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第三話 夢を追いたくて就職に悩むあなたへ
歌手になりたいのに
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しかし。
しかし、だ。
悩み事を抱えている人全員に、おすすめした小説がハマるかどうかは分からない。
「もしかしてあなたも……何か悩みでもあるんですか?」
私の問いかけに、彼は即座に「はい」と頷いた。
「だから、菜花さんに話を聞いて欲しくて来たんです」
男性ははっきりと私に会いに来たと言った。
それだけ聞くと嬉しいのだが、私だって何でもかんでもその人にとってベストな答えをあげられるわけではない。私は便利屋でも、青色の猫型ロボットでもないのだ。
困った。彼を満足させられる自信がない私は、ちょっと俯いていた。
「菜花さん」
「はい」と、返事をすることができない。
できれば彼に、このまま諦めて欲しい。
これまでの二人には上手く悩みに効きそうな小説を見つけられたけれど、これ以上続けられる自信がないのだ。
けれども彼は、俯いたままの私に構わずこう続けた。
「僕は、就職に迷ってるんです」
ピクリ、と私の耳が反応して、無意識に肩が揺れる。
「就職、したくないんです」
ドク、ドク、と自分の心臓が荒い音を立てるのを聞いた。
「歌手になりたくて、これまでバンドしたり路上ライブしたりしてきたんですけど、上手くいかなくて……。気がついたらもう大学三年で」
夢を追いたいのに、このまま夢を追ってばかりではいられない年齢になってしまって。
自分の夢をまっすぐに追うのが理想だけど、自分の近々の生活とか、ちょっとの見栄を考えると夢なんて言ってる場合じゃないなって。
就活しなきゃいけないなって危機感を感じて。
現実に目を向けると、それだけ夢から目をそらすことになる毎日に悩んでるんです。
彼の言葉が、ゆっくりゆっくり、私の耳から脳に、心の深淵にじんわり広がってゆく。
気がつけば私は顔を上げて彼の目をまっすぐに見ていた。
それから彼の手元のパソコンと、その脇に置かれた本に目をやった。紙のブックカバーの下で「自己分析」という文字が、かすかに透けて見えた。
「面接の練習したりエントリーシートを書いたりしてみるものの、どれもしっくりこなくて……。僕はもう、どうすればいいか全く分からなくてー……」
彼のパソコンの画面をこっそり覗く。マスコミ系の会社のエントリーシートだろうか。「志望動機」「学生時代にがんばったこと」「弊社で成し遂げたいこと」といった質問がいくつか並んでいる。しかし、氏名欄の「増田大輝」以外に、埋まっている箇所はなかった。
「菜花さん、僕になにかヒントをくれませんか? 藤野さんから聞きました。菜花さんなら話を聞いてくれるだろうって。それから、悩みに効く小説を教えてくれるって」
「それは……」
確かに私は咲良の話を聞いたし、おすすめの小説を紹介した。そしてまた、咲良の友人だと言う男性客——増田大輝の話も聞いてしまった。最初は聞く気なんてなかったのに。
でも、彼の「就職したくない」「夢を追っていたい」という悩みに、身に覚えがあったから。
私は思わず、最後まで話に耳を傾けてしまったのだ。
「……ごめんなさい。ぱっとは思いつかなくて……」
就職したくない、夢を追いたい、どうしたらいいか分からない。
彼の気持ちは痛いほどよく分かる。けれど、私の頭の中の本棚をどんなに探しても、彼の悩みに効きそうな本が思い浮かばないのだ。
「そうですか……」
明らかに落胆した様子で、増田大輝はため息をついた。
「はい、せっかく来てくださったのに、ほんっとうに、ごめんなさいっ」
「いえ、無理を言っているのは承知ですから。分かりました。また遊びに来ますね」
彼はそう言うとパソコンや就活本をカバンの中にしまってすうっと立ち上がった。
