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第一章 始動

第14話 過去

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「そろそろ潮時かもな~」

 俺は宿の窓から下の通りを行きかう人々を眺めながらそんな事を呟く。
 あの事件から五日が経った。
 街はようやく祭りの如き喧騒から、いつもの日常を取り戻しかけている。
 ここ数日は聖女誕生に英雄の凱旋と言う、この大陸では数十年に一度有るかどうかの目出度い出来事が立て続けに起こった事により、街中が湧き返っていた。
 いや、数十年に一度と言いながら最近王都の方で勇者誕生とか言う話で盛り上がっていたか。
 因みにその件には一切関わってはいないし、関わりたくもねぇな。
 
 聖女は勿論あの時の見習いシスターの事だ。
 下の酒場で聞いた話じゃ、本人は聖女と言う事を否定して神が一度だけ起こしてくれた奇跡と言い張っているようだ。
 神なんて糞喰らえだが、力に溺れずはっきりと自分の身の程を弁えてるなんてなかなか出来た嬢ちゃんだな。

 とは言え、周囲はそれが逆に『謙虚で素晴らしい』やら『やはり聖女だ』とかなんとかで、何でも近々中央教会から大司祭が面会に来る事になったようだ。……すまんな。

 それに関しては英雄、まぁダイスの事だ。が、街を脅かしていた魔物の親玉を討伐したと言う事への調査も兼ねているようで、王宮からも使者が派遣されるらしい。……こちらもすまんな。

 今回の件は、俺が頼んだ通りダイスが全部被ってくれた。
 大部隊を率いていたダイスが、西の穀倉地帯でのジャイアントエイプの異常行動に、後で手を引いている存在が有ると気付き、北に居るグレンの部隊の危機を察知し、単騎で北に向かい魔物を討伐した。……そう言うシナリオだ。

 いや、実際北に来るまでの動きはその通りだし、奴を討伐したのもダイスなのだから、間違っちゃいない。
 元々英雄候補と近隣でも噂されていただけ有って、多少嘘が下手でも噂が噂を呼び、誰も疑う奴は居ない。

 その内吟遊詩人が謳う英雄譚として酒場に流れる日も来るんじゃないか?

 そうそう、噂では『魔物』とされ、『魔族』とは言われていなかった。
 ダイスは伝承に出て来る神の敵対者である『魔族』と言う言葉は使わなかった様だ。
 そんな存在が世に現れ、しかも討伐したと言う事になったら、こんな地方都市の浮かれ騒ぎどころでは無かっただろう。
 救国の英雄、それこそ勇者として祭り上げられ、今頃国祭でも開かれていたかもしれん。

 さすがのダイスもそれは勘弁して欲しいだろう。
 今でさえ嘘の嫌いなダイスの事だ。胃に穴が開く思いをしてるかも知れんな。

 しかし、神の敵対者か……、ハハハッ笑えるな。
 その神が自分達の娯楽の為に嬉々として魔族達を作ったなんて知ったら、聖職者は勿論、この世界の住人達はどう思うだろうか。

 俺と言えば、この五日間ずっとこの宿に引き篭もっていた。まぁ、今回の件が無くてもその予定だったが。
 その間、ずっと考えていた事がある。

 奴が何故、再び俺の前に現れたのか……だ。

 明確な答えはいまだ出ていないが、一つの推論に至った。
 最初に出会った時、奴は俺を見ても何も反応しなかったのは、恐らく神が言った通り、俺が強くなかったからスイッチが入っていなかったのだろう。
 そして、俺が強くなったからスイッチが入った。だから俺の前に現れた。

 と、ここまでは、戦いの最中に一応の答えとして考えてはいた。
 神の存在が俺の妄想でなかったとしたら、恐らくこれが正しいと思う。

 問題は『なぜ今になって現れた』のか?
 初めて遭遇してから二十年。力を得てからも十年以上経っている。
 そこで俺がこの五日間ずっと考えて出した、俺なりの答え。

『海を越えるのに手間取ったから』てのはどうだろうか?

 まぁ馬鹿馬鹿しい答えなんだが、奴は空を飛べる訳じゃないし、海の底の岩盤の下を潜ってきたと言うのも考え難い。
 とは言え、何らかの手段でやって来たのだろう。

 神の与えたプログラムによって。

 そう考えると少し憐れでもあるよな。
 奴は奴でそれまで普通に暮らして居ただろうに、俺が強くなったせいでプログラムが起動して俺を求めてさ迷い出した。
 そして俺にボコボコにされた上に、関係無い奴に倒されたんだからな。

 そして、そこまで考えてもう一つの疑問が出てきた。
 奴は俺の居場所が分かっていたようだ。
 遠く離れた大陸から海を越えて、ここまでやって来たんだから間違いないのだろう。
 と言う事は、俺がここに居るとスイッチが入った他の魔族達が次々と現れるんじゃないか?
 そう考えるのが普通だ。

 折角安住の地を見付けたと思ったが、もしそうならここには居られない。
 今回苦戦したが、あれは俺の油断から来た事だ。
 余程の相手じゃない限り負けはしない自信は有るが、そんな奴らがやって来て毎回こんな騒ぎになってたら、のんびりどころの話じゃねぇ。

 いつかはバレて、俺が英雄と祭り上げられてしまう。
 そして、俺の過去の事もいつかはバレるだろう。そうするとこの国の奴らは俺に対してあいつらの様に……。

「その前に、また放浪の旅でも出るかな」

 この街が好きになってから大分経つ。
 街だけじゃない、気の合う奴らもそれなりに増えてきた。
 そんな奴らがで、俺を見てくる。
 それを思うだけで、どうにかなっちまいそうだ。

