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第一章
第9話 そのままで
しおりを挟む「でも、だって…私は……」
「わかってるよ。柏木は幼馴染くんが好きなんだろ?」
「えっ…あ、うん……ごめんなさい。」
「謝らないで。俺が柏木の事を勝手に好きなだけだから。でも、この間からその幼馴染くんのせいで柏木が辛そうにしてる…俺ならそんな顔させないのに。」
俯いてそう言う深澤くんの顔を覗き込むと、深澤くんは眉根を寄せて辛そうに薄く笑んでいた。
私はその表情を見て胸がずくりと痛んだ。なんとなく気まずくなり深澤くんからパッと視線を外すと、深澤くんは一瞬傷ついた顔をしたが、直ぐに表情を変え軽く嘲笑した。
「ごめん……」
「…私、渉に嫌われてるのかもしれない……」
深澤くんの言葉と表情に当てられたのか、不意に私のなかで燻っていた言葉がぽろりと口から零れると、その言葉に、深澤くんは目を見開いた。
そして、苦しそうな表情を浮かべると、グイッと強く私を抱き寄せた。
信じたくなかったけど、口に出したらそうなんだろうな、と腹落ちした。
昔はあんなに仲が良かったのに、いつからか渉は素っ気なくなり、顔を合わせると突っかかってくるようになった。
最初こそ、私が渉を意識している所為でそう見えるのかと思っていたいたのだが、学年が上がるに連れてそれは気の所為でも何でもなくて、渉は本気で嫌がっていたようだった。
ただ、私が認めたくなかっただけで……
認めてしまうと、辛くて胸が痛くて、涙が零れそうになる。
徐々に鼻の奥がツンとしてきたけど、我慢して目をぎゅっと瞑った。
深澤くんは私を抱きしめると私の耳元で絞り出すように苦しそうな声で呟いた。
「だからさ…もう俺にしとけよ。」
深澤くんはそう言うと、私を抱きしめる腕にぐっと力を込めた。
「え?」
「こんな時に付け込んでごめん。だけど、俺は、他の誰よりも柏木の事を想ってる。そんな振り向いてもくれない幼馴染よりも柏木の幸せを考えて。」
深澤くんは、心做しか震えているように感じた。
一生懸命な深澤くんの優しい言葉に、気が付くと私の目からは涙がとめどなく溢れて深澤くんのシャツの胸元をしとどに濡らしていた。
「深澤くん……」
深澤くんは私の涙に気が付くと、ごめん、と言い、パッと身体を離し、鞄からハンカチを取り出して私の顔を少し乱暴にゴシゴシと拭いた。
「ひゃっ、ちょ、痛…い……」
「あ、ごめん!痛かったよね!…あぁ!クソ…カッコ悪い……」
「ううん、びっくりしただけだから…大丈夫。……ありがとう。」
吃驚して身を捩った私をみて、深澤くんは真っ赤になりながら慌てて手を引っ込めてバツの悪そうな顔をした。
「いきなりごめんな。こんな話急には無理だよな。だから、今はまだ俺の事好きじゃなくてもいい。仲のいい男友達ポジションでも構わない。だけど、とりあえず柏木の男友達の中では一番になりたい。」
深澤くんはそういうと真剣な眼差しを向けて私を見つめた。深澤くんから視線を逸らすことができない。
ドキリと心臓が跳ね上がり、鼓動が大きくなる。
少しだけ胸が暖かくなり、そんな彼をなんだか愛おしいと思った。
深澤くんは、私の目をしっかりと見ながらゆっくりと言葉を紡いだ。
「今はまだ幼馴染くんのことは好きなままでいいよ。そのままの柏木を受け止めるから。だけど…徐々にでもいいから幼馴染くんではなくて…俺の事を好きになって欲しい…ていうか、そのままでいいから俺と付き合って欲しい。…て、ダメだよな…」
言い終わると、少し辛そうな表情を浮かべて力無く笑う。その表情に、胸がきゅうっと締め付けられた。
私は深澤くんの不器用な優しさに触れ、彼と一緒にいる事が心地よいと感じていたし、傷ついていた私の心がいつの間にか癒されていた事に気が付くと、自然と彼の言葉をすとんと受け取る事ができた。
「…深澤くん、ありがとう。こんな私で良ければ……」
渉の事を好きな気持ちはまだ消えないけれど、そのままの私を受け止めてくれる、という深澤くんの気持ちを受け止めたい、そう思えて、私は深澤くんの想いに返答した。
すると、深澤くんは目を見開き固まった後、絞り出すような声で言った。
「え…
……
…………
……………
………………ま、マジ?」
「うん。」
「……付き合ってくれるの?」
「うん。私で良ければ……って、ひゃっ!」
私はしっかりと深澤くんの瞳を見つめて答える。
「はははっ!やった!嬉しい!嬉しすぎてやばい!」
すると、深澤くんは私の足がふわっと地面から浮き上がる程、強くぎゅっと抱きしめると、心底嬉しそうにくしゃくしゃっと破顔した。
「ふ、深澤くん?!ちょ、ちょっと苦しい……」
「あ、ごめん!…あー、えっと、柏木。ありがとう。もう一度ちゃんと言わせて?……あの、俺と付き合ってください!」
深澤くんは私を慌てて降ろし私の頭を撫でると、ぱぱっとシャツを直して私にきちんと向かい合い、真剣な顔でもう一度きちんと言ってくれた。
こう言う律儀な所がとても好ましいと思った。
私は胸に温かいものが広がって満たされていくのを感じ、きっと私も深澤くんの事を好きになれる、そう思えた。
私も深澤くんに倣ってシャツとスカートを正して、深澤くんに向かいあい微笑むと、深々と頭を下げながら深澤くんに返事をした。
「…はい。よろしくお願いします。」
「うん……うん!こちらこそ。よろしくお願いします。」
「いや、こちらこそ。」
連られて深澤くんも深々と頭を下げたので、私もまた深々と頭を下げた。
「ふふっ…」
その様子が可笑しくて、お互いに顔を見合わせて笑うと、ふわりと深澤くんが私を抱きしめて言った。
「柏木…いや、香乃果。俺が幸せにするから。」
私はその言葉に頷くと目を瞑り、深澤くんの逞しい腕に身を委ねた。
こうして、私は深澤くんと付き合う事になったが、渉との許嫁関係について、深澤くんはとりあえずこのままでいいと言ってくれているが、本当にこのままでいいのだろうか。
許嫁がいながら他所に恋人を作るなど、不誠実にも程があるだろうから、早々に許嫁関係を解消した方がいいのではないだろうか。
そうした方が、意に沿わない関係を押し付けられている渉の為だ。
ただ、許嫁関係の解消となると本当だったら母親に相談するべきなのかもしれないけれど、母親同士の関係を考えると簡単な話ではない。
どうしたらいいのかわからないまま、考えれば考える程ドツボにハマり、徒に時だけが過ぎて行った。
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