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(19)たゆたうステンドグラスランプ
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城内、細工が施された立派な扉が開くと、国王の秘書トレッタはしっかりとした足取りで部屋の奥に進み、柔らかい絨毯を踏みしめた。大きな窓から庭の緑を眺めていた宰相カレバに声をかけた。ここは彼の休憩室だった。黄色い蝶が舞っている様子に気を取られていたせいか、カレバは柔らかい声で返事をしてトレッタと向き合った。
「まるで示し合わせたかのように、重要で重大なお手紙が2通届いております」
トレッタの節のないつややかな手には、白色と青色の封筒があった。どちらも押印を見れば誰からの物か一瞬でわかる。1つは、サイダルカからのものだ。そして、もう1つは皇族のみ使える印が押されている。
「忙しくなるなぁ」
気心が知れているせいか、いつもよりずっと砕けた言葉を使って、カレバはトレッタに苦く笑いかけた。
「おはようございます。ジュナチさんから珍しくお手紙が届いております。そして第2殿下がお帰りになりますッ」
いつものハキハキとした口調に戻り、魔法で作り出したシャボン玉に伝言を封じ込めた。それは壁をすり抜けて、王の寝室へ移動する。王が目を覚ますと同時に、割れるようになっていた。
晴天の中、ルチアは目線より高い位置で干されているマントを見上げていた。心地よい潮風が彼女の頬を撫でる。長い髪がぶわりと舞い上がったが、彼女は気にせずに観察し続ける。
「うーん…?」
首をのばし、顔を近づけた。彼女は、魔法道具である移動用マントを作っている最中だった。その魔法道具は、今サイダルカが住む島ではジュナチが主に使用している。だが、
「魔法が使えないルチアさんの分も、いずれ必要になるでしょう」
ある日パースがそう言い、他の人もそれに同意した。
そのため、ジュナチが女王陛下へ献上するステンドグラスランプを作る間、ルチアはダントンとパースに手伝ってもらいながら、自分のためにマントを作ることになったのだった。
「…ん?」
マントを端から端までじっと観察していたルチアは、なにかを見つけたようで裏地の一部をじーっと眺めた。
「変わってきた!」
訝しげな顔が一気に明るく変わって、声を上げた彼女はピョンピョンとその場で跳ねた。そして、ジュナチの部屋へ走り出した。興奮のあまり、考えもなしにノックもなく扉を開ける。
「ジュナチ、マントの色が変化してる! 赤色になってきた! あれでいいのか見てほしいの!」
ノートを持って窓辺に立っていたジュナチと目が合うと、2人はそのまま固まった。ジュナチは先祖のノートを真剣に読んでいるところだった。ルチアは魔法道具作りを邪魔してしまったと気付き、あっと声を上げた。
「ごめんなさい、邪魔しちゃった! わたしったら…!」
あわてて廊下に出ようとするルチアをジュナチは呼び止めた。へらりと笑って、
「大丈夫だよ、ちょうど気分転換したかったんだ」
2人並んで廊下を歩きだした。ルチアは嬉しさからか、ジュナチの手を繋いで急ぎ足で彼女をマントまで連れていった。
2人がマントが完成したか確認していたとき、森の奥ではパースとダントンが向き合っていた。そこは大きな円を描くように草木が生えずに土がむき出しになっていた。動きやすく、戦うのに持って来いの場所だった。
彼らは最近、運動という名の「訓練」を行っていた。どんな種族よりも力があるケモノビト同士、力加減をせずにのびのびと訓練をしていた。それは主に、パースがダントンの弱点を指摘する時間だった。
「キミまだ弱いから、今までと違った鍛錬しましょう」
突然、パースはダントンへケンカを売るような言葉をかけた。
「…あ?」
あっさりと挑発に乗ったダントンは、威嚇するようにパースを睨む。
「なんだよ、違う訓練って」
不満そうに言うダントンだが、目が輝き好奇心をのぞかせている。
