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第2章 忍の章

7話 オネエとエリナ

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「はぁ……。ほんと嫌になっちゃうわねぇ」


 古賀忍軍が1人・榎本。その腹筋の上でナツキが腰を振るっている。
 その様子がリアルタイムで映し出されている大画面テレビを見ながら、オネエはため息を吐いた。


 ――つい数時間前、オネエ忍者は1人の女生徒から呼び出された。
 そして、呼び出されたここは敵地中心部、古賀忍軍の根城・ODM本社。
 日本のAV業界最大手の本社、その時代劇セットのスタジオど真ん中である。


 悪代官が夜伽をさせるような煌びやかな部屋に置かれた時代錯誤のプラズマテレビに向かって、オネエはもう一度ため息を吐いて聞いた。


「こんなもの見せつけてきて、要求は何かしらぁー? エリナちゃん」


 そう、呼びだしてきたのは、いつもナツキとつるんでいるエリナだった。


「要求? くノ一がくノ一の要求なんて飲むのー? 飲む気ないでしょー? 先生」


 小悪魔的に腰を屈めて挑発してくる。
 MARSの検査の時だけではなく、エリナはナツキとよく行動を共にしている。それもあって、オネエとエリナの接する回数は少なくはなかった。
 にもかかわらず、オネエはエリナの正体に気付けなかったのだ。


「要求を飲む気があるかはともかく、飲んで欲しい何かがあるからあたしをここに呼んだんでしょ~? 言ってみなさいよ。ねぇ、エリナちゃん」


「えー? ないよ? おじさんはねぇ、古賀が風魔を消す結末を伊賀の頭領の服部さん、あなたに見届けて欲しいんだってー。で、次は霧隠衆……。雑賀衆……。忍軍狩りの締めを飾るときは毎回呼んであげるってさー。良かったね」


「ふーん。力の誇示? それで忍者狩りをしてるの?」


「そー、だから最大手である伊賀忍軍、その頭領であるあなたには絶対見て欲しいんだって。あたしも古賀が一番になるのを望んでいるし」


「なるほどねぇ。でも人外の力に頼って古賀の力を誇示?」


 空気がカラッ、と乾いた。静電気が二人のあいだをピリピリさせた。
 そんな中でオネエは続ける。


「一体誰の力を誇示したいのかしらねぇ~?」


「……なにが言いたいの?」


「どの時代でも2番手に甘んじてきた古賀忍軍。その力を忍軍最強に押しあげた淫魔衆の力はしーっかり誇示できるわねぇ~。なんでそれが古賀の力の誇示に繋がるかは分からないけど」


 見え透いた挑発だった。


「榎本の能力に翻弄されっぱなしの癖に偉そうじゃない?」


 エリナが言った通りで、オネエは忍術ではなく榎本君の特異体質によって作られた薬・MARSを前に痛手を被った。
 正体に気付けず、あろうことかナツキを窮地に追いやってしまった。


「うるさいわね! あたしこうみえてその事ですっごく凹んでるのよぉ!? そんな事も分からないの!? 古賀の強さを誇示出来ると思い込んでいるくらいに馬鹿なだけじゃなくて人の心の痛みも分からないほんとうの大馬鹿みたいね!」


 挑発を挑発で返されて、あろうことかオネエのほうが激昂していた。
 怒りだして止まらなくなったオネエは、ヒステリック全開に早口でまくし立てる。
 挙げ句に怒り狂って身体が意図せぬフォームチェンジをしてしまう。


 四足歩行。その姿はまるでケンタウロスであった。


「オカマの癖になに調子に乗ってんの!? ――って、ふざけてるの? なんなのそのかっこうっ……」


「馬鹿を演じててほんとうの馬鹿になったみたいね! エリナさん!」


「――カッチーン。予定変更、みんな出てきてー! この馬引っ捕らえて!」


 パーンッ、時代劇の舞台セット。その障子が勢い良く開く。
 パンパンパンッ!
 開くと同時に黒装束の男が雨音のような足音を立ててオネエの周囲で円を描く。
 はっきり言って、オネエの予測の範疇であった。
 呼び出されたときから、敵に囲まれるのは想定していた。それに、障子の裏側からずっと殺気を感じていたのだ。


「どうしようもない馬鹿ねー! ナツキちゃんの友だちじゃないのー!?」


 黒装束に囲まれながらも、威にせずオネエは続ける。


「任務の為に必要だったからね。忍びの頂点にいるあなたなら分かるでしょ?」


「任務じゃなくても必要になってることも分からないってほんとに馬鹿なの!? もういいわ!」


「ひと言聞いていい? 自分が袋のネズミって事、分かってるの?」


 得物を構えてすり足で円を描く忍者達は、隙あらばいつでも食らいつかんばかりの殺気を放っている。それも片手で数えられるような人数ではない。
 少なく見積もっても20人、四方八方が完全に塞がれていた。


「長年忍びやってると、たまにはこーゆー晴れ舞台を期待しちゃうのよねぇ~」


 時代劇の山場である大量の雑魚との殺陣を前に、オネエは滾っていた。


 パンッパンッパンッパンッ、ダタタタタタッ――。


「ナツキちゃんだけじゃなくて、あたしのこともしっかり録画して欲しいわね」


 パンパンパンパンッ、タタタタタッ――。


「忍び冥利に、って、まだいるみたいね。――ちょっと、……多いわね」


 パンパンパンッ! タタタタタッ!


(人垣……、なんて生やさしくないわねぇ……。開いた部屋の中には、寿司詰め状態の満員電車と変わらない部屋まであるわ。どうやってパンッ! なんて勢い良く開けたのか聞きたいわね……。さすが忍者……)


 忍び1人に割く人員ではなかった。
 この部屋に入ったときには、ここまで人の気配なんてなかった。
 AV見ているあいだに囲まれた?


 ざっと見積もっても400人――。


「せんせー、MARS検査のときとは立場が変わっちゃったねー? これでもまだ偉そーにする? 謝るなら許してあげても良いけどー? しっかり謝ったらおじさんも許してくれるんじゃない?」


「びびっているのか知らないけど、誰も掛かってこないわよぉ? 部下の扱いがまるでなってないわねぇ~」


「うるさいって。ねぇーみんなー、数で圧倒してるんだよ? 相手は馬一匹でしょ? はやくやっちゃえって! はやく!!」


 馬? オネエは自分の足に目を向ける。
 それはもう立派なまでの四足歩行であった。
 逃げるのに好都合な、逞しい脚である。
 オネエが視線を脚に向けたと同時に、目配りし合った忍者が、タタタッ、と俊敏に駆け寄った。


「ヒヒィイイイイーーーーーンッ!!」


「うわぁああっ!?」


 撮影中に事故でも起きたように暴れ狂った馬が、突然背中に煌びやかな羽を生やしてペガサスばりの滞空時間で飛んでいったのだ。
 俗世から浮いた忍者でも驚いてしまう。


「ま、まてっ!」


「何してるの! みんな追っかけてー! この人数で逃げられたらほんと洒落にならないんだけどー! おじさんに怒られるよ! はやくいってー!」


「お、追えっ! そこまで遠くには行けない! 全員で囲え!!」


 神獣1匹を追いかける400人総出での鬼ごっこが開始されるのであった。

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