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第二章

第27話 家へのお誘い

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 文化祭も盛況に終わり11月に入ると、いよいよ本格的に進路を決める時期になってきた。

 一度目の三者面談は1年の頃。その時は文理選択の面談だったので希望を伝えるだけの特に気負う事もない面談だったが、二回目である今年の三者面談はそろそろ進路の話になる。

 正直な話、まだきちんとやりたい事が決まっていない私はこのまま内部進学するつもりだったし、先の事について真剣に考えた事がなかったので少し焦り始めていた。
 結局、答えが見つからないままグズグズとしているうちに、とうとう今週より進路についての三者面談が始まってしまった。

 とはいえ、私の面談は翌週の金曜日なので少し余裕があるが、色々と考えないといけない事が多くてどうしたものかと思い倦ねているうちにあっという間に週末を迎えてしまい、焦る気持ちがどんどん膨らんでいき、最近は夜も悶々とする日が増えた気がする。

 そんなある日の放課後。
 面談が始まった今週はテスト期間中という事もあり、当然部活も休みになる。
 私と航くんはテスト期間中、いつも放課後に図書館で待ち合わせをして一緒に宿題とテスト勉強をしていたのだが、この日は何故か教室に航くんが迎えに来た。


「香乃果、もう帰れる?」

「あ、航くん。うん、帰れるけど……図書館で待っててくれたら良かったのに。」

「あぁ、うん。今日は図書館じゃなくて行きたい所があるんだけど……いい?」

「うん、いいよ。」

「良かった。じゃあ行こう!」


 航くんはにっこりと笑顔を向けると、私の手を取り玄関に向かった。


「ねぇ、どこ行くの?」


 私の質問に航くんは微笑むだけで答えてくれないまま、どんどんと歩を進めていく。
 そして、校門を出るとまっすぐ駅に向かっていた。

 そして駅に着くと航くんは待ってて、と言い、券売機で切符を買って来てそれを私に差し出しながら言った。


「どこに行くかって話だけど……今日さ、一緒に宿題しながら進路についても話したいんだけど、時間あるかな?」

「あ、うん。大丈夫だよ。私もちょうどその件で悩んでたから話したかったし……だけど、これから何処に行くの?」


 差し出された切符を受け取り航くんを見上げると、航くんはにっこり笑って言った。


「込み入った話になるし、ふたりで話ができる所がいいなって。そうだな…俺の家でもいい?……って、返事聞く前に切符買っちゃってるけどね。」


 そう言って航くんは悪戯っぽく笑った。

 家?いきなり?
 込み入った話をするには確かに持ってこいだけど、ちょっぴり気が咎めた。


「大事な事だし、他の人に聞かれたくないから…ね?」

 そんな私の考えがわかったのか、航くんはそう言うと私の頭をぽんと撫でにっこりと笑顔を向けた。

 なるほど、確かに進路の話はちょっと込み入っているし、人に聞かれるのも憚られる。図書館でする話でもないし、カフェやファミレス等では落ち着いて話せないだろうと納得した。
 それに、ちょうど私も進路について悶々と悩んでいたこともあった私は、すんなり航くんのお誘いを受けて家にお邪魔する事にした。


「うん、わかった。切符ありがとう。」


 そう言って受け取った手元の切符の行先を見て、そういえば、今まで航くんの家に行った事がなかった事に気が付く。

 と、言うことは御家族に挨拶するかも…?

 途端にサァっと血の気が引く。
 突然の訪問に心の準備が出来ていないどころか、手土産の準備もない。失礼にも程がある。このまま行く訳にはいかない。
 改札をくぐる前に私は意を決して、航くんを呼び止めた。


「航くん、ちょ、ちよっといい?」

「ん?何?やっぱり無理は無しね。」


 私の呼び止めに一瞬身を固くしてくるりと振り返って言う航くんに私は大きく手を振って否定した。


「ち、違くて……あの、初めての訪問なので。準備が出来ていないというか…なんというか……」


 私がそう言うと緊張が解けたのか、ふにゃりと表情を崩してほぅと息を吐いた。


「あぁ、なんだそんなこと。気にしなくていいから。」

「いやいや、ダメだよ。そこはちゃんとしないと!なので、乗り換え途中のターミナル駅で手土産を買いたいなぁって。」

「あ、あぁ、ちゃんとしてくれるんだ?」

「いや、そこは、ね?」

「ふふっ…嬉しいなぁ。」


 航くんは嬉しそうに顔を綻ばせてそう言うと、私の手に指を絡めて歩き出した。


「え?何?何で?どうしたの?」

「んー、何でもないよ。両親は仕事が忙しくて滅多に帰ってこないからほんと気にしなくていいから。早く家行こ。」


 航くんが何故嬉しそうなのかわからずに理由を訊ねるが、さらりと流されてしまった。

 しかし…気にするなと言われても、初めての訪問で手土産を持たないで行く事に多少抵抗があるし流石に気になる。
 なので、道中ちょっとだけ食い下がってみたのだが、またさらり笑顔でいなされてしまったのでこれ以上やっても無駄だと言うことで早々に諦める事にした。

 そんなやり取りをしながら電車を乗り継いで、いざ航くんの家に到着すると目の前にはとても立派な豪邸があった。
 当たりを見回してみても、高い塀が続いていて、隣の家らしきものははるか遠くに見える。
 私が思わず固まって立ち竦んでいると、隣の航くんが私の顔を覗き込んでくる。


「ん?どうしたの?」

「あ…いや、航くんのお家……おっきくて立派で…吃驚した…んだけど……」

「あ、あぁ。うん、でかいよね。俺もそう思う。まぁ、でもこれはじぃちゃんの持ち物で俺はただそこに住んでるだけだし、気にしなくていいよ。」


 航くんは少々面倒くさそうにそう言うと、繋いだ私の手をグイと引いて門をくぐった。

 いや、気にするでしょうよ……

 やはり無理矢理でも手土産を買ってくるべきだったと後悔するが、時すでに遅しだ。
 半目になりながら、航くんに手を引かれて広い日本庭園風の庭を進むと、大きな池があったり石造りの燈籠があったり……玄関へ向かう間中、私はそれらを呆然と眺めていた。
 何だか場違いな所へ迷い込んだ気がしてドキドキと動悸が止まらない。


「香乃果、そこ段差。ちゃんと足元見ないと危ないよ?気をつけて。」

「……あっ、うん、ありがと……」


 キョロキョロと辺りを見回しながら足元が覚束無い私に、航くんは優しく注意をするとくつくつと喉を鳴らして笑った。

 航くんに支えられながら低い階段を昇ると、まるで旅館のような大きな玄関が見えた。


「着いたよ。ちょっと待っててね。」


 そう言うと航くんは引戸をカラカラと開けて中に帰宅を報せる声を掛ける。


「ただいま帰りました。」
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