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第二章

第42話 落花枝にかえらず-中編-

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 それから1年程経って、私は中等部に進学した。

 許嫁交代の話は全く進まなくて、わっくんとお姉ちゃんは相変わらず微妙な距離感だけど許嫁のまま。

 だから私とわっくんは表立って会えない分、メッセージアプリでのやりとりをしたり、週末の食事会等の後に視線を交わしたりと、ささやかな秘密の逢瀬を重ねて順調に愛を育んできた。

 1年経ったけれどまだ1年…焦るし焦れるけれど、こればかりは待つしかない。

 概ね私のせいかもしれないけれど、わっくんは特段理由もなくお姉ちゃんの事を嫌っていた。わっくんに嫌われている事に薄々気が付いていたお姉ちゃんは、無理にわっくんとの距離を詰めようとはせず、お姉ちゃんなりに少しずつ距離を縮めようと努力していたように見えた。


 なのに……


 夏休み少し前から、お姉ちゃんの様子がおかしくなった。
 朝、朝練のあるわっくんとさとくんに合わせて始発で登校していたのに、ある日から普通に登校するようになったり、いつもにこにこ笑顔の絶えないお姉ちゃんの表情にかげりが見えるようになったり……
 そして、それに伴って週末の食事会にわっくんが来ない事が増えてた。

 お姉ちゃんの様子もそうだがわっくんが食事会に来ない事も全く理由がわからなくて、ある時、私はわっくんにどうなっているのか理由を訊ねた。

 それに対して、わっくんは一言、「俺が悪い」としか言わなかった。

 そんな理由に到底納得がいかなくて、本当の理由を教えてと詰め寄ったけれど、わっくんは繰り返し「俺が悪い」と。それから、辛そうに眉根を寄せて「ごめんな」って……

 わっくんはそれ以上何も言ってくれなかった。

 そして、次の日

 "頭を冷やしたいからしばらくそっとして置いて欲しい。"

 とメッセージが着たきり、その日、わっくんからのメッセージは来なかったが、私も少し頭に来てたので暫く連絡をしなかった。

 そのまま理由もわからずもやもやした日々を過ごしているうちに、気が付いた時には、毎日やり取りしていたメッセージも徐々に減り、メッセージを送れば返信はくれるが、どこかよそよそしい返信は来るもののわっくんから発信のメッセージは来なくなっていた。

 その煮え切らない態度にイライラはするものの、わっくんに嫌われたくない私は、特段責める事も問い詰める事もせず、ただ、わっくんの気持ちが落ち着くのを待つ事にしたのだが……

 その時の決断を私は後に酷く後悔する事になる。


 その後、夏休み中に何度か顔を合わせる事はあったが、わっくんの態度が前とは何となく変わっているように感じた。
 今までのように恋焦がれるような視線を向けてくれる事はなくなり、代わりに、時折苦しそうな悲しそうな…そんな苦悩に満ちた視線を向けてくるようになった。

 そして、地元の最寄り駅でばったり会って、家まで一緒に帰った帰り道、手を繋ぎたくて手を伸ばした時に、パッと手を払われたと同時に、「ごめん……」って。

 それ以降、わっくんは私を避けるようになった。


 ごめん、って何に対して?
 わっくん、なんで私を避けるの?


 ごめんの理由も避けられる理由もわからないまま夏休みが明けて2週間程経った頃、たまたま部活の先輩からお姉ちゃんに彼氏がいるという噂を耳にした。

 初めて聞いた時は吃驚したし、きっと周りの勘違いだと思った。

 そんな事あるはずがない。お姉ちゃんは昔からずっと今もわっくんの事が好きなのだからと、にわかには信じられなかった。

 だけどそれが本当なら、わっくんとお姉ちゃんの許嫁関係は解消されるのではないか?
 そうしたら、私がわっくんと許嫁になれる。

 こんな時にまで自分勝手だなとは思うが、そう思ったら私はいても立っても居られなくなって、部活の朝練が終わった後、購買部付近でお姉ちゃんを捕まえる為に待ち伏せした。

 8時を少し過ぎると、運動部の生徒が朝食を買いに購買部に押し寄せてくる。この時間は部活終わりのわっくんも焼きそばパンを買いに来るので、避けられるようになるまではいつもここで朝のひとときの逢瀬をしていた。

