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第1章 始まりの章
3話 保健室での事情聴取
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女になりたくても、ぱっと見でさえ女になれない男。女になりきれなかった男。
それがナツキから見た、樽男の秘書でもあるオネエ忍者の印象だった。
この先入観のせいで、ナツキはオネエ忍者が小綺麗な女校医に変装出来るとは考えもしなかったのである。結果、不覚にもオネエ忍者に身体の隅々まで調べる口実を与えてしまったのである。
「陽性ですね」
「や、やってません!!」
――昼下がりの保健室。
恋人同士でもあり榎本君と近しい関係にあるエリナは、真っ先に検査を受けることになって、その結果を告げられていた。
悲痛な涙声がシーツ生地のパーティションをゆらゆら揺らして響いてくる。
呼び出されたのは、エリナとナツキの2人だけである。
この布地で何かが守られるとは到底思えない。
少なくともプライバシーなんてものは守られていない。
布一枚では涙声のボリュームも変わらない。
強過ぎる太陽のせいで頭を抱えこんでいる様子までまる見えだった。
「ほんとに、……ほんとにやっていません! 信じてくださいっ!」
いくらなんでも無理だ。ばっちり反応出てるみたいだし、彼女だし。
それよりなによりエリナの懇願には、反省の色が感じられなかった。
泣きながら叫べば言い逃れ出来ると本気で思い込んだ、そんな悲痛を捻り出した声にしか聞こえない。
少なくとも、この類の言い逃れをよくされるせいで信用ならなかった。
「大丈夫。こうゆう簡易的な検査では間違えだって起きるのよ。榎本くんとお付き合いしていたんだから、間違って吸引していても不思議じゃないわ」
「せ、せんせいっ……、う、うわぁああああああんっ!」
(甘い……。ほんとうに甘い。エリナは毎度毎度こうなんだ……。遊ぶ約束していてドタキャンするならともかく。ドタキャンさえし忘れて榎本くんと遊んでいたときもこの謝り方だ。――助けるつもりだった私も人のこと言えないけど)
エリナに対して色々と思うところがありつつも、もともと懇意にしていた校医の緩い対応に、思っているほどナツキも嫌な気分にはなっていなかった。
そんなナツキの心臓を叩くように、校医がシーツ越しに重たい声をあげた。
「えぇ!? ナツキさんの結果……。こ、これは、これは絶対庇いきれない!」
「え?」
ガラガラッ! と勢い良くパーティションを横滑りさせて、校医が目をまるまるとしたまま叩きつけるような勢いで検査キットを見せつけてくる。
「ナツキさん、これどういうこと!? なんで血液にまで反応が出ているの!?」
血液、尿、の検査結果が陽性反応を示していた。
「え? ちょっと意味が……」
言っている意味が本気で分からなかった。
当然陽性反応が出る理由も分からない。
「このMARSはね、毛髪10日、尿1週間、血液に至っては1日しか身体に残らないのよ! 知ってる!?」
それはなんとなく知ってはいるけど、この対応の違いは一体……。
「あの、先生、それがどうかしたんで――」
「血液に反応が出るわけがないの! 榎本くんは昨日の夜まで一週間のあいだ家族旅行に出掛けていて学校にも来ていなかったでしょ!? 榎本くんと親しい男の子たちにも検査したけど、尿にしか反応がないのよ!? なんで、一日しか残らない血液にまで反応が出てるのっ、……か、庇いきれないわよ!?」
