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邪教の軍勢

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 時は少し遡り、夜陰の訪れから間もないころ。王都デナリウスの外れでは、密かに邪教の軍勢が集結しつつあった。
 宵闇を蠢く魔物の群れ、漆黒の霧を纏う吸血鬼、そして邪悪な魔力を滾らせる悪魔。ひしめきあう邪教の軍勢、その数は優に百を超えているだろう。

「「「「「ガレウス様のために……ガレウス様のために……」」」」」

 闇の果てまで響き渡る、邪悪の神を崇める言葉。吸血鬼と悪魔の集団は、一心不乱に言葉を紡ぎ続けている。
 一方で魔物の群れは静かなものだ、唸り声すらあげはしない。よく見ると目は血走っており、体表は赤黒く変色している。どうやら凶暴化とアンデット化の薬で操られているらしい。

「「「「「ガレウス様のために……邪神ガレウス様のために……!」」」」」

 吸血鬼と悪魔は唐突に口を噤み、膝をついて首を垂れる。静寂に包まれる中、姿を現したのはアブドゥーラだ。
 ズラリと並ぶ邪教の軍勢に向かって、アブドゥーラはゆっくりと口を開く。

「待たせたな、よくぞ集まってくれた」

「「「「「……」」」」」

 返事はない、しかし軍勢から湧きあがる魔力はゾワゾワと密度を増していく。高まる戦意の表れに、アブドゥーラはクックと小さく笑みを零す。

「これだけの戦力だ、人間如きに遅れを取ることはなかろう」

「「「「「……」」」」」

「問題は例の怪物だな、油断していては返り討ちにあう。だが俺達とて無策ではない、必ずや目的は果たす」

 例の怪物とはウルリカ様とアンナマリアのこと。伝説の魔王と勇者を相手にしては、最上位魔人といえども敵わない。しかしどうやらアブドゥーラは、何か策を講じているようだ。

「ではこれより王都デナリウス侵攻作戦を開始する、ガレウス邪教団の恐怖を知らしめてやるのだ!」

 アブドゥーラは拳に炎を纏わせ、夜空に向かって高々と掲げる。

「攻撃開始、派手にかましてこい!」

「「「「「うおおぉーっ!!」」」」」

 それはまるで漆黒の雪崩、ガレウス邪教団の軍勢は一斉に王都デナリウスへと押し寄せる。その速度たるや尋常ではない、数分もあれば町まで到達するだろう。

「俺もいくとするか、最初から全開だ!」

 噴きあがる炎の中、アブドゥーラは見る間に姿を変えていく。かつてアルフレッドやノイマン学長と戦った際に見せた巨大化だ、炎を纏う巨人の顕現である。

「さあ、派手にかますとしようか!」

 夜の闇を煌々と引き裂き、炎の巨人は町へと迫る。
 これほど大規模かつ派手な襲撃を行えば、即座に情報は王宮まで伝わる。南ディナール王国の対応は早く、迎撃態勢を整えるまで僅か数分。両軍の衝突は目前だ、一方──。


 ✡ ✡ ✡ ✡ ✡ ✡


 王都デナリウスに面する海は静けさに包まれていた。昼間の喧騒は息を潜め、心地よい波の音が耳を揺らす。

「ふふっ、いい夜だわ」

 波の音に混じって聞こえる、しっとりと艶を帯びた声。目を凝らすと揺れる水面に、一人の女が立っていた。アブドゥーラと並ぶ最上位魔人、水の魔人ザナロワである。

「さて、アブドゥーラは上手くやってるかしら?」

 ザナロワは波間に立ったまま、王都デナリウスの外れに目を向ける。町の外は闇に包まれているが、一ヶ所だけ煌々と輝いていた。闇を引き裂く炎の巨人、巨大化したアブドゥーラだ。

「……予定通り、派手にやってるわね」

 チャプンと小さな音を立て、ザナロワはゆっくりと足を前へ。平然と水面を歩く姿は、なんとも異質で不気味なものだ。

「それじゃあ私達もいこうかしら」

 夜暗を映して黒く染まった海、目を凝らすと海中を行き交う無数の巨大な影。ザナロワのゆっくりとした歩みにあわせ、海中の影も町へと迫る。

「静かにゆっくり、上品に攻め込むわよ……」

 アブドゥーラ率いる陸の軍勢、ザナロワ率いる海の軍勢。ガレウス邪教団の魔の手が、王都デナリウスを挟撃する。
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