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第二章

第41話 落花枝にかえらず-前編-

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「これ、ほの好きだっただろ?あの時もさ、一生懸命にレアチーズの所を食べようとして、口の周りブルーベリー塗れにして…」


 初めてのデートでそう言って笑いながらわっくんが買ってきてくれたのは、ブルーベリーレアチーズのクレープ。

 やつ。

 私が好きなクレープはいちごとカスタードとチョコレートがかかっているやつだった。
 そして、わっくんが楽しそうに話す思い出話もお姉ちゃんとの思い出。それを否定する事も出来ず、私はニコニコ笑顔でわっくんからクレープを受け取って話を合わせた。

 どこかに行く度、何かをする度、わっくんから語られる思い出エピソードは全部お姉ちゃんと一緒にやった事。
 それは私がどんなに頑張っても変えられない事実だった。

 だけど、そうなる事を選んだのは誰でもない私。
 辛いし悲しいけれど、これから少しずつ一緒に色んな体験をして上書きしていければいいって、そう思っていた。

 だけどそんな矢先、わっくんが中等部に進学するのとほぼ同時に、お姉ちゃんとわっくんは許嫁になった。

 幼い頃、わっくんがお姉ちゃんと許嫁になりたいって両親に言った時に、中学生になったらって約束したからだそうだけど、今わっくんが好きなのは私なのに、なんで好きでもないお姉ちゃんと許嫁になったのかって私は泣きながらわっくんを責めた。


「ごめん。そんな話覚えてないし正直納得いかない。だけど、こうなった以上、許嫁がいる身で穂乃果にも香乃果にも不誠実な事はしたくない。だから、待っててくれないか?いずれ許嫁を替えて貰えるように、俺頑張るから。」


 責められながらも、わっくんは決してお姉ちゃんを貶めるような事を言わず、真面目なわっくんは、ただ自分が悪い、待ってて欲しい、それだけ言って、ぱったり私とは遊んでくれなくなった。

 最後の思い出に一緒にデートに行く事になったけど、連れて行ってくれたのは水族館。これもお姉ちゃんが好きなところ。

 私は水族館よりも動物園が好きだったのに……


「ほのは水族館が好きだったよな?イルカのショー見て喜んでたのを俺は横目でみてドキドキしてた。」


 そう言われてしまえば、否定なんて出来なかった。

 帰り際に渡されたお揃いのイルカのキーホルダーは趣味じゃないからって、ずっと机の中にしまったまま。
 わっくんはあの後ずっと鞄に付けててくれたのに。

 そのお揃いのイルカに刻まれたローマ字は"W"と"K"

 私のイニシャルは"H"なのにって思ったけど、その時は苗字が柏木だから"K"でも間違ってないよなって納得して……

 だけど、本当は違ったんだよね。


「わっくんのイルカのローマ字が"K"なら、私のイルカのローマ字は瀬田の"S"にしないとおかしいよね。」


 そう指摘すると、わっくんは無意識だったって慌てて謝ってたけど、きっとあれは香乃果の"K"だったんだよね。

 今ならわかる。わっくんは心の底の無意識領域では、ずっとお姉ちゃんの事が好きだったんだと思う。

 表面上、私がわざと塗り替えた記憶によって、私の事を好きだと勘違いしてただけで……

 あの時は幼かったし浮かれていたからわからなかったけれど、わっくんは私を通してずっとお姉ちゃんを見ていて、私の事なんてちっとも見てなかったんだ。

 一緒にいても、あの時はどうだったとか、この時はこうだったとか。あれが好きだった、これが美味しかったとか。

 わっくんは新しい思い出を作るより、ふたりの思い出を辿って愛を深めたかったんだと思う。

 わっくんの無意識の行動が私にはどうしようもなくキツく、私の心を深く苛んだ。

 わっくんを手に入れる為についた嘘が、気が付かない間に胸に棘のように刺さっていて、そこからじわじわと遅効性の毒が気が付かないうちに身体を巡っていたかのように……

 全ては自業自得なのかもしれないけれど、それでも私はわっくんと一緒にいる事を選んだのだ。


 その時の私の心理は今の私にはもうわからないけれど……

 私は昔からお姉ちゃんが大好きでお姉ちゃんみたいになりたいって思ってた。だから、わっくんと一緒に居ればお姉ちゃんみたいになれるって思ったのかもしれない。

 幼い頃の私は、深く物事を考えずに、ただわっくんの事をお姉ちゃんから奪ってやろうって思っていて、それだけしかなかったから実際に奪えたらそれで満足してた。

 お姉ちゃんとわっくんが許嫁になる事で、わっくんと離れてみてわかったのは、私が好きだったのは"わっくん自身"ではなくて、お姉ちゃんといつも一緒に居る"お姉ちゃんの事が好きなわっくん"が好きだったという事。そして、大好きで憧れの"お姉ちゃんが好きだったわっくん"が好きだっただけだったのだ。

 その事に気が付いた私は、一時期わっくんの事を好きでいる事を辞めようと思った。

 だけど……出来なかった。

 始まりはどうであれ、わっくんの事をお好きになっていたから。

 離れて見るまで、私はわっくん自身を見てはいなかったし、その事に気が付きもしなかった。
 だけど、いざ、実際にわっくんと離れてみると、それまで当たり前にあったわっくんの優しさが無くなり、ぽっかりと胸に穴が空いたような淋しさと喪失感があった。

 そこで初めて、私にとってわっくんの存在がいかに大きかったのかを身に染みて感じ、わっくんへの気持ちを自覚したのだ。

 そして同時に、本心でわっくんの事が好きだと思ったその瞬間、漸く私がやった事はお姉ちゃんにもわっくんにも酷い事で、許されない事をしたんだという事を理解した。

 なんという事をしたのだろうか……
 好きあっていたふたりの間に、身勝手にも私が割り込んだせいで、お姉ちゃんとわっくん、ふたりの関係が拗れてしまっていることに今更ながら気が付いたが、後悔してももう後の祭り。

 だからといって元の関係に戻す為に何か出来る事はあるか、と考えてみたが、出来る事は、私が犯した罪を告白してふたりに誠心誠意謝る事、それしか思いつかない。

 しかし、そうなると、わっくんからは確実に恨まれるだろう。
 そして、それは即ち、私の恋を終わらせるという事。

 折角、わっくんの大切さに気が付いて好きだと自覚したのに、その瞬間この恋を終わらせなくていけなくなるなんて、そんなの悲し過ぎるし、そんな事絶対にしたくない。

 幼い頃から想いあっていたふたりに私は酷いことをしたとは思っているがもう後には戻れない所まで来てしまっていた。

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