庇いきれないというか、声が大き過ぎて保健室の外に丸聞こえで、庇うつもりが一切感じられない怒鳴り声だった。
でもなんでだろう。
血液検査というか、どの検査にしても陽性反応が出る理由が思い当たらない。
ほかの男の子達ですら、血液には反応が出ていなかったみたいだし。
「もしかして、ナツキさん。榎本くんと一緒に薬をばらまいていたのかしら? それなら辻褄が合うわねぇ……。それなら榎本くんがいなかったとしても反応が出るわ。あなた……売ってたわね?」
うわ……。辻褄は合うけど、ありえない。
エリナには悪いんだけど、榎本くんは生理的に無理。目が本当に無理。
にもかかわらず、まるで榎本くんと2人で悪さしたみたいな感じでくるとか……。
泥棒猫でも見るような引いた目でエリナは見てくるし。
「榎本くんとは喋ったことも殆どありませんよ」
でもなんでだろう。
陽性反応は疑いようがないくらいに出てるけど、薬物なんてありえない。
「でも不思議ねぇ。MARSって、セックスドラッグって言われるくらい発情するのよ? その割にナツキさんいたって普通よねぇ……」
「あ……」
昨日太ももに落ちてきた、ティッシュにくるんで燃やした血痕。
オネエ忍者に盛られた媚薬が、最近ここいらを騒がせている新種のドラッグMARSだったのか。
忍者が絡んでいるから、何を調剤したのかさえ気付けなかったのか。
それにしてもなんて偶然だ。
気化して力を発揮するMARSを、わざわざ燃やして吸い込んでしまうなんて。
いや、血液の類なら隠滅のしかたなんてたかが知れてる。
狙って吸わせられるか……。どっちにしても弱った。
「何か心当たりがあるのかしら? 嘘を吐かないで正直に話してちょうだい」
答えようがない。
さっき体育館でのうのうと喋っていた政治家金田樽男をルームメイドに扮して誘惑したあと惨殺した現場で、屋根裏と思われしき場所からオネエ忍者が現れて、そのとき垂らされた毒かと思っていた液体が、気化したときに効力を発動するMARSでした。
――これを、まともな神経をしている人に説明出来るわけがない。
殺したやつが生きている時点で、嘘とか正直とかもうね……。
そういった次元の話ではない。どう考えても説明出来ない。
大体忍者とかくノ一とかもう……。
真顔で説明したら、連れて行かれるのは警察署じゃなく病院だ。
「どうしたのかしらぁ?」
「あ、……いや」
どうしようか。
考えてみたけどたぶん証明出来ない。
薬物捌いていた疑いまで掛かっている。
学生生活終わった。
学生生活をエンジョイするための小遣いの値上げ交渉で、手伝うことになった忍び家業。手伝ったせいで小遣いどころか、学生生活すら消えてなくなりそうだ。
元も子も無くなりそうだ。
「どこかで吸いこんじゃったかも知れませんね」
「どこ?」
それが答えられないから困ってるのに。
「分からないです」
「分からないわけがないでしょ? 昨日何していたのかしら」
「分からないです」
「分からないですって!? 昨日のことが分からないわけないでしょ!?」
その通りだ。そこまでボケている女子高生いるわけがない。
思考停止で答えてたらめんどくさいことになった。
無駄に揉めないようにと思って、この国のお偉いさんでもある政治家の真似して“記憶にございません”の一点張りしたらこのざまだ。
こんな無能な技を使い続けているから女子高生に殺される。
なぜか蘇ってたけど。
ほんと警察署なり病院なり連れて行って欲しい。
そうなれば、潔白を証明出来るのに。
そもそも、この事情聴取は素人に毛が生えた女校医の越権行為じゃないのか?
