魔法道具発明家ジュナチ・サイダルカ

楓花

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(5)オバー様にご挨拶

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 島の中央にある家から出ると、周りには綺麗に整備された芝生が広がっている。東側に見える森へ3人は進んでいった。平坦で歩きやすい乾いた土の道が続き、体力がないルチアはさして疲れることがなかった。急に木々が増え、狭くなった道を抜ける。すると、円形に広く開けた空間に出て、その中央に白い大木がどんと構えていた。3人で手を繋いで抱きしめたって収まらないほど太い幹だった。半透明で輝くつやつやの大木を見上げ、ルチアは見ほれた。幹のむこう側はすりガラスのような状態で、うっすらとだが奥に生える木々の存在もわかる。
「こんにちは、オバー様」
 ジュナチの声に反応するように大木は小さく揺れて、葉っぱや花が天から降ってくる。薄くやわらかい花びらが3人の頬にふわりとかすめていく。それは歓迎を表しているとルチアは気付いた。そして、言葉を理解しているということも。
「これは…?」
「おい、“これ”なんてオバー様に口きいてんじゃねぇ」
 ダントンが冷たく言うと、強く風が吹いてその言葉を制止させた。言葉はなくても、「そんなこと言わないで」というメッセージを察したダントンは口を閉じる。大木の根に座ったジュナチの隣に移動して、立ち尽くすルチアを見た。ジュナチは幹を撫でながら、話し出す。
「この木はオバー様って名前なの。初代がつけたんだよ。雰囲気が、自分のおばあちゃんに似てるからなんだって」
 すると、大木がまたゆっくりと揺れる。葉っぱがこんもりとついた枝がルチアの前に伸びてきた、自然とそれに手を添える。宝石のようにきらめく枝も葉っぱも作り物のようだが、触感は植物と同じで柔らかくスベスベしていた。枝はゆっくりと元の場所に戻って、ルチアから離れていった。今のは握手だろうとルチアは予想しつつ、自由に動く大木の存在に相変わらず驚いていた。
「オバー様は、意思がある木って説明すればいいのかな?」
 ジュナチが言葉を探しながら、ルチアとオバー様とダントンをきょろきょろと見る。だれか助け船が欲しいという顔だった。
「それだけじゃ足りねぇだろ、ちゃんと説明しろ」
「えっと…」
 ジュナチは苦笑いしながら、ダントンを見つめた。順立てて説明するにも、どこから話していいか混乱していたため、先の言葉が続かなかった。ダントンは自分が説明したほうがはやいと思ったようで、口を開いた。
「初代がオバー様を偶然発