最近、訓練のおかげで強くなっている自分を自覚しているダントンは言葉にはしないが、パースの言葉を前向きにとらえているようだった。
パースはいつもの張り付いた笑顔で、淡々と話し始めた。
「キミはね、悪い意味で素直すぎます。真っすぐに向かって、攻撃を仕掛けてばっかりなんですもん。先を読め、相手をかく乱させろって何度も言ったでしょ?」
呆れながら言われる言葉にダントンは鼻で笑った。パースと訓練はするが、助言はあまり聞かないようだった。
彼の生意気な態度を気にしていないパースは、平坦な口調で話し続けた。
「それに力も出し切れてない。ボクとケンカをしたときのことを思い出してください」
ケンカとは、この島で殺し合い寸前までいったときのことを指していた。
「あのときの強さを持続できたなら、キミはいいところまでいけますよ」
珍しく褒められたダントンはあからさまに上機嫌なって、口角をニヤリと上げる。
「すぐ表情に出るのもオススメしませんよ…」
その単純な様子にため息をついてから、パースは助言を始めた。
「魔法発動のときに、フェイクを入れなさい」
「なんだフェイクって?」
キョトンとした顔をするダントンは一ミリもわかっていない様子だった。
「フェイク」とは、魔法を使うときの「動作」に関係する言葉だった。基本的に魔法は、拳を作りその手を開く動作をすると発動される。だけど訓練によって、そのほかの動作で魔法が使えるようになる。それをフェイクと呼ぶのだった。
「フェイクっていうのは、例えばこんな感じです」
そう言ってパースは左手の人差し指をピッと立てた。それで口元を撫でながら、舌を出す。途端、ダントンの真下から風が起きて少しだけ浮きあがった。
「うおっ!」
「どの動作で魔法が発動したかわからないでしょう」
「なんでこんなの必要なんだよ…?」
浮き上がった体を音もなく着地させたダントンは、首をかしげる。
「キミの命を狙う奴が現れたとき、まず動作を封じてくるでしょう。手、目、足をつぶして魔法を使えなくさせるんです」
「こわ…」
ダントンはその言葉を聞いて、あからさまに顔をこわばらせる。
「ボクの経験で言ってるんです。ありえない話じゃないですよ」
ダントンはなお気分が悪そうな表情になる。パースが今までどんな敵と戦ってきたのかを想像したようだった。
「あんた、何してたんだよ…」
「色々です」
戦争を知らず、ぬくぬくと生きている自分を恥じたのか、それとも言葉を濁されたせいなのかダントンは唇を尖らせて面白くなさそうにした。
パースはその子供じみた様子にクスリと余裕そうに笑う。
「ゴールドリップであった陛下は、ずっと戦う運命にありました。彼女に仕えていたボクももちろんね。ルチアさんの近くにいれば、またそうなる可能性もあるでしょう」
「まあ、そうだな」
ルチアの存在の危うさを理解しているダントンはすぐに頷いた。
「ルチアさんの近くにいるジュナチさんだって、危険です」
その言葉にダントンの耳がピクリと動き、目つきが鋭くなっていった。
「ボクがルチアさんを守りますから、あなたはジュナチさんをお願いしますね」
パースはそう言って遠くを見て、何かを憂うようにため息をついた。
「陛下の秘密を暴こうという計画は、正直いい予感がしません。というか王族に関わること自体危険です。あれは触れば怪我をするでしょう。だからミジュリス陛下も死にました」
パースの言葉は、ジュナチもルチアも命を落とす可能性があると匂わせた。
ダントンは、顔をゆがませる。心のどこかで彼女たちを止めたいと思ったのかもしれない。だが、パースの話はダントンの気持ちとはかけ離れていた。
「かといって、ルチアさんたちをやめろとは言いません。ボクもそれなりに王に恨みを持っているので、秘密を暴くのは楽しそうです」
「性格悪…」
低くつぶやかれた声に、パースはくすりと優雅に笑った。
「ボク1人では背負いきれないでしょうから、あの子たちをサポートするためにキミも強くありなさい」
強く言い切ったパースは、ダントンを軽く睨んだ。覚悟を決められるか、と目で問う。
「…さっさと訓練しようぜ」
