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シェアハウス編
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一面灰色の雲に覆われた空を見上げながら、いつもより元気よく歩けてる自分がいる。
服ってすごい。ネクタイを締めハンガーに吊るされていたいつもよりシャキッとしたスーツを身に着けると違う自分になったみたいに、こうやって街中を歩いていても堂々としていられるような感じがする。
待ち合わせ時間は午後1時。道に迷いやすい僕は30分前に着くことを目標にして、電車と徒歩で40分かかることを計算に入れて出発は午前11時50分……いや、途中で何かあった時のために、さらに余裕を持って11時半。
そう考えて万全を期したはずなのに。
お約束というか、結局乗り継ぎ電車を間違えた僕は10分前に息を切らせて待ち合わせ場所に着いた。
「おはようございます!」
そこにはすで金塚さんが来ていて、冷めた目で僕をちらっと見て、それから二度見のように僕にもう一度視線をくれて、ネクタイをじーっと見た。
なんでしょうか……何も問題はないはずで──
「そんなネクタイ持ってたっけ」
「えっ」
「松崎くん2種類しか持ってないでしょ。ネクタイ」
良く知ってますね……
「これはちょっと、借りて……」
「透さんが前にしてきたネクタイに似てる」
その名前が出てきた地点でドキーーー!そうなんですか、と返すのが精いっぱい。
似てる、って言っただけだもん!ネクタイなんていっぱい種類があるんだし……!
ひとりで泡食ってる僕を後目に、金塚さんはさっさと歩き出した。それ以上は何も言われなかったってことは、ファッションチェックは無事にパスしたと思ってよさそう。
まずは第1関門突破の気分で、僕は金塚さんの後ろを歩きながらほっと胸を撫で下ろした。
小さなオフィスビルの1階の『メイクカンパニー』という会社名の入ったドアをノックして、出てきた30代くらいの男性に挨拶をする。
中に通されて甲塚さんがスムーズに名刺交換。僕はもたもたと遅れて名刺を差し出す。
名刺にはメイクカンパニー代表取締役社長、大牟田龍也とある。
大牟田さんはどうも金塚さんを僕の上司と思ったらしい。シンポジウムの内容や流れ、僕たちの話の位置づけなんかを金塚さんに向かって熱心に説明してた。
まぁ……そう見えるよね。
僕がコールセンターの第二責任者になったのはヒートの症状が軽くて出勤が安定してるから、だからそれも仕方ない。仕事だったら金塚さんが圧倒的に出来るもん。
至さんは「松崎くんくらいみんなのことを考えられる人はいないから」という理由だって言ってたけど、それは表向きだっていうのがぼくらの間の暗黙の了解だった。
大牟田さんはシンポジウムが行われるようになったいきさつや、もう4年も続けてきているその活動の意義についても過去の映像などを交えて熱心に説明した。
大牟田さん自身はベータだけど、オメガだった親友が自殺してしまったことをきっかけに行動を起こすことになったらしい。
当事者ともいえる僕は、僕たちオメガが置かれた環境をどうこうしようって発想がなかったのにすごいなあ、と心底感心してた。
「──というわけで、オメガイコール性産業従事者というイメージを少しでも払拭し新しい可能性について示唆するには、『ダブダブ』の社員の方にお話してもらうのが一番いいと思った次第です。
話せる範囲で出来るだけ生身の感情を語って頂けるとより共感を得やすいと思うのですが、おふたりは内容についてどのようなものをお考えですか」
大牟田さんは話を一区切りさせて、金塚さんと僕を見た。
すると金塚さんはまるで答えが用意してあったみたいにスラスラとスピーチの内容を話し始めた。
「ぼくは上位の大学に合格できる学力があって進学も希望していたのに、ヒート中に暴行されたことが原因で退学となって進学すらも諦めた経緯があります。
その後は完全に夜の世界の住人で、そこそこ成功した方だとは思っていますが、その成功に虚しさを感じ始めた頃に山王寺社長に出会いました。
今の方が生活レベル自体は低いですが、普通の暮らしには別の充実感を感じています。その辺までの話をまとめてみたいと思ってます」
初めて聞く話に、思わず横の金塚さんを見た。鼻がつんと尖った横顔は年上の彼を少し幼く見せて、きつい視線が無い分だけ印象が和らいでる。
頭がいいなとは思ってたけど、過去にそんなことがあったなんて全然知らなかった。大学に行けなかったの、悔しかっただろうな……
「なるほど。今後、社会人入学などは考えていないんですか?」
「ヒートが不定期で症状がかなり重いほうなので実はそういう意味での難しさもあるんですが、年齢と共にヒートも変化していくようですし、それによっては考えてみてもいいなと思ってます」
「オメガの大学進学者はやはり少ないですし、金塚さんが夢を叶えることは他の同志には勇気を与えることになりますね」
金塚さんが微笑みながら頷くのを目に映して、社会人入学なんてすごいなぁと感心しながら聞いてたら、今度はこっちを向いた大牟田さんが「松崎さんは、どんな話を?」と、話を振ってきた。
金塚さんが話してる間に自分が話すことを考えてれば良かったのに……!普通に聞いちゃってた僕の馬鹿……!