きっと彼はもう、この店にはやって来ないだろう。
私はなんとなく、そう予感した。
しかし、だ。
悩み事を抱えている人全員に、おすすめした小説がハマるかどうかは分からない。
「もしかしてあなたも……何か悩みでもあるんですか?」
私の問いかけに、彼は即座に「はい」と頷いた。
「だから、菜花さんに話を聞いて欲しくて来たんです」
男性ははっきりと私に会いに来たと言った。
それだけ聞くと嬉しいのだが、私だって何でもかんでもその人にとってベストな答えをあげられるわけではない。私は便利屋でも、青色の猫型ロボットでもないのだ。
困った。彼を満足させられる自信がない私は、ちょっと俯いていた。
「菜花さん」
「はい」と、返事をすることができない。
できれば彼に、このまま諦めて欲しい。
これまでの二人には上手く悩みに効きそうな小説を見つけられたけれど、これ以上続けられる自信がないのだ。
けれども彼は、俯いたままの私に構わずこう続けた。
「僕は、就職に迷ってるんです」
ピクリ、と私の耳が反応して、無意識に肩が揺れる。
「就職、したくないんです」
ドク、ドク、と自分の心臓が荒い音を立てるのを聞いた。
「歌手になりたくて、これまでバンドしたり路上ライブしたりしてきたんですけど、上手くいかなくて……。気がついたらもう大学三年で」
夢を追いたいのに、このまま夢を追ってばかりではいられない年齢になってしまって。
自分の夢をまっすぐに追うのが理想だけど、自分の近々の生活とか、ちょっとの見栄を考えると夢なんて言ってる場合じゃないなって。
就活しなきゃいけないなって危機感を感じて。
現実に目を向けると、それだけ夢から目をそらすことになる毎日に悩んでるんです。
彼の言葉が、ゆっくりゆっくり、私の耳から脳に、心の深淵にじんわり広がってゆく。
気がつけば私は顔を上げて彼の目をまっすぐに見ていた。
それから彼の手元のパソコンと、その脇に置かれた本に目をやった。紙のブックカバーの下で「自己分析」という文字が、かすかに透けて見えた。
「面接の練習したりエントリーシートを書いたりしてみるものの、どれもしっくりこなくて……。僕はもう、どうすればいいか全く分からなくてー……」
彼のパソコンの画面をこっそり覗く。マスコミ系の会社のエントリーシートだろうか。「志望動機」「学生時代にがんばったこと」「弊社で成し遂げたいこと」といった質問がいくつか並んでいる。しかし、氏名欄の「増田大輝」以外に、埋まっている箇所はなかった。
「菜花さん、僕になにかヒントをくれませんか? 藤野さんから聞きました。菜花さんなら話を聞いてくれるだろうって。それから、悩みに効く小説を教えてくれるって」
「それは……」
確かに私は咲良の話を聞いたし、おすすめの小説を紹介した。そしてまた、咲良の友人だと言う男性客——増田大輝の話も聞いてしまった。最初は聞く気なんてなかったのに。
でも、彼の「就職したくない」「夢を追っていたい」という悩みに、身に覚えがあったから。
私は思わず、最後まで話に耳を傾けてしまったのだ。
「……ごめんなさい。ぱっとは思いつかなくて……」
就職したくない、夢を追いたい、どうしたらいいか分からない。
彼の気持ちは痛いほどよく分かる。けれど、私の頭の中の本棚をどんなに探しても、彼の悩みに効きそうな本が思い浮かばないのだ。
「そうですか……」
明らかに落胆した様子で、増田大輝はため息をついた。
「はい、せっかく来てくださったのに、ほんっとうに、ごめんなさいっ」
「いえ、無理を言っているのは承知ですから。分かりました。また遊びに来ますね」
彼はそう言うとパソコンや就活本をカバンの中にしまってすうっと立ち上がった。
きっと彼はもう、この店にはやって来ないだろう。
私はなんとなく、そう予感した。
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