ダントンは体を低く身構えて、攻撃を仕掛ける準備をした。それにパースは満足そうに笑いかける。
ジュナチとルチアは、干していたマントに顔をうずめた。真っ赤な裏地から甘い香りがする。ふにゃふにゃの笑顔になったジュナチは、同じように顔が緩んでいるルチアを見た。
「いい香り~! 出来立てのマントってこんな感じなんだね」
「お日様の光が溶けているみたいな暖かさの中に、リンゴみたいな爽やかさがあるわね。この香水ほしいわ」
ルチアが思い切り息を吸うと、うっとりとした表情になる。
「いいね、太陽と果物の香水っておいしそう」
「ジュナチなら作れるんじゃないの?」
「え!?」
なんてことなく言った言葉に、キラキラと期待に満ちた目を向けられて、ジュナチは大きな声を上げた。
「サイダルカは思ったとおりに変わる壁紙も作ってるし、今だって絵柄が変化するランプを作ってる途中じゃない? 自分の想像どおりの香りになる香水だっていけるんじゃないかしら」
「…どうだろう」
色が変わったマントを撫でながら、ジュナチはどうするべきか悩んでいる様子だった。その表情は困惑よりも、好奇心が勝って目がキラリと輝いている。ルチアは彼女の次の言葉を待って、じっとしていると、
「やってみよっかな」
とジュナチは小さく言い、いつか「香水のレシピ」を考えることに決めた。
返事を聞いたルチアは、やった!と嬉しそうに両手を上げて喜ぶ。そして、出来上がったマントを手に取った。
「これでジュナチと同じように移動ができるのね?」
「うん、1回だけ移動が可能だよ」
「1回だけ?」
キョトンとした顔で聞き返されたジュナチは、相手に伝わるようにゆっくりと魔法道具の説明をした。
「裏地が赤色のマントは1回だけ、私が部屋に置いてる紺色のは無制限なの。赤を紺にするには、ルチアがやってくれた作業を1000回やらないといけないんだ」
「せ、1000回? 何年かかるんだか。さすが便利な道具は条件が厳しいわね…」
ジュナチにはマントを眺めるルチアの目がしょんぼりしたように見え、口をパクパクと開いた。どう声をかけていいか変わらない様子で、何も言わずにいる。すると、
「でも、1回でもすごいわ。わたしがこの魔法道具を作ったのよね。すごい経験した!」
ルチアはからりと笑ってマントを抱きしめた。
「ふふふ、羽織ってみようかしら」
踊るようにその場でくるりと回って、ルチアはマントをはためかせ、ご機嫌そうに鼻歌を歌いだす。その様子に安心して、ジュナチは彼女につられるように微笑んだ。
「クッソがぁあッ!!」
と突然、2人の耳に遠くの森でダントンの怒号が響いた。
ルチアたちは声がした方へ驚いて振り返ったが、
「また暴れてるわね」
「怖いねぇ…」
慣れた様子で苦笑するだけだった。
ルチアと別れたジュナチは作業場へ移動した。
様々なノートが広がっていた大机を片づけて、3代目のノートだけを広げていた。彼女は戦争もなく平和な時代に活躍し、ジュナチの祖母にあたる。どうやら、今回のステンドグラスランプ作りには彼女のレシピからヒントを得たようだ。
「おばーちゃん、力を貸してください…」
願うように囁き、ノートを見つめる。
まず確認したのは『踊る壁紙』のレシピだった。これは、手を触れて願えば、想像したとおりのデザインに変化する壁紙だった。王族のみ使うことができ、一般家庭に出回ることがない「特別品」に指定されている。
「このレシピは、使わしてもらわないと…」
ジュナチは自分のノートに、魔法道具のタイトルを書いた。この魔法道具の特製である「使用者の頭で想像したものが、道具に反映される」という点を参考にするようだ。
そして次に、割れても自動再生をする窓『太陽の心』のレシピを見る。国の公共施設などに使用されることが多い。
「動くガラス部分はこれを参考にして…」
ジュナチはノートに、またも魔法道具の名前を書いた。
そして最後は、何年も光り続け、掛け声によって光の加減を変えられる『光の石』のレシピを見てから、ノートに書きうつした。
「ライトの部分はこれを基にして…っと」
