探偵令嬢と華麗なる謎の皇子~探偵と怪盗、共闘す!?~

卯月八花

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第49話 七つ道具の魔改造計画

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 私の決意をちらりと見て、アステル殿下がくすりと笑う。
 本棚の『水晶探偵アメトリン』シリーズが、そんな私たちを興味深げに見ている――気がした。

 それから彼はふと真面目な顔になった。

「そういえばさ、ルース君のこと聞いた?」

「ええ、小耳には挟みました」

 ルース殿下――。

 あの混乱のどさくさに紛れて私を拉致し、ハルツハイムに連れ戻そうとした人。

 私の胸にははっきりとした怒りと失望があった。そりゃ、あれだけ私のことを馬鹿にしてくれた人だもの。怒りはあるわよ。ちっとも信じてくれなかったくせに、責任だけは負わせようとしてきたりしてね。本当にどうしようもない王子様だったわ。

「あれから、ビュシェルツィオ皇家は正式に抗議なされたとか……」

 アステル殿下は視線を手元の宝石に落としながら頷いた。金色の瞳が一瞬、怒りに燃え上がる。

「戦争も辞さないって態度で猛抗議さ。そしたらさすがにハルツハイム王も庇いきれなくなったんだろうね、ルース君は王位継承権を剥奪のうえ王都から遠く離れた領地に遠征というかたちで送り出されたよ」

 彼は首飾りを持ち上げて太陽に透かしてみたりしながら続ける。

「まあ、遠征なんて名ばかりで、実態はあらくれ兵士と共にとして荒れ地の開拓をしてるんだけどね」

「ルース殿下がどんな境遇になろうと、もう私とは関係のないことですわ」

 紅茶をすすり、私はキッパリと言い放った。

 彼が開拓地で兵士たちにいじめられているか、それとも仲間として受け入れられて性根をたたき直してもらっているか――。いずれにせよ、私にはもう関係のないことだ。

「ま、確かにね。こっちはこっちで忙しいしな。君は探偵の仕事があるし、僕だって暇じゃない」

 アステル殿下は小さく笑うと、単眼ルーペを目から外した。その仕草が妙に様になっていて、思わず感心してしまう。

 改めて気づいてしまったけど……この人、本当に整った顔をしていらっしゃるわね。

「はい、できたよ。オーバーホール完了」

 彼は緑の宝石を裏返し、ボタンを押しながら捻った。

 天眼鏡がぴょんと勢いよく飛び出し、光が一瞬キラリと反射した。――以前より出てくる勢いが増した気がする。

「まあ。ありがとうございます、殿下」

「どういたしまして。これからもガンガン使ってくれ」

 彼は言いながら再び天眼鏡を緑の宝石にセットし、またボタンを押しながら捻って飛び出させる。その動作を繰り返しながら、黄金の瞳を興味深げに輝かせた。

「こういう場合ってさ、普通は愛する人には危険から遠ざかっていて欲しいって思うものなんだろうね」

「そうですわねぇ。でもそんなことをされたら、私、息が詰まってしまうかもしれませんわ」

 実際、ピンチのときには――ルース殿下に閉じ込められていたときには、怖さに打ち震えるのではなく、この災難をどうやって乗り切ろうかという策ばかりを考えていた。そして脱出した時に感じたのは、なにより充実感だった。

 私は深窓の令嬢でもなければ、守られることに満足するお姫様でもないらしい。

「私は探偵ですからね」

「そう。君は探偵だ。僕は、危険に飛び込んでピンチを切り抜ける君が好きなんだ」

 彼は天眼鏡を傍らに置き、軽くウインクした。
 ああ、私を分かってくださっている――心の奥がくすぐられるような感覚に襲われる。

「僕って普通じゃないよね。でもこれが楽しくて仕方ない。君には付き合わせて悪いけどさ」

 私は肩をすくめ、柔らかく微笑んだ。

「とんでもないですわ。探偵として活躍できること、大変感謝しております。ただ、自分を情けなく思うときもありますわ。殿下に頼りっきりの探偵ですもの」

 今回私を助けてくれた七色の首飾りは、怪盗皇子ブラックスピネルであるアステル殿下が作ったものだしね。

 すると彼は笑い声を立てた。

「あはは、まあいいんじゃない? 難しいことは抜きで。楽しいのが一番さ」

 そして、七色の首飾りを私に見せて声をワントーンあげた。

「そうだ! 調整しといてなんだけど、これ預からせてくれる? 改良したいんだ」

「まあ、よろしいのですか?」

「もちろん。こういうカラクリっていじってるとどんどんアイデア湧いてくるよね。こんどは分銅付きの鎖を入れるってどうかな? 小さいやつにいなるけど、ただの細鎖より用途は広がるはず……」

「完成品を楽しみにしておりますわ」

 私の言葉に、アステル殿下はパチリと指を鳴らした。

「よし、決まり! 任せておいてくれ。これが完成したら――今よりもっと面白いことになるよ」

 彼の挑戦的な瞳の輝きに、胸が高鳴のを感じる。

 それは彼も同じだったらしい。

「『湖畔の愛』をめぐる事件は終わったけど、僕たちをめぐる事件は終わらないよ。――僕が、終わらせない」

 なんて、ちょっと格好つけて言うのだ。

「ふふっ、お手柔らかにお願いしますわ。でも、あなたの犯行はきちんと止めてみせます。それが私の探偵としての仕事ですもの」

 と、私はにっこり笑って受け止める。

 私――探偵令嬢シルヴィアと、アステル殿下――怪盗皇子ブラックスピネル。

 私たちをめぐる事件は、まだまだ終わってくれそうにない。

 そのとき。

「失礼します。クッキーが焼き上がりましたよー」

 ドアが開かれ、ポレットとディアンが入ってきた。ポレットは銀のトレイを持っており、その上にはクッキーの皿が載っていて、甘くかぐわしい香りが鼻腔をくすぐってきた。



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