服ってすごい。ネクタイを締めハンガーに吊るされていたいつもよりシャキッとしたスーツを身に着けると違う自分になったみたいに、こうやって街中を歩いていても堂々としていられるような感じがする。
待ち合わせ時間は午後1時。道に迷いやすい僕は30分前に着くことを目標にして、電車と徒歩で40分かかることを計算に入れて出発は午前11時50分……いや、途中で何かあった時のために、さらに余裕を持って11時半。
そう考えて万全を期したはずなのに。
お約束というか、結局乗り継ぎ電車を間違えた僕は10分前に息を切らせて待ち合わせ場所に着いた。
「おはようございます!」
そこにはすで金塚さんが来ていて、冷めた目で僕をちらっと見て、それから二度見のように僕にもう一度視線をくれて、ネクタイをじーっと見た。
なんでしょうか……何も問題はないはずで──
「そんなネクタイ持ってたっけ」
「えっ」
「松崎くん2種類しか持ってないでしょ。ネクタイ」
良く知ってますね……
「これはちょっと、借りて……」
「透さんが前にしてきたネクタイに似てる」
その名前が出てきた地点でドキーーー!そうなんですか、と返すのが精いっぱい。
似てる、って言っただけだもん!ネクタイなんていっぱい種類があるんだし……!
ひとりで泡食ってる僕を後目に、金塚さんはさっさと歩き出した。それ以上は何も言われなかったってことは、ファッションチェックは無事にパスしたと思ってよさそう。
まずは第1関門突破の気分で、僕は金塚さんの後ろを歩きながらほっと胸を撫で下ろした。
小さなオフィスビルの1階の『メイクカンパニー』という会社名の入ったドアをノックして、出てきた30代くらいの男性に挨拶をする。
中に通されて甲塚さんがスムーズに名刺交換。僕はもたもたと遅れて名刺を差し出す。
名刺にはメイクカンパニー代表取締役社長、大牟田龍也とある。
大牟田さんはどうも金塚さんを僕の上司と思ったらしい。シンポジウムの内容や流れ、僕たちの話の位置づけなんかを金塚さんに向かって熱心に説明してた。
まぁ……そう見えるよね。
僕がコールセンターの第二責任者になったのはヒートの症状が軽くて出勤が安定してるから、だからそれも仕方ない。仕事だったら金塚さんが圧倒的に出来るもん。
至さんは「松崎くんくらいみんなのことを考えられる人はいないから」という理由だって言ってたけど、それは表向きだっていうのがぼくらの間の暗黙の了解だった。
大牟田さんはシンポジウムが行われるようになったいきさつや、もう4年も続けてきているその活動の意義についても過去の映像などを交えて熱心に説明した。
大牟田さん自身はベータだけど、オメガだった親友が自殺してしまったことをきっかけに行動を起こすことになったらしい。
当事者ともいえる僕は、僕たちオメガが置かれた環境をどうこうしようって発想がなかったのにすごいなあ、と心底感心してた。
「──というわけで、オメガイコール性産業従事者というイメージを少しでも払拭し新しい可能性について示唆するには、『ダブダブ』の社員の方にお話してもらうのが一番いいと思った次第です。
話せる範囲で出来るだけ生身の感情を語って頂けるとより共感を得やすいと思うのですが、おふたりは内容についてどのようなものをお考えですか」
大牟田さんは話を一区切りさせて、金塚さんと僕を見た。
すると金塚さんはまるで答えが用意してあったみたいにスラスラとスピーチの内容を話し始めた。
「ぼくは上位の大学に合格できる学力があって進学も希望していたのに、ヒート中に暴行されたことが原因で退学となって進学すらも諦めた経緯があります。
その後は完全に夜の世界の住人で、そこそこ成功した方だとは思っていますが、その成功に虚しさを感じ始めた頃に山王寺社長に出会いました。
今の方が生活レベル自体は低いですが、普通の暮らしには別の充実感を感じています。その辺までの話をまとめてみたいと思ってます」
初めて聞く話に、思わず横の金塚さんを見た。鼻がつんと尖った横顔は年上の彼を少し幼く見せて、きつい視線が無い分だけ印象が和らいでる。
頭がいいなとは思ってたけど、過去にそんなことがあったなんて全然知らなかった。大学に行けなかったの、悔しかっただろうな……
「なるほど。今後、社会人入学などは考えていないんですか?」
「ヒートが不定期で症状がかなり重いほうなので実はそういう意味での難しさもあるんですが、年齢と共にヒートも変化していくようですし、それによっては考えてみてもいいなと思ってます」
「オメガの大学進学者はやはり少ないですし、金塚さんが夢を叶えることは他の同志には勇気を与えることになりますね」
金塚さんが微笑みながら頷くのを目に映して、社会人入学なんてすごいなぁと感心しながら聞いてたら、今度はこっちを向いた大牟田さんが「松崎さんは、どんな話を?」と、話を振ってきた。
金塚さんが話してる間に自分が話すことを考えてれば良かったのに……!普通に聞いちゃってた僕の馬鹿……!
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