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第一章
第4話 距離
しおりを挟む梶原と連むようになって早数ヶ月。
毎日があっという間に過ぎていき、程なくして中間試験も無事に終わり、気が付いたら間もなく夏休みだ。
この日は中間試験の成績発表の日で、朝からエントランスはごった返していた。
エントランス入ってすぐのロビーに貼り出された全学年分の成績上位者の順位表を見ると、当然学年1位は梶原で、俺はなんとか上位20位以内ギリギリの19位。
今回は梶原と一緒に勉強もしたのに、なんでこんなに差が出るのか。正直かなり悔しい。
それでも、200人中の19位なので、上位10%以内だ。
いつもは50位前後を彷徨ってたくらいなので、本当に今回はそこそこ……いや、かなり頑張ったはずだ。俺にしては相当健闘したと思う。
他の学年の順位も見てみると、3年の香乃果は学年3位、1年の優は学年7位、穂乃果は12位だった。
俺はもともと勉強よりも体を動かしている方が得意とか言い訳をしてはみるけど、剣道部の主将を務めていた聖兄は中等部時代からずっと学年1位だったのだから、そんな言い訳も通用しない。
なんとも情けなくて苦々しい顔をしていると、隣の香乃果が横っ腹を小突きながら嫌味っぽく言ってきた。
「とりあえず20位以内おめでとう。脳筋の渉にしては、結構頑張ったんじゃない?」
いくら犬猿の仲とはいえこんな時にも嫌味かよ、と軽く香乃果を横目で睨みながら吐き捨てるように返事をした。
「るせぇ。どうせ俺は体力馬鹿だよ。兄貴と香乃果みたいに秀才じゃねーし。」
「ふーん、体力馬鹿の自覚はあるんだ?ていうか……」
ニヤニヤ顔の香乃果のこの言い方には流石にカチンと来た。
ていうか、なんでそこまで言われなきゃなんないの?そう思ったらムカムカして堪らなかった。
香乃果は続けて何かを言っているようだったが、ムカムカイライラしている俺の耳には当然届くはずがない。
楽しそうに何やら話をしている香乃果に対して、酷く残忍な気持ちが湧いてきた俺は、衝動的に横にいる香乃果を振り向かせると、香乃果の真正面に立った。
「何?喧嘩売ってんの?」
「え……なんか渉、怖ーい。か弱い私が体力馬鹿に喧嘩なんて売る訳ないじゃない。褒めてるんだから素直にありがとうって言えばいいのに。」
「は?褒めてる?どこが?」
俺が深い溜息を吐きながら言うと、香乃果はいつもの調子でケラケラと笑った。
脳筋、体力馬鹿
これのどこをどう取れば褒めているんだろうか。
馬鹿にしてんのか?
俺は呆れたように香乃果に訊ねてみると、香乃果は全開の笑顔で答えた。
「全部?」
プッチーン
俺の中で何かが切れた音がした。その瞬間、俺は香乃果を壁際に追い詰めるとバンと壁に両腕を押し付け、香乃果を完全に檻の中に閉じ込めていた。
いつの間にか香乃果の身長をとっくに追い越していた俺は、香乃果を上から冷たい視線で見下ろすと、突然の事に香乃果は吃驚したのか、目を見開き真っ赤になって俺を見上げて固まった。
「わ、渉…何するの、退いて……」
「ていうかさ、香乃果もこんな脳筋の俺じゃなくて聖兄の方が良かったんじゃない?」
薄らと冷笑を浮かべて言うと、真っ赤だった香乃果の顔が蒼白になる。
「えっ…何言って……」
震えながら絞り出すように言った香乃果の言葉に、この時既に心を決めていた俺は被せるようにその言葉をいった。
「許嫁。今からでも遅くないんじゃない?聖兄に変えてもらいなよ。流石に馬鹿にされてる事くらい分かるわ。俺もそこまで馬鹿じゃねぇし。ていうか、もうお前には付き合いきれない。」
「わ、たる……?」
「距離、おこう。…暫く俺に関わらないで。」
苦虫を噛み潰したようにそれだけ言うと、恐怖で固まっている香乃果と視線を合わせることなく踵を返してその場を後にした。
俺は香乃果の方を振り向かなかった。
その日から夏休みまで、僅かな期間ではあるが俺は徹底的に香乃果と登校時間をずらした。もちろん、週末の食事会も何らかの理由をつけて欠席しするなど、徹底的に接点を減らした為、結局あれから一度も顔を合わせることなく夏休みに突入した。
◇◇◇
夏休みに入ると運動部にとって大きな大会である、全国中学校体育大会…全中がある。
この大会の為に一年間頑張ってきたと言っても過言では無い為、気合いの入り方が半端ない。
始発で登校し、早朝練習から夕方までみっちり稽古に励み、昨年の夏休みと変わらず、いや、それ以上に俺は部活に熱中していた。
兄は団体戦と個人戦、俺は直前の団体戦での怪我が祟って個人戦は予選に早々に敗退してしまったので、今回は団体戦のみの参戦となる。
梶原も全中の為の練習に忙しいらしく、朝早くから夜も遅くまでずっと弓道場に缶詰になっているようで、顔を合わせるのは昼飯時くらいだった。
練習は体力勝負なのに、相変わらずシリアルバーにゼリードリンクだったので、次の日から母親に頼んで梶原の分まで弁当を作って貰って無理矢理押し付けているが、文句も言わずに食べてくれるので、とりあえず安心だ。
あれから、お陰様で香乃果とは顔を合わせる事もない。
その香乃果はと言うと、所属している吹奏楽部の夏のコンクールの為、同じく朝から夕方まで毎日部活に出ているようだった。
同じ吹奏楽部の男子生徒と、仲良く連れ立っている姿を何度か校内で見かけたが、特に落ち込んだ様子もなかったようなので、俺は気にすることもなく日々部活に打ち込んでいた。
そして夏休みも半ばを過ぎ、香乃果はコンクール、俺は全中を目前に控えたある日の夕方。部活が終わり帰宅すると、薄暗い中だが、遠目に香乃果の家の前で人影が見えた。誰だ?と思い、目を凝らして見てみると表情まではわからなかったが、どうやら男子生徒と女子生徒が向かい合って話をしているようだった。
他人の家の前で何してんだか、と思っていると、男子生徒が不意に女子生徒の腕を引く。そして、ふたつの影が重なった。
俺の家は駅を背にして香乃果の家の向こう側なので、帰宅するにはどうしてもこの男女の横を通り過ぎないといけない。
面倒だな、と思いつつ、目を凝らして見ると、なんと抱き合っていたのは香乃果だった。
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