 もうあんな思いは二度とごめんだ……。


 コンコン。

 急に扉をノックする音が部屋に響いた。
 誰が? もしかして、また元教え子の……、あぁカイだったか? 治癒師の嬢ちゃんの恋人の。
 あれから何回か部屋にやって来るんだよな。
 まぁ、俺が鍛え直してやるとか言った所為なんだが。
 どうやら操られた後の記憶は無い様だ。

 気が付いたらダイスが居た。そして魔物が倒されていた。俺はダイスが魔物を倒した後、面倒臭がって先に帰った。

 そんな認識らしい。
 言ってしまった手前、二三アドバイスをしてやったが本格的な授業は気が向いたらと追い返していたが、まだ諦めてないのか? 特に部屋には来るなと言っておいたのに。

『先生? 居られますか?』

「え? ダイス?」

 扉の向こうから聞こえて来た声はダイスだった。
 時の人と言う事も有り、忙しくてあちこちに引っ張り凧だったダイスだったので、声を聴くのさえ五日ぶりだ。

 そんなダイスが何の用……、いやそりゃいっぱい有るか。
 会わない訳にはいかないし、実際聞きたい事も有る。
 決心鈍りそうで本当は誰にも会わないまま、今夜にでも放浪の旅に出発しようかと思っていたが、仕方無ぇな。

「取りあえず鍵は開いてる。入っていいぞ」

『失礼します』

 そう言うと、扉が開き少しやつれた顔のダイスが入って来た。
 何か目の下に隈が出来ているな。
 まぁ、この騒ぎの主役の一人なんだ寝る暇も無かったんだろう。

「よう、英雄」

 ダイスは俺の挨拶に少しむくれた顔をした。

「先生がそれを言いますか? それについては色々と言いたい事が有るんですがね」

「はははっ、すまないな。助かったよ」

「まぁ良いですけどね。それより何引き篭もってるんですか。皆会いたがってましたよ? あぁカイ達だけはここに通って会ってたみたいですね」

「あぁ来るなって言っても、しつこく来やがって迷惑な野郎達だぜ」

「それは先生も悪いです。何がエリクサーですか。俺に全部被せようとしておきながら何目立ってるんですか。先生も結構嘘が下手ですよね」

「ほっとけ!」

 まぁ今回は仕方無かったとは言え想定外の事が起こり過ぎた。
 見てなかった街の住民達ならいざ知らず、ダイスやカイ達には俺が居なかったなんて嘘は通用しねぇか。

「そんな事より聞いて下さい! 出来たんですよ!」

 突然ダイスは満面の笑みを浮かべてガッツポーズをし出した。
 急にどうした? 出来たって何がだ?

「おいおい、何をだよ。分かるように喋れ」

「え? あっすみません。嬉しくてつい。先生がやってたじゃないですか。鱗切り!」

 鱗切り? なんだったっけ? あぁ、そう言えば奴の尻尾を切ったやつだな。 ……って? えぇ?

「まさか、出来たってのは……?」

「はい! ミミズ野郎の尻尾! 俺にも切れたんですよ!」

 マジか……。まさかこんなに早く出来る様になるとはびっくりだぜ。

「いや~、仲間達が来るまで暇でしたからね。その間ずっと練習したんですよ」

「お、おう……」

 なんか奴が本当に可哀想になってきたぜ。

「それでバッキンバッキンやってたら、その内グレン達も目覚めて来ましてね。折角だからと皆でぶった切り大会を開いてですね……」

「お……おう……」

 止めてあげて! 奴のライフは既に0だって!
 うぅぅ、死んだ後まで切り刻まれるって……本気で同情してきた……。

「何回目かのチャレンジでバッサリいけたんですよ。まぁまだ先生の様にはいきませんけどね」

「いや、いきなり俺の様に出来たら、俺の立場が無いわ」

「あははははは! あんな悪魔の様な魔法を使える癖に何言ってるんですか。魔族以上に魔族でしたよ」

「あのなぁ~。って、そう言えばお前。魔族って事は伏せたんだな」

 俺の言葉にダイスは、笑いを止めて真面目な顔になった。
 ふん、やはりただ単に世間話をしに来た訳じゃないんだな。

「言えませんよ。伝承による神の敵対者が現われた! なんて喋った日には国中がパニックになりますよ。倒したからと言って皆が安心するわけじゃありませんし。他の魔族からの報復がーとか、倒した事によって呪われるーとか、色々ね」

「あーそう言う意見も出るか~。なるほどな」

 そう言えばそうだな。魔族は奴だけじゃない。
 仲間意識が有るとは思えないが、『魔族を倒した者』を狙ってくる可能性は確かに有る。
 それに何か呪われそうな感じはするよな。
 いや、ダイスはバッキンバッキンの所為で呪われててもおかしくないぜ。

「何より、アレが魔族って言うのが、いまいち納得いか無いんですよね」

「どういう意味だ?」

「言葉通りですよ。先生の強さは分かっていますが、それにしても弱過ぎます。いや俺じゃ歯が立たなかったと思いますけどね。それに先生もアレが魔族ってのは誰かに教えられた訳じゃないんですよね?」

「まぁ、そうだが……」

 俺も神から直接聞いた訳じゃない。ただ魔族の中に洗脳する奴が居ると言うのから連想しただけだ。


「だから調べたんですよ」

「え? 調べた? 何を?」

「過去似たような事件が無いかってね。少なくとも先生はあの魔族に一回会っている。と言う事は、過去に今回の様な事が起こっていても不思議じゃない……」

 俺は急に伏目がち喋り出したダイスの言葉に、まるで心臓が掴まれたかのような衝撃を受け固まってしまった。
 まさか……、そんな?

「そして見つけたんです。昔遠い国で起こったある悲劇の事件についての記述を……」

 ダイスは顔を上げて俺の目を見ながらそう言ってきた……。
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