魔法道具発明家ジュナチ・サイダルカ

楓花

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(18)魔法道具の試案

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 ジュナチは朝から呻いていた。国王へ献上する魔法道具を編み出そうと必死になっているせいで。
 晴天の中、緑濃い芝生で胡坐をした上にノートを乗せ、思い浮かぶ単語をつらつらと書きつづける。それは祖母が教えてくれた発明のヒントを得る方法だった。開いたノートの上部に「パタロニア王へ」と王の名を書いていた。
 隣に座ったルチアはノートをちらりとのぞき見て、「無理」「なんも浮かばない」とマイナスな感情が書かれたノートに顔をしかめた。
「はぁ~…」
 ついに書くのをあきらめたようで、ジュナチはため息をしながらノートを閉じようとする。
「あ! まって!」
 焦ったルチアは大きな声でそれを止めると、ジュナチは目をまん丸にしてオドオドしながら彼女を見た。あまりに大きな声だったので叱られた気になったのかもしれない。咳払いをして、ルチアはジュナチをまっすぐ見た。
「あのね、ジュナチの好きな物を書いていくのはどう?」
 ジュナチはピンと来ていないようだったが、その助言に従ってノートを広げ直した。
「うーん…」
 再度唸るジュナチがゆっくりとペンを動かす。