魔法道具3つのタイトルが並ぶノートをジュナチはじっと見た。
「これで、新しい魔法道具がきっと…」
そう独り言を言いながら、彼女は作業場の棚を見渡した。
すべての材料はダントンたちのおかげで揃っているが、分量が正確ではないと発明は失敗する。しかも、3つの魔法道具を掛け合わせて、1つの道具にすることは可能なのか、彼女には未知数だった。
「できるかな…」
不安そうにつぶやく。
前例がない魔法道具は、何度も失敗を重ねても作り上げる意志が肝心だった。心が折れたら、その道具は一生完成しない。
「………、」
それがわかっているジュナチは神妙な表情になり、もう一度ノートを見る。
「時間はない。効率よく、結果を出さないと…」
そのあとも何度も何度も3代目のノートを見直し、自分のノートへ材料や作り方を書き加えていく。
書き直したノートに『たゆたうステンドグラスランプ』という文字が丸で囲われていた。ジュナチがはじめて作る魔法道具の名前が決まった瞬間だった。
つづく…
閲覧いただき、ありがとうございました。
今回、私が依頼し忘れたため挿絵がありません…
楽しみにしてくださっている方がいらっしゃいましたら、大変申し訳ありませんでしたmm
以下追記
【次回の更新・2024/3/1の予定】
いつも閲覧ありがとうございます。
イベント参加用に、連載している『ジュナチ・サイダルカ1章』(公開中の1話~15話)を書き直し&本の作成をします。
そのため、来年2月まで小説のアップを停止します。
※1章の再編集が完成した際は、こちらにすべて掲載します。またお付き合いいただければ幸いです。
どうぞよろしくお願いします!🙇
「まるで示し合わせたかのように、重要で重大なお手紙が2通届いております」
トレッタの節のないつややかな手には、白色と青色の封筒があった。どちらも押印を見れば誰からの物か一瞬でわかる。1つは、サイダルカからのものだ。そして、もう1つは皇族のみ使える印が押されている。
「忙しくなるなぁ」
気心が知れているせいか、いつもよりずっと砕けた言葉を使って、カレバはトレッタに苦く笑いかけた。
「おはようございます。ジュナチさんから珍しくお手紙が届いております。そして第2殿下がお帰りになりますッ」
いつものハキハキとした口調に戻り、魔法で作り出したシャボン玉に伝言を封じ込めた。それは壁をすり抜けて、王の寝室へ移動する。王が目を覚ますと同時に、割れるようになっていた。
晴天の中、ルチアは目線より高い位置で干されているマントを見上げていた。心地よい潮風が彼女の頬を撫でる。長い髪がぶわりと舞い上がったが、彼女は気にせずに観察し続ける。
「うーん…?」
首をのばし、顔を近づけた。彼女は、魔法道具である移動用マントを作っている最中だった。その魔法道具は、今サイダルカが住む島ではジュナチが主に使用している。だが、
「魔法が使えないルチアさんの分も、いずれ必要になるでしょう」
ある日パースがそう言い、他の人もそれに同意した。
そのため、ジュナチが女王陛下へ献上するステンドグラスランプを作る間、ルチアはダントンとパースに手伝ってもらいながら、自分のためにマントを作ることになったのだった。
「…ん?」
マントを端から端までじっと観察していたルチアは、なにかを見つけたようで裏地の一部をじーっと眺めた。
「変わってきた!」
訝しげな顔が一気に明るく変わって、声を上げた彼女はピョンピョンとその場で跳ねた。そして、ジュナチの部屋へ走り出した。興奮のあまり、考えもなしにノックもなく扉を開ける。
「ジュナチ、マントの色が変化してる! 赤色になってきた! あれでいいのか見てほしいの!」
ノートを持って窓辺に立っていたジュナチと目が合うと、2人はそのまま固まった。ジュナチは先祖のノートを真剣に読んでいるところだった。ルチアは魔法道具作りを邪魔してしまったと気付き、あっと声を上げた。
「ごめんなさい、邪魔しちゃった! わたしったら…!」
あわてて廊下に出ようとするルチアをジュナチは呼び止めた。へらりと笑って、
「大丈夫だよ、ちょうど気分転換したかったんだ」
