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シェアハウス編
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「えっと……僕はヒートの症状はとても軽くて弱い薬で抑制出来るし、割と一定のリズムで来るし、あ、でも最近は時々変なタイミングで来たりするんですけど、あれはなんでなのかよく分からないんですけど、その時は急激過ぎてビビるんですけど、それで、えっと──」
緊張のあまり何を言いたかったんだか分からなくなってしどろもどろになる。
「松崎のようにほぼベータと変わらず、普通に勤務するのになんの支障もない者がオメガというだけで面接さえ受けられないという現実があります。彼はその辺のことを話してくれると思います」
横から金塚さんがフォローを入れてくれると、大牟田さんは「いいですね」と僕にも微笑んで、話を締めるように手をぱんと叩いた。
「──では、スピーチの内容はそれで結構ですので、800字から1500字程度にまとめた原稿のデータを2、3日後を目安に運営本部まで送って頂けますか」
「分かりました」
金塚さんに続くように立ち上がってお互いに挨拶を交わし、事務所をあとにして……ドアが閉まるとすぐに金塚さんが「じゃあ」と先に行ってしまった。
別に一緒に帰りたかった訳じゃないけど、素っ気なく立ち去られるとそれはそれで寂しかったりする。
でもすぐに、ここへ来るときに道を間違えたことを思い出した。あっち行きこっち行きしながら来たから、ちゃんと駅に戻れる自信がない……こうなったら金塚さんの後ろについていくしかない!と顔を上げた時には、金塚さんの後ろ姿はすっかり見えなくなっていた。
「早すぎる……」
呆然と呟きながら、カバンから出した折り畳み傘を開く。
オフィス街だから土曜の今日は人通りが少ないのは助かるけど、シトシト街を濡らす雨のせいで視界がぼやけて余計道が分かりにくいっていうのは、完全なる僕の八つ当たり。晴れてたって迷うし。
家に帰ったらすぐに『作文』に取り掛からないと。提出期限は3日後。明日と明後日がお休みで良かった!
僕がスマホの地図と傘の向こうのビル群とを見比べて歩き、歩いては確認のために立ち止まり、してゆっくり進んでたら、駅が見える最後の直線で先に行ったはずの金塚さんが歩道の端にしゃがみ込んでるのが見えた。
「金塚さん!」
慌てて駆け寄ると、金塚さんは顔をしかめたまま僕を見上げた。
「大丈夫ですか!?」
「うるさいな。恥ずかしいだろ。道端で人の名前をでかい声で──」
「お腹が痛いんですか!?」
金塚さんは左手でお腹を守るようにしてて、脂汗をかいてる額が痛さの度合いを証明してる。
「しばらくしたら治まると思うから、ほっといて」
「でも……でも、普通じゃなさそうです……救急車を──」
「いらない。ほんとお節介だよね、ぼくがお前を嫌いなこと知ってる──」
青い顔で僕を睨んでた金塚さんが口を押えて俯いたとき、これは本当にただごとではないって思って携帯で救急車を呼んだ。
金塚さんがもう口を利くことも出来ないみたいに地べたに蹲る。僕は辛さが伝染して泣きそうになりながら金塚さんの背中を擦って救急車の到着を待っていた。
金塚さんが救急車で運ばれて行ったあと、僕はしばらく動くことが出来ずに立ち尽くしてた。
気付けば代わりに持っていた金塚さんの傘を渡しそびれていて、僕はそれを畳んで自分のをさし、ぼうっと駅まで歩いて、ようやく課長の秋宮さんと至さんに連絡しなきゃ、と頭が動き出した。
人が痛がるのは怖い。知ってる人だと余計に怖い。
今は気分が悪くて食欲がなかった。ぼんやりしたまま電車に乗って、それでもちゃんと家に辿り着けたからちょっと驚く。気を張ってる時は電車を間違えて、ぼーっとしてる時は間違えないなんて、変なの。
自分の部屋に戻って教えてもらった通りにスーツの手入れをして、家着に着替えたら人心地ついた。
お腹が空いていてもおかしくない時間なのにどっちかというと眠くて、僕はベッドに転がってぼうっとしてるうちにいつの間にか眠ってしまってた。
コンコン、とノックの音が遠くでした。
だいぶ、遠く。
ノックの音だな、と分かるだけの僕。
またコンコン、と音がして、今度は「おい、大丈夫か」と声が聞こえて……それが透さんだ、と脳ミソが答えを弾き出して、はじめて瞼が上がった。
部屋の中がいつの間にか真っ暗だった。
「え……今、何時……」
枕元の目覚まし時計を見ると、針は8時半をさしてる。
帰って来たのが4時過ぎだから、4時間も寝てたって自分でびっくりした。起こされなかったらそのまま朝までいっちゃったかもしんない勢い。
ベッドを降りてドアの方へ歩き出したら、ちょうどレバーが動いてドアが開いた。
「寝てたのか」
「うん。4時に帰ってきたんだけど、眠たいなと思ったらいつの間にか」
「うたた寝ってレベルじゃないな。下の電気もついてないし飯を食った気配もないし、具合が悪いのかと思った」
「ごめんね。僕もこんなに寝ちゃうって思わなかった。お腹空いたぁ」
透さんは僕の部屋の中に目をやって、「ちゃんとやってんな」と呟いた。
目線の先には僕のスーツ。
「透さんみたいに上手にアイロンが当てられないけど」
「やってりゃ上手くなる」
「どうかなぁ……僕の不器用さは侮れないよ、透さん。ひとの10倍くらいかかるんだから」
「いばるな」
あぁ……起きたら透さん。幸せ。シェアハウス最高。
今の時間いるってことは、今日はこのままずっといるんだよね?