 好きな物、おいしいもの、ダントンが作ったケーキ、あとクッキー…

 そうノートに書きこむと、
「え、ダントンってお菓子も作るの!?」
「何でも作れるんだよ」
 目を丸くしたルチアにジュナチは得意そうに答え、どんどん文字を書いていく。
「これくらいかなぁ…?」
 ノートの単語を最初から読み直す。数回出てきた「ステンドグラス」という文字をじっと見つめ、唇をゆっくりと人差し指でなぞる。この癖はジュナチが何かを思いつく合図だとルチアは把握していた。彼女の横顔を期待しながら見つめ、自然と口角が上がる。
「色が変わるガラス…」
 つぶやいた言葉はなおルチアをワクワクさせるものだった。
「廊下の窓を応用できる…?」
 彼女は続けてつぶやいた。家の廊下には、時間によって色を変える窓ガラスの魔法道具『強く美しい光』があった。太陽や月明かりによって廊下は様々な色に彩られる。
「あれと、ランプを混ぜて…」
 つぶやきは止まらない。
「柄が変わるステンドグラスランプ…」
「それを献上するの?」
 ルチアは我慢しきれないと言った様子で、前かがみになって彼女に聞いた。
「ナフィ女王陛下は、部屋を飾ることが好きらしいんだよね…」
「女王陛下が興味を持つってことは、魔法道具を見せる時間を稼げるわよね?」
 ルチアは興奮した様子で声がどんどん大きくなっていく。
「かなぁ? でも、ステンドグラスなんて城にあるだろうから…」
 自分の発案に自信を持てずに首をかしげるジュナチの手を取って、ルチアは笑顔で言い切った。
「魔法道具のステンドグラスランプなんて、お城にないでしょ? だったら絶対に興味津々よ。だって私も欲しいもの!」
「そ、そう…? じゃあ、チャレンジしようかな」
 ルチアの表情につられて、ジュナチも照れくさそうに笑った。
 そうしてジュナチがランプのイメージを雑に描くと、横からルチアが意見を言い続けた。土台はスッキリとした曲線がいい、傘のラインはふんわりとしたほうが好き、と。まるで自分のために作るかのような熱の入れようだった。ジュナチはその意見を頼もしそうに受け入れて、ペンを走らせていた。
「ねえ、ルチアにデザインを任せていい? 私はグラスの試作品に挑戦したいからさ」
 やっと大雑把な全体図を描き終えたジュナチは、まだまだデザインにこだわりたいと言うルチアにそうお願いをした。
「私1人でやるの…?」
「ルチアはデザインの発想ってどんどん出てくるでしょ。私はそういうの苦手だし…分担で作業を進めたほうが、魔法道具の完成がはやくなる気がする。どうかな?」
 ジュナチが聞くと、ルチアの表情がぱっと明るくなる。
「やるわ!」
 その声の勢いはキッチンにいたダントンや屋根でくつろいでいたパースが、気になって姿を確認するほどだった。それに気付いていないルチアは続ける。
「じゃあ、女王の好きなモチーフとかあるかしら? そこから、細かくデザインを考えたみたいの」
 キラキラした瞳でジュナチを見る瞳につられるように、ジュナチも嬉しそうに空を見上げた。
「そうだなぁ」
 彼女は記憶を探っているようで、目を閉じて一度黙った。
「…そういえばこの前病院の建設に携わってた。そこの玄関に石像を置いたってニュースで読んだ」
 病院の中央に置かれた像を思い出し、ジュナチはぱちりと目を開けた。
「鳥の像が飾られてるの」
「なるほど、動物が好きなのね」
 決めつけるように言ったルチアは、ふむうと手遊びのように小鳥を数羽描き始めた。その絵の上手さをジュナチが褒めると、ルチアは照れくさそうに笑ってからじっと自分の絵を見つめる。
「鳥…」
 その瞳の光は鈍くなって、やがて眼を閉じてしまった。
 ジュナチは彼女が作業に集中し始めたと思って、自分の手元にあるノートに向き直り、発明に必要な材料を考え始めた。
「………、」
 ルチアは暗い視界の中、ぼんやりとミジュリスの記憶が見えていた。
 目の前には、今よりもずっと厳しい顔つきのパースが立っている。ミジュリスがパースの頬に手を伸ばし、そっと撫でた。パースは見たことがない穏やかな笑顔になって、ミジュリスの手を掃うことなく撫でられることを受け入れていた。
「!!」
 勢いよくルチアは目を開いたあと、視界に見えるジュナチの横顔をぼんやりと見ていた。
「………、」
「ど、どうしたの…?」
  急に不機嫌そうに眉間にしわを寄せた彼女に戸惑い、ジュナチは小さな声で話しかけた。
「なんでもない…ちょっと部屋で考えるわ」
 ルチアはそう言って、自分の部屋に早足で向かった。ドアを開けてすぐにベッドへなだれ込むように倒れた。
「はあ…」
 1人になった瞬間に枕をボカボカと叩き続けた。
「ムカつく…」
 そう必死に押し殺した声でつぶやき、ヒステリックに「も~!」と大きな声で叫んだ。そしてまた、ベッドや枕を殴り続け、体力が果てて眠るまで部屋はしんと静まっていた。
「スゥ…」
 彼女の寝息が聞こえると、ゆっくりと部屋の扉が音もなく響いた。屋根にいたパースは頃合いを見ていたようだ。足音も一切出すことなく横たわる主人の姿を確認して、ブランケットを彼女へ掛けた。
 彼はベッドの端に座って聞いた。ルチアの顔にかかる髪をさらりと撫でて、彼女の寝顔を見つめる。パースは離れがたいようでそのままじっとしていた。
「………、」
 以前パースがミジュリスとルチアを比べたことで彼女を泣かせ、再度謝罪をしたことがあった。「気にしないで。泣くほどのことじゃなかったもの。わたしこそごめんなさい」と逆に謝って、ルチアは普段どおりの笑顔に戻った。それは本当に心から謝罪を受け入れた様子に見え、あれ以降ルチアはその件に触れてこない。
 パースは反省したようで、ミジュリスと比べる言葉を避けていた。
「…おやすみなさい」
 彼女の髪をいじりながら、パースはそうつぶやいた。