2人並んで廊下を歩きだした。ルチアは嬉しさからか、ジュナチの手を繋いで急ぎ足で彼女をマントまで連れていった。
2人がマントが完成したか確認していたとき、森の奥ではパースとダントンが向き合っていた。そこは大きな円を描くように草木が生えずに土がむき出しになっていた。動きやすく、戦うのに持って来いの場所だった。
彼らは最近、運動という名の「訓練」を行っていた。どんな種族よりも力があるケモノビト同士、力加減をせずにのびのびと訓練をしていた。それは主に、パースがダントンの弱点を指摘する時間だった。
「キミまだ弱いから、今までと違った鍛錬しましょう」
突然、パースはダントンへケンカを売るような言葉をかけた。
「…あ?」
あっさりと挑発に乗ったダントンは、威嚇するようにパースを睨む。
「なんだよ、違う訓練って」
不満そうに言うダントンだが、目が輝き好奇心をのぞかせている。
最近、訓練のおかげで強くなっている自分を自覚しているダントンは言葉にはしないが、パースの言葉を前向きにとらえているようだった。
パースはいつもの張り付いた笑顔で、淡々と話し始めた。
「キミはね、悪い意味で素直すぎます。真っすぐに向かって、攻撃を仕掛けてばっかりなんですもん。先を読め、相手をかく乱させろって何度も言ったでしょ?」
呆れながら言われる言葉にダントンは鼻で笑った。パースと訓練はするが、助言はあまり聞かないようだった。
彼の生意気な態度を気にしていないパースは、平坦な口調で話し続けた。
「それに力も出し切れてない。ボクとケンカをしたときのことを思い出してください」
ケンカとは、この島で殺し合い寸前までいったときのことを指していた。
「あのときの強さを持続できたなら、キミはいいところまでいけますよ」
珍しく褒められたダントンはあからさまに上機嫌なって、口角をニヤリと上げる。
「すぐ表情に出るのもオススメしませんよ…」
その単純な様子にため息をついてから、パースは助言を始めた。
「魔法発動のときに、フェイクを入れなさい」
「なんだフェイクって?」
キョトンとした顔をするダントンは一ミリもわかっていない様子だった。
「フェイク」とは、魔法を使うときの「動作」に関係する言葉だった。基本的に魔法は、拳を作りその手を開く動作をすると発動される。だけど訓練によって、そのほかの動作で魔法が使えるようになる。それをフェイクと呼ぶのだった。
「フェイクっていうのは、例えばこんな感じです」
そう言ってパースは左手の人差し指をピッと立てた。それで口元を撫でながら、舌を出す。途端、ダントンの真下から風が起きて少しだけ浮きあがった。
「うおっ!」
「どの動作で魔法が発動したかわからないでしょう」
「なんでこんなの必要なんだよ…?」
浮き上がった体を音もなく着地させたダントンは、首をかしげる。
「キミの命を狙う奴が現れたとき、まず動作を封じてくるでしょう。手、目、足をつぶして魔法を使えなくさせるんです」
「こわ…」
ダントンはその言葉を聞いて、あからさまに顔をこわばらせる。
「ボクの経験で言ってるんです。ありえない話じゃないですよ」
ダントンはなお気分が悪そうな表情になる。パースが今までどんな敵と戦ってきたのかを想像したようだった。
「あんた、何してたんだよ…」
「色々です」
戦争を知らず、ぬくぬくと生きている自分を恥じたのか、それとも言葉を濁されたせいなのかダントンは唇を尖らせて面白くなさそうにした。
パースはその子供じみた様子にクスリと余裕そうに笑う。
「ゴールドリップであった陛下は、ずっと戦う運命にありました。彼女に仕えていたボクももちろんね。ルチアさんの近くにいれば、またそうなる可能性もあるでしょう」
「まあ、そうだな」
ルチアの存在の危うさを理解しているダントンはすぐに頷いた。
「ルチアさんの近くにいるジュナチさんだって、危険です」
その言葉にダントンの耳がピクリと動き、目つきが鋭くなっていった。
「ボクがルチアさんを守りますから、あなたはジュナチさんをお願いしますね」
