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葉方萌生

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第二話 失恋に負けたくないあなたへ

友達になろう

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「どうかされましたか……?」

 こういうとき、深く踏み込むべきか迷った。相手は今会ったばかりの人。しかも店員とお客。どう考えたって、そっとしておくべきなんだけれど……。
 彼女の双眸が、助けてと私に訴えているような気がしてならなかったのだ。妄想だって構わない。けれど、私にも彼女みたいな目をしていた時期があった。何か辛いことがあって、誰かに慰めてほしいときはいつも、決まって一人だ。自分から友達とか家族に助けてと言わない限り、大抵は一人で辛くなって、膨大な時間をかけて立ち直るしかない。そして、その「助けて」は、誰にとっても声に出すのがとても難しいのだ。

 だからもし、そんなとき自分から助けてと言わなくても誰かが声をかけてくれたらどんなに良いだろうと思う。
 目の前の彼女が、助けてと言えない最中にいるのなら。
 出会ったばかりの自分にだって、声をかけることぐらいはできるんじゃないか。

「……店員さんっ」

 案の定、彼女は私を完全に拒絶しなかった。ただ何と言えば良いか分からなかっただけなんだろう。心のつっかえが外れたようにボロボロッと、瞳のふちに貯めていた涙を溢れさせた。

「ご、ごめんなさいっ……わたし、」

 こんなところで、と彼女が続けたところで、私は彼女の手を引いて、一階のこたつ席まで連れて行った。

「事情はともかく、ひとまずこちらで休んでください」

 私はできる限り、もしも自分が今彼女の立場だったら、ということを想像して行動することにした。
 もし私が彼女のように公共の場で突然見知らぬ人の前で涙を流してしまったら。
 今はそうすべきではないと知っているにもかかわらず、抑えられないほどの悲しみに暮れていたら。
 たぶん、とても恥ずかしくなる。恥ずかしくて自分が惨めになる。できるだけ人前にいたくないとも。
 だから、事情はよく分からないが今の彼女にとってはこうして少しの間一人にさせてあげるのが得策だと考えた。
 幸い、朝のお客さんの波が去ってからは店もそれほど混み合わなかったため、新しい本を出したり、本を発注したりする作業に集中することができた。

「お疲れさま」

 自分でも気づかないうちに、どうやらシフトの時間が終わっていたようだ。二階の事務所から事務作業をしていた詩乃さんが一階に降りてきた。
 詩乃さんはこたつ席をチラリと一瞥して、そこにカフェの注文もしていない様子の女の子が一人ぽつんと座っていることに気づいたようだ。

「あちらのお客様は?」

「あ、すみません。少し事情がありまして。私の一存で休んでいただいてるんです」

 もちろん、その“事情”など詳しく知らない私だったが、詩乃さんは私の言葉で大体の事の成り行きを理解してくれたらしく、

「そう。フォローお願いね」

 と大人の受け流しをしてくれた。

「はい!」

 詩乃さんからお客様の対応を任せてもらえた! と思った私はちょっと誇らしげな気分でシフトアウトし、そのままこたつ席に向かった。

「これ、よかったらどうぞ」

 来たときと変わらず、心ここにあらずな状態でこたつテーブルにちょこんと座っている女の子に、シフト上がりがてら買っておいたオレンジジュースを差し出した。ついでに自分の分もことんと、テーブルの上に置いた。

「ありがとうございます……」

 まだ泣いていたのか、先程声をかけた時よりも目を赤くして、まぶたも腫れている。

「一推しのオレンジジュースなので、きっと美味しいですよ」

 京都和み堂で販売しているオレンジジュースは、とても濃厚で甘酸っぱい。瓶に入った鮮やかな橙色の液体を上下に振って、グラスに注いで提供するのが定番だった。

「甘い……」

 女の子は、ストローにそっと口をつけて遠慮がちにオレンジジュースを啜った。

「美味しいでしょう?」

「はい、とっても」

 オレンジュースを飲んだだけで泣き笑いみたいな笑みを浮かべた彼女に、私は完全に心を奪われてしまった。

「私、いま大学四回生でここでアルバイトをしているんです。もしよかったら、お友達になりませんか?」

 数日間働いてみて分かったが、京都和み堂に訪れるお客さんは外国人の方や、お父さんお母さん世代が多い。だから私も自分と同じくらいの歳の女の子が来てくれたことが嬉しかったのだ。

「友達に……?」

「はい。あ、嫌ならぜんぜんっ! 無理って言ってもらっても構わないです!」

 両手をブンブンと大きく横に振って私は彼女に断る余地を残した。
 生まれてこのかた「友達になって」という申し出を断られたことがなかった私は、疑問形の返事をくれた彼女に対し些か不安を覚えた、が。

「ふふっ、嫌だなんて思いません」

「よかった~」

「は? 店員が急に友達? そんなのイヤです」とか言われないかと気が気でなかったので、私の言葉に笑ってくれた彼女の姿を見て、ほっと胸を撫で下ろした。

「わたし、藤野咲良ふじのさくらといいます。いま大学三回生です」

「藤野咲良さん。私は三谷菜花と言います」

 互いに自己紹介をしたところで彼女の緊張感も幾分か和らいできたらしく、大学での生活やアルバイトの話をしてくれた。咲良は私の通う京都大学に比較的近い大学の学生だったこともあり、近所のおすすめのカフェの話で盛り上がった。ちなみに、京都和み堂に来るお客さんのほとんどはカフェ好きかパン屋好きということはなんとなく気づいている。

 お互いの生活に関して話をするうちに、強張っていた彼女の表情も柔らかくなってゆくのが分かった。
 しかし、やはりそんな柔らかな表情の中に見える憂いの陰が、時々見え隠れする。
 とうとう居ても立ってもいらなくなって、私は彼女に恐る恐る尋ねてみた。

「咲良ちゃん。すごく聞きにくいんだけど……何か、辛いことでもあったの?」

 油断していた、というふうに彼女がハッと息を飲むのが分かった。
 けれど、これまでの会話の中で私に心を開いてくれたらしく、彼女は「バレちゃいましたか」と笑って話し始めた。

「大したことじゃないんです。恋人にフラれたんです。つい昨日の夜……」
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