絵を描くのかな。そのときは、一緒にいてもいいかな。
緊張のあまり何を言いたかったんだか分からなくなってしどろもどろになる。
「松崎のようにほぼベータと変わらず、普通に勤務するのになんの支障もない者がオメガというだけで面接さえ受けられないという現実があります。彼はその辺のことを話してくれると思います」
横から金塚さんがフォローを入れてくれると、大牟田さんは「いいですね」と僕にも微笑んで、話を締めるように手をぱんと叩いた。
「──では、スピーチの内容はそれで結構ですので、800字から1500字程度にまとめた原稿のデータを2、3日後を目安に運営本部まで送って頂けますか」
「分かりました」
金塚さんに続くように立ち上がってお互いに挨拶を交わし、事務所をあとにして……ドアが閉まるとすぐに金塚さんが「じゃあ」と先に行ってしまった。
別に一緒に帰りたかった訳じゃないけど、素っ気なく立ち去られるとそれはそれで寂しかったりする。
でもすぐに、ここへ来るときに道を間違えたことを思い出した。あっち行きこっち行きしながら来たから、ちゃんと駅に戻れる自信がない……こうなったら金塚さんの後ろについていくしかない!と顔を上げた時には、金塚さんの後ろ姿はすっかり見えなくなっていた。
「早すぎる……」
呆然と呟きながら、カバンから出した折り畳み傘を開く。
オフィス街だから土曜の今日は人通りが少ないのは助かるけど、シトシト街を濡らす雨のせいで視界がぼやけて余計道が分かりにくいっていうのは、完全なる僕の八つ当たり。晴れてたって迷うし。
家に帰ったらすぐに『作文』に取り掛からないと。提出期限は3日後。明日と明後日がお休みで良かった!
僕がスマホの地図と傘の向こうのビル群とを見比べて歩き、歩いては確認のために立ち止まり、してゆっくり進んでたら、駅が見える最後の直線で先に行ったはずの金塚さんが歩道の端にしゃがみ込んでるのが見えた。
「金塚さん!」
慌てて駆け寄ると、金塚さんは顔をしかめたまま僕を見上げた。
「大丈夫ですか!?」
「うるさいな。恥ずかしいだろ。道端で人の名前をでかい声で──」
「お腹が痛いんですか!?」
金塚さんは左手でお腹を守るようにしてて、脂汗をかいてる額が痛さの度合いを証明してる。
「しばらくしたら治まると思うから、ほっといて」
「でも……でも、普通じゃなさそうです……救急車を──」
「いらない。ほんとお節介だよね、ぼくがお前を嫌いなこと知ってる──」
青い顔で僕を睨んでた金塚さんが口を押えて俯いたとき、これは本当にただごとではないって思って携帯で救急車を呼んだ。
金塚さんがもう口を利くことも出来ないみたいに地べたに蹲る。僕は辛さが伝染して泣きそうになりながら金塚さんの背中を擦って救急車の到着を待っていた。
金塚さんが救急車で運ばれて行ったあと、僕はしばらく動くことが出来ずに立ち尽くしてた。
気付けば代わりに持っていた金塚さんの傘を渡しそびれていて、僕はそれを畳んで自分のをさし、ぼうっと駅まで歩いて、ようやく課長の秋宮さんと至さんに連絡しなきゃ、と頭が動き出した。
人が痛がるのは怖い。知ってる人だと余計に怖い。
今は気分が悪くて食欲がなかった。ぼんやりしたまま電車に乗って、それでもちゃんと家に辿り着けたからちょっと驚く。気を張ってる時は電車を間違えて、ぼーっとしてる時は間違えないなんて、変なの。
自分の部屋に戻って教えてもらった通りにスーツの手入れをして、家着に着替えたら人心地ついた。
お腹が空いていてもおかしくない時間なのにどっちかというと眠くて、僕はベッドに転がってぼうっとしてるうちにいつの間にか眠ってしまってた。
コンコン、とノックの音が遠くでした。
だいぶ、遠く。
ノックの音だな、と分かるだけの僕。
またコンコン、と音がして、今度は「おい、大丈夫か」と声が聞こえて……それが透さんだ、と脳ミソが答えを弾き出して、はじめて瞼が上がった。
部屋の中がいつの間にか真っ暗だった。
「え……今、何時……」
枕元の目覚まし時計を見ると、針は8時半をさしてる。
帰って来たのが4時過ぎだから、4時間も寝てたって自分でびっくりした。起こされなかったらそのまま朝までいっちゃったかもしんない勢い。
ベッドを降りてドアの方へ歩き出したら、ちょうどレバーが動いてドアが開いた。
「寝てたのか」
「うん。4時に帰ってきたんだけど、眠たいなと思ったらいつの間にか」
「うたた寝ってレベルじゃないな。下の電気もついてないし飯を食った気配もないし、具合が悪いのかと思った」
「ごめんね。僕もこんなに寝ちゃうって思わなかった。お腹空いたぁ」
透さんは僕の部屋の中に目をやって、「ちゃんとやってんな」と呟いた。
目線の先には僕のスーツ。
「透さんみたいに上手にアイロンが当てられないけど」
「やってりゃ上手くなる」
「どうかなぁ……僕の不器用さは侮れないよ、透さん。ひとの10倍くらいかかるんだから」
「いばるな」
あぁ……起きたら透さん。幸せ。シェアハウス最高。
今の時間いるってことは、今日はこのままずっといるんだよね?
絵を描くのかな。そのときは、一緒にいてもいいかな。
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