 人払いをした部屋で2人きりになった。目の前のミジュリスは満足そうに、部屋を見回す。
「静かで良いな」
 ここはミジュリスが建築に携わった美術館だ。天井も壁も床も真っ白な広い部屋に一枚の巨大な絵。その前に立つ彼女は意地悪そうに微笑みながら振り返った。真っ赤な紅を引いた唇が弧を描き、きらりと光る。
「儂が最も愛しておる作品だ。お前に良さが理解できるかな?」
 試すように言われ、パースはむっとしながら彼女の横に立った。
 虹がかかる大空の中、王都の城がそびえたつ。不死の意味がある赤い国鳥が空を飛び、ミジュリス女王と王がそれに乗っている。
「あんたらを称賛する絵だろ。すげー自己顕示欲の塊だな」
「意地悪な言い方をして。まったくもってかわいくないな」
 女王陛下はぶっきらぼうなパースの言葉に笑いながら答えた。
「国鳥と私たちが民を守る。儂の願いを絵にしてもらったのだ」
 これが彼女の願いと言われると、パースは興味が湧き、全体を眺めるように数歩引いて絵を眺めた。大理石の上を音もなく動く。
「平和な世界が何百年経ても続くことを祈っておる…」
 女王陛下は少しだけ寂しそうに言った。
「お前はその世界を見られるだろう、確かめろよ?」
 パースを見つめながら、女王陛下は静かな声で聞いた。すべてを探られるような、強く輝く黒い目が彼を射抜く。
「おう、わかったよ」
 パースは軽く言った。長寿のケモノビトは、ミジュリスよりもずっと長く生きることを自覚している。パースの言葉に満足したように、彼女はうなずいた。
「良い返事だ。肯定しなければ、お前が儂より長く生きる意味はない。無理やり儂の番にさせ、お前の寿命を縮めてやろうと企てたぞ」
「だから、番ってのは…」
 女王陛下の言葉にパースは頬を赤くする。ケモノビトにとってその言葉はプロポーズのような意味合いを持っていた。
「オレらは一夫一妻制だって何回も言わせんな。重婚なんてありえねぇの。あんたは無理」
 王族は重婚が可能だった。それはケモノビトにはない考えだった。
「フフ、それで良い。儂はそのほうが楽しいよ」
 ミジュリスはそう言って、パースの腕に手を通した。恋人にするように寄り添いながらもう一度絵を見つめる。
「…変な奴。男なら山ほどいるだろ」
「お前が欲しいと何度言わせる」
 熱烈な言葉に何も言えなくなったパースの気配を察して、女王陛下は口角を上げながらご機嫌に続ける。
「手に入らない物は日々愛しくなる。儂より長く生きているのに、そんなこともわからないのか?」
 隣りから聞こえる鈴の音のような笑い声。腕に当たるぬくもりをくすぐったく思いながら、パースは彼女の頭に頬を軽く乗せた。


 体の感覚が戻り、座ったまま夢を見ていたことをパースは自覚した。名残惜しいせいか、目を開けることができなかった。けれど近くで聞こえた声に、一気に現実に引き戻された。
「…寝顔初めて見たかも」
 目の前に立つルチアが楽しそうに肩を揺らすまで、彼女の気配に気づいていなかった。
「…おはようございます」
 目を開けて返事をすれば、とびっきりの笑顔が飛び込んできた。
「勝手に私の部屋に入って寝ないでよ、ビックリしたんだからね」
 責めた言葉だったが彼女は笑顔のままだった。パースの返事も待たず、ご機嫌そうに廊下へ向かう姿を追う。
「夕飯の準備しましょ?」
 姿が見えなくなった瞬間、パースはぽつりと呟いた。
「よく泣いてよく笑う…」
 少し呆れたような表情をしていたが、すぐに口角を上げてパースは彼女のあとを追いかけるように歩き出した。先を歩く姿に手を伸ばしかけたが、その手をひっこめて素知らぬ顔で夕飯があるリビングに向かった。


 パース達がやってくると足音で気付き、夕飯の支度にとりかかろうとしたダントンはキッチンからリビングに移動する。そこには、じっとノートを見ているジュナチがいた。
 むう、と納得できない様子で頬を膨らませる。ダントンはそれをぷにと指で優しくつまんでから、書かれている仮のレシピを覗き見た。じっと眺めていると、ジュナチが自分を見ていることに気づき、その目が感想を待っていると理解したようだ。
「いいなこれ、うまくいきそうだな?」
 口角を上げて、優しく言った。それにほっと安心した表情になったジュナチはうなずく。
「がんばる」
 彼女の笑顔は朗らかで、少しだけ自信を感じさせる。そんなジュナチの額にダントンは軽いキスをして、応援したい気持ちを表現した。
「………、」
 いつもその行為をしても平然としている彼が珍しく顔を赤くしたのを、ノートに夢中のジュナチには見えていなかった。



つづく…



閲覧いただき、ありがとうございました。
次回は8月4日(第1金曜日)の夜に更新します。
どうぞよろしくお願いします。
※毎月更新から、2か月に1度の更新に変更しています。
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