるんだよ。」
私をじっと見据えて穂乃果はそう言うと、ふわりと笑みを浮かべた。
その言葉に、私は頭を鈍器でガツンと殴られたような衝撃を感じた。
穂乃果と渉が結婚の約束……
正直ショックだった。
私と渉も凄く幼い頃にそんな約束をしたのだが、幼過ぎたからそんな約束忘れてしまったのだろう。
あの日の渉の満面の笑顔が脳裏に浮かび、ツンと鼻の奥が痛んだ。
子供の頃の約束なんて当てにならないとはよく言うが、自分に限ってそんな事ないとタカをくくっていたバチが当たったのか。
いずれにしても、渉は私ではなく穂乃果を選んだんだ。
その事実だけが胸に突き刺さって、叫び出してしまいそうな程、胸が痛くて苦しかった。
穂乃果が好きなら、許嫁の顔合わせの時に言ってくれればよかったのに……
そう言ってやりたかったけれど、今更遅い。
だから、私はその言葉をグッと飲み込むと、深い溜息を吐いた。
約束を忘れられた事よりも、大切な思い出が踏み躙られた事が悲しかった。
「そうだったんだ…全然知らなかった……言ってくれれば……」
溜息と共に辛うじて口から零れた言葉に、目の前の穂乃果は目を見開くと、私のことを睨みつけた。
「知らなかった…?そんな訳ない。わっくん、顔合わせの時乗り気じゃなかったでしょ?だって、お姉ちゃんとわっくん、凄く仲悪かったじゃない。」
穂乃果の言う通りだった。
渉と穂乃果の事は知らなくても、渉自身の意思表示はあったのだ。
だけど、私は渉が好きだったからそこから目を逸らして見ない振りをしていただけ……
顔合わせの時の渉の絶望的な表情と乗り気じゃない態度を思い出した。そして、先程の穂乃果の言葉から、あの態度は照れていた訳ではなくて、本気の拒絶だったのかと理解すると、胸が締め付けられて、じわじわと涙が滲んだ。
「わっくんにあんなにあからさまに嫌われてたのに、なんでお姉ちゃんが許嫁になったの?わっくんに好かれてるとでも思ったの?」
それでも、穂乃果の苛烈な追撃は止む事はなく、無遠慮で容赦のない言葉が浴びせられる。
渉に嫌われている事には薄々気が付いていた。
いつの頃からか、渉が私の事を疎ましく思っていた事にも……
それでも、それは一時の事だって、きっと時間が解決してくれるって……
甘いのかもしれないけれど、そう信じて疑っていなかったし、まさか、ここまで嫌われていたとは思っていなかったから、ショックだった。
「そこまで、私は嫌われていたんだね……許嫁は、子供の頃に約束したから、渉も覚えててくれてるって…」
思わずポツリと漏らすと、言葉と同時に耐えていた涙が零れた。
「ふぅん……子供の時の約束なんて当てにならないし、そんなものでわっくんの事縛るのはおかしいんじゃない?
そこにわっくんの気持ちは?なくない?!そんな状態で許嫁とか…… それに、無理やり結んだ関係なのに、深澤先輩と浮気して二股かけて、わっくんを蔑ろにして……そんなのわっくんが可哀想だよ!」
穂乃果は私に噛み付くように言うと、感情が昂ったのか、涙をボロボロと零して泣いていた。
私は穂乃果の涙をみて、この涙はきっと渉を想っての涙だろうな、と思った。
私は自分の心が痛くて泣いていたのに、穂乃果は渉の事を想って泣く……
私は渉に振られて航くんに逃げたけれど、穂乃果はきっと陰で泣いて耐えていたんだ、そう思ったら、自分がいかに自己中心的で浅ましい人間かを思い知らされたようで胸がズキリと痛んだ。
こんなにも浅ましい私が想い合うふたりの仲を割いてはいけない。
揺らいでいた気持ちが固まると、私は深く嘆息をして、顔をあげた。
私は立ち上がると、渉を想い涙を流している穂乃果の横に行き肩を抱いた。穂乃果はビクッと身体を強ばらせたが、私はそのまま穂乃果の背中を撫でながら、自分の気持ちをポツリポツリと話し始めた。
「……確かに、深澤くんとお付き合いしてた。だけどね、それは所謂、友達以上恋人未満っていうか、気心の知れる仲というか、それ以上の関係はなくてね…… だって、私は振られてもからも渉の事がずっと好きだったから」
「振られ…た?」
穂乃果はパッと弾かれたように顔を上げると、涙に濡れた目で私をじっと見つめた。
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