パースはそう言って遠くを見て、何かを憂うようにため息をついた。
「陛下の秘密を暴こうという計画は、正直いい予感がしません。というか王族に関わること自体危険です。あれは触れば怪我をするでしょう。だからミジュリス陛下も死にました」
パースの言葉は、ジュナチもルチアも命を落とす可能性があると匂わせた。
ダントンは、顔をゆがませる。心のどこかで彼女たちを止めたいと思ったのかもしれない。だが、パースの話はダントンの気持ちとはかけ離れていた。
「かといって、ルチアさんたちをやめろとは言いません。ボクもそれなりに王に恨みを持っているので、秘密を暴くのは楽しそうです」
「性格悪…」
低くつぶやかれた声に、パースはくすりと優雅に笑った。
「ボク1人では背負いきれないでしょうから、あの子たちをサポートするためにキミも強くありなさい」
強く言い切ったパースは、ダントンを軽く睨んだ。覚悟を決められるか、と目で問う。
「…さっさと訓練しようぜ」
ダントンは体を低く身構えて、攻撃を仕掛ける準備をした。それにパースは満足そうに笑いかける。
ジュナチとルチアは、干していたマントに顔をうずめた。真っ赤な裏地から甘い香りがする。ふにゃふにゃの笑顔になったジュナチは、同じように顔が緩んでいるルチアを見た。
「いい香り~! 出来立てのマントってこんな感じなんだね」
「お日様の光が溶けているみたいな暖かさの中に、リンゴみたいな爽やかさがあるわね。この香水ほしいわ」
ルチアが思い切り息を吸うと、うっとりとした表情になる。
「いいね、太陽と果物の香水っておいしそう」
「ジュナチなら作れるんじゃないの?」
「え!?」
なんてことなく言った言葉に、キラキラと期待に満ちた目を向けられて、ジュナチは大きな声を上げた。
「サイダルカは思ったとおりに変わる壁紙も作ってるし、今だって絵柄が変化するランプを作ってる途中じゃない? 自分の想像どおりの香りになる香水だっていけるんじゃないかしら」
「…どうだろう」
色が変わったマントを撫でながら、ジュナチはどうするべきか悩んでいる様子だった。その表情は困惑よりも、好奇心が勝って目がキラリと輝いている。ルチアは彼女の次の言葉を待って、じっとしていると、
「やってみよっかな」
とジュナチは小さく言い、いつか「香水のレシピ」を考えることに決めた。
返事を聞いたルチアは、やった!と嬉しそうに両手を上げて喜ぶ。そして、出来上がったマントを手に取った。
「これでジュナチと同じように移動ができるのね?」
「うん、1回だけ移動が可能だよ」
「1回だけ?」
キョトンとした顔で聞き返されたジュナチは、相手に伝わるようにゆっくりと魔法道具の説明をした。
「裏地が赤色のマントは1回だけ、私が部屋に置いてる紺色のは無制限なの。赤を紺にするには、ルチアがやってくれた作業を1000回やらないといけないんだ」
「せ、1000回? 何年かかるんだか。さすが便利な道具は条件が厳しいわね…」
ジュナチにはマントを眺めるルチアの目がしょんぼりしたように見え、口をパクパクと開いた。どう声をかけていいか変わらない様子で、何も言わずにいる。すると、
「でも、1回でもすごいわ。わたしがこの魔法道具を作ったのよね。すごい経験した!」
ルチアはからりと笑ってマントを抱きしめた。
「ふふふ、羽織ってみようかしら」
踊るようにその場でくるりと回って、ルチアはマントをはためかせ、ご機嫌そうに鼻歌を歌いだす。その様子に安心して、ジュナチは彼女につられるように微笑んだ。
「クッソがぁあッ!!」
と突然、2人の耳に遠くの森でダントンの怒号が響いた。
ルチアたちは声がした方へ驚いて振り返ったが、
「また暴れてるわね」
「怖いねぇ…」
慣れた様子で苦笑するだけだった。
ルチアと別れたジュナチは作業場へ移動した。
様々なノートが広がっていた大机を片づけて、3代目のノートだけを広げていた。彼女は戦争もなく平和な時代に活躍し、ジュナチの祖母にあたる。どうやら、今回のステンドグラスランプ作りには彼女のレシピからヒントを得たようだ。
「おばーちゃん、力を貸してください…」