言ったらさらにヒステリックに怒鳴られそうで、言葉に詰まった。
こんなことになるならもっと早い段階で手を打っておけば良かった。
忍術を使ってこの2人を丸め込んでしまえば楽なんだけど、MARSだの、政治家だの絡んだせいで凄くめんどくさいことになっている。
校内すべての女子学生に見られる中で退場する羽目になったせいで、今更口封じをするとなると相手があまりに多過ぎる。
300人を籠絡? とてもとても身が持たない。
――しかたない。
「毛髪検査してもらっていいですか?」
「どういう事かしら?」
「MARSを吸いこんだ記憶がないんです。ほかの検査なら引っかからないかも、って思ったんで。――いいですか?」
「自信に満ちた目ね。実のところ、わたくしもナツキさんがそんなことをする生徒だとは思っていません。潔白を証明しましょうねぇ」
めんどくさくなったナツキの出した決断が大きな過ちであるとは、このときのナツキに知る由はなかった。
ナツキの判断を間違えと知るのは、女医に扮しているオネエ忍者だけだった。
それがナツキから見た、樽男の秘書でもあるオネエ忍者の印象だった。
この先入観のせいで、ナツキはオネエ忍者が小綺麗な女校医に変装出来るとは考えもしなかったのである。結果、不覚にもオネエ忍者に身体の隅々まで調べる口実を与えてしまったのである。
「陽性ですね」
「や、やってません!!」
――昼下がりの保健室。
恋人同士でもあり榎本君と近しい関係にあるエリナは、真っ先に検査を受けることになって、その結果を告げられていた。
悲痛な涙声がシーツ生地のパーティションをゆらゆら揺らして響いてくる。
呼び出されたのは、エリナとナツキの2人だけである。
この布地で何かが守られるとは到底思えない。
少なくともプライバシーなんてものは守られていない。
布一枚では涙声のボリュームも変わらない。
強過ぎる太陽のせいで頭を抱えこんでいる様子までまる見えだった。
「ほんとに、……ほんとにやっていません! 信じてくださいっ!」
いくらなんでも無理だ。ばっちり反応出てるみたいだし、彼女だし。
それよりなによりエリナの懇願には、反省の色が感じられなかった。
泣きながら叫べば言い逃れ出来ると本気で思い込んだ、そんな悲痛を捻り出した声にしか聞こえない。
少なくとも、この類の言い逃れをよくされるせいで信用ならなかった。
「大丈夫。こうゆう簡易的な検査では間違えだって起きるのよ。榎本くんとお付き合いしていたんだから、間違って吸引していても不思議じゃないわ」
「せ、せんせいっ……、う、うわぁああああああんっ!」
(甘い……。ほんとうに甘い。エリナは毎度毎度こうなんだ……。遊ぶ約束していてドタキャンするならともかく。ドタキャンさえし忘れて榎本くんと遊んでいたときもこの謝り方だ。――助けるつもりだった私も人のこと言えないけど)
エリナに対して色々と思うところがありつつも、もともと懇意にしていた校医の緩い対応に、思っているほどナツキも嫌な気分にはなっていなかった。
そんなナツキの心臓を叩くように、校医がシーツ越しに重たい声をあげた。
「えぇ!? ナツキさんの結果……。こ、これは、これは絶対庇いきれない!」
「え?」
ガラガラッ! と勢い良くパーティションを横滑りさせて、校医が目をまるまるとしたまま叩きつけるような勢いで検査キットを見せつけてくる。
「ナツキさん、これどういうこと!? なんで血液にまで反応が出ているの!?」
血液、尿、の検査結果が陽性反応を示していた。
「え? ちょっと意味が……」
言っている意味が本気で分からなかった。
当然陽性反応が出る理由も分からない。
「このMARSはね、毛髪10日、尿1週間、血液に至っては1日しか身体に残らないのよ! 知ってる!?」
それはなんとなく知ってはいるけど、この対応の違いは一体……。
「あの、先生、それがどうかしたんで――」
「血液に反応が出るわけがないの! 榎本くんは昨日の夜まで一週間のあいだ家族旅行に出掛けていて学校にも来ていなかったでしょ!? 榎本くんと親しい男の子たちにも検査したけど、尿にしか反応がないのよ!? なんで、一日しか残らない血液にまで反応が出てるのっ、……か、庇いきれないわよ!?」
庇いきれないというか、声が大き過ぎて保健室の外に丸聞こえで、庇うつもりが一切感じられない怒鳴り声だった。
でもなんでだろう。
血液検査というか、どの検査にしても陽性反応が出る理由が思い当たらない。
ほかの男の子達ですら、血液には反応が出ていなかったみたいだし。