 だから当然、この日もわっくんは購買部に駆け込んできた。
 避けられている事に加えお姉ちゃんの噂の事もあって、何となく顔を合わせるのが気まずくてサッと昇降口の陰に隠れて、わっくんの横顔を眺めていた。


 やっぱり…好きだなぁ。


 人混みを掻き分けてレジに向かうわっくんを見ながらそんな事を思っていると、エントランスの方からお姉ちゃんと生徒会長の深澤航生先輩が連れ立ってやってきた。

 隣に立つ深澤先輩はお姉ちゃんの頭を心から愛しそうに撫でながら、お姉ちゃんに蕩ける様な笑みを向けていた。
 そして、お姉ちゃんも照れながら深澤先輩に心からの笑顔を向けていて……はたから見たら、お似合いの想いあっている恋人のように見えていた。

 私は仲睦まじいふたりの姿を目の当たりにして、これはお姉ちゃんに聞くまでもなく、完全に噂はホンモノだと確信した。

 そして、ふと思った。
 この事をわっくんは知っているのだろうか。
 もしも、知っていたら許嫁交代の話が出ていてもおかしくないはずだ。

 もしかしたら、あの「ごめん」や最近避けられている事については、許嫁交代の話が纏まるまで会えないからの「ごめん」なのかも知れない。

 真面目なわっくんの事だ、きっとそうに違いない。

 そう結論付けると、ゆるゆると嬉しさが込み上げてきて、頬が緩みそうになった。

 まだ確定でもないのにすっかりその気になっていた私は、目的を果たして立ち去ろうと身体の向きを変え、視線を購買部の方へ戻した。

 視線の先には、目を見開いて立ち尽くすわっくんがいた。


「あ!わっく……」


 思わず声を掛けようとしたその時、私はわっくんの視線の先を見て固まった。

 目を見開いて固まるわっくんの視線は、お姉ちゃんと深澤先輩に釘付けになっていたから……

 その視線はお姉ちゃんに縫い止められているかのように完全に固定されていて、ふたりが歩く度にわっくんの視線は追うように移動していた。

 幸せそうなふたりを目にして、わっくんは今にも泣き出してしまいそうな程、辛そうな表情をしているのに、視線はふたりから離れる事はなく、去っていくお姉ちゃん達の背中を見えなくなるまで…いや、見えなくなってもじっと見つめていた。

 まるで手の届かない恋しい人を見るような、そんな表情で……

 その瞬間、私はわっくんの気持ちがお姉ちゃんに向いていることを悟り、先程までの幸せな気分から一転して、足元がガラガラと音を立てて崩れ去り目の前が真っ暗になった。


 どうして?
 わっくんは私の事が好きなのに。
 お姉ちゃんには嫌悪感しか持ってなかったはずなのに。
 だって、私がそう仕向けたんだから。
 だから、わっくんは私の事だけが好きなはずなのに……

 なんで、お姉ちゃんの事を愛しそうに見るの?
 そんな辛そうな顔で見てるの?


 考えが纏まらず頭の中でそんな事をグルグルと考えていると、ふたりが去っていった方向を向いて立ち尽くしていたわっくんは短く嘆息をして、フラフラとした足取りで教室へ歩を進めた。

 その光景を目の当たりにして、あまりのショックに未だ動くことが出来なかった私は、その場を後にするわっくんの後ろ姿を見つめるしか出来なかった。
 そして気が付いた。わっくんの後ろに背負ったリュックサックにはもうお揃いのキーホルダーは付いていなかった。
 
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