願うように囁き、ノートを見つめる。
まず確認したのは『踊る壁紙』のレシピだった。これは、手を触れて願えば、想像したとおりのデザインに変化する壁紙だった。王族のみ使うことができ、一般家庭に出回ることがない「特別品」に指定されている。
「このレシピは、使わしてもらわないと…」
ジュナチは自分のノートに、魔法道具のタイトルを書いた。この魔法道具の特製である「使用者の頭で想像したものが、道具に反映される」という点を参考にするようだ。
そして次に、割れても自動再生をする窓『太陽の心』のレシピを見る。国の公共施設などに使用されることが多い。
「動くガラス部分はこれを参考にして…」
ジュナチはノートに、またも魔法道具の名前を書いた。
そして最後は、何年も光り続け、掛け声によって光の加減を変えられる『光の石』のレシピを見てから、ノートに書きうつした。
「ライトの部分はこれを基にして…っと」
魔法道具3つのタイトルが並ぶノートをジュナチはじっと見た。
「これで、新しい魔法道具がきっと…」
そう独り言を言いながら、彼女は作業場の棚を見渡した。
すべての材料はダントンたちのおかげで揃っているが、分量が正確ではないと発明は失敗する。しかも、3つの魔法道具を掛け合わせて、1つの道具にすることは可能なのか、彼女には未知数だった。
「できるかな…」
不安そうにつぶやく。
前例がない魔法道具は、何度も失敗を重ねても作り上げる意志が肝心だった。心が折れたら、その道具は一生完成しない。
「………、」
それがわかっているジュナチは神妙な表情になり、もう一度ノートを見る。
「時間はない。効率よく、結果を出さないと…」
そのあとも何度も何度も3代目のノートを見直し、自分のノートへ材料や作り方を書き加えていく。
書き直したノートに『たゆたうステンドグラスランプ』という文字が丸で囲われていた。ジュナチがはじめて作る魔法道具の名前が決まった瞬間だった。
つづく…
閲覧いただき、ありがとうございました。
今回、私が依頼し忘れたため挿絵がありません…
楽しみにしてくださっている方がいらっしゃいましたら、大変申し訳ありませんでしたmm
以下追記
【次回の更新・2024/3/1の予定】
いつも閲覧ありがとうございます。
イベント参加用に、連載している『ジュナチ・サイダルカ1章』(公開中の1話~15話)を書き直し&本の作成をします。
そのため、来年2月まで小説のアップを停止します。
※1章の再編集が完成した際は、こちらにすべて掲載します。またお付き合いいただければ幸いです。
どうぞよろしくお願いします!🙇
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くにん
ファンタジー
月から地上に降りた人々が祖となったいう、謎の遊牧民族「月の民」。聖域である竹林で月の民の翁に拾われた赤子は、美しい少女へと成長し、皆から「月の巫女」として敬愛を受けるようになります。
竹姫と呼ばれる「月の巫女」。そして、羽と呼ばれるその乳兄弟の少年。
二人の周りでは「月の巫女」を巡って大きな力が動きます。否応なくそれに巻き込まれていく二人。
でも、竹姫には叶えたい想いがあり、羽にも夢があったのです!
ここではない場所、今ではない時間。人と精霊がまだ身近な存在であった時代。
中国の奥地、ゴビの荒地と河西回廊の草原を舞台に繰り広げられる、竹姫や羽たち少年少女が頑張るファンタジー物語です。
物語はゆっくりと進んでいきます。(週1、2回の更新) ご自分のペースで読み進められますし、追いつくことも簡単にできます。新聞連載小説のように、少しずつですが定期的に楽しめるものになればいいなと思っています。
是非、輝夜姫や羽たちと一緒に、月の民の世界を旅してみてください。
※日本最古の物語「竹取物語」をオマージュし、遊牧民族の世界、中国北西部から中央アジアの世界で再構築しました。
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