「もしかして、ナツキさん。榎本くんと一緒に薬をばらまいていたのかしら? それなら辻褄が合うわねぇ……。それなら榎本くんがいなかったとしても反応が出るわ。あなた……売ってたわね?」
うわ……。辻褄は合うけど、ありえない。
エリナには悪いんだけど、榎本くんは生理的に無理。目が本当に無理。
にもかかわらず、まるで榎本くんと2人で悪さしたみたいな感じでくるとか……。
泥棒猫でも見るような引いた目でエリナは見てくるし。
「榎本くんとは喋ったことも殆どありませんよ」
でもなんでだろう。
陽性反応は疑いようがないくらいに出てるけど、薬物なんてありえない。
「でも不思議ねぇ。MARSって、セックスドラッグって言われるくらい発情するのよ? その割にナツキさんいたって普通よねぇ……」
「あ……」
昨日太ももに落ちてきた、ティッシュにくるんで燃やした血痕。
オネエ忍者に盛られた媚薬が、最近ここいらを騒がせている新種のドラッグMARSだったのか。
忍者が絡んでいるから、何を調剤したのかさえ気付けなかったのか。
それにしてもなんて偶然だ。
気化して力を発揮するMARSを、わざわざ燃やして吸い込んでしまうなんて。
いや、血液の類なら隠滅のしかたなんてたかが知れてる。
狙って吸わせられるか……。どっちにしても弱った。
「何か心当たりがあるのかしら? 嘘を吐かないで正直に話してちょうだい」
答えようがない。
さっき体育館でのうのうと喋っていた政治家金田樽男をルームメイドに扮して誘惑したあと惨殺した現場で、屋根裏と思われしき場所からオネエ忍者が現れて、そのとき垂らされた毒かと思っていた液体が、気化したときに効力を発動するMARSでした。
――これを、まともな神経をしている人に説明出来るわけがない。
殺したやつが生きている時点で、嘘とか正直とかもうね……。
そういった次元の話ではない。どう考えても説明出来ない。
大体忍者とかくノ一とかもう……。
真顔で説明したら、連れて行かれるのは警察署じゃなく病院だ。
「どうしたのかしらぁ?」
「あ、……いや」
どうしようか。
考えてみたけどたぶん証明出来ない。
薬物捌いていた疑いまで掛かっている。
学生生活終わった。
学生生活をエンジョイするための小遣いの値上げ交渉で、手伝うことになった忍び家業。手伝ったせいで小遣いどころか、学生生活すら消えてなくなりそうだ。
元も子も無くなりそうだ。
「どこかで吸いこんじゃったかも知れませんね」
「どこ?」
それが答えられないから困ってるのに。
「分からないです」
「分からないわけがないでしょ? 昨日何していたのかしら」
「分からないです」
「分からないですって!? 昨日のことが分からないわけないでしょ!?」
その通りだ。そこまでボケている女子高生いるわけがない。
思考停止で答えてたらめんどくさいことになった。
無駄に揉めないようにと思って、この国のお偉いさんでもある政治家の真似して“記憶にございません”の一点張りしたらこのざまだ。
こんな無能な技を使い続けているから女子高生に殺される。
なぜか蘇ってたけど。
ほんと警察署なり病院なり連れて行って欲しい。
そうなれば、潔白を証明出来るのに。
そもそも、この事情聴取は素人に毛が生えた女校医の越権行為じゃないのか?
言ったらさらにヒステリックに怒鳴られそうで、言葉に詰まった。
こんなことになるならもっと早い段階で手を打っておけば良かった。
忍術を使ってこの2人を丸め込んでしまえば楽なんだけど、MARSだの、政治家だの絡んだせいで凄くめんどくさいことになっている。
校内すべての女子学生に見られる中で退場する羽目になったせいで、今更口封じをするとなると相手があまりに多過ぎる。
300人を籠絡? とてもとても身が持たない。
――しかたない。
「毛髪検査してもらっていいですか?」
「どういう事かしら?」
「MARSを吸いこんだ記憶がないんです。ほかの検査なら引っかからないかも、って思ったんで。――いいですか?」
「自信に満ちた目ね。実のところ、わたくしもナツキさんがそんなことをする生徒だとは思っていません。潔白を証明しましょうねぇ」
めんどくさくなったナツキの出した決断が大きな過ちであるとは、このときのナツキに知る由はなかった。
ナツキの判断を間違えと知るのは、女医に扮しているオネエ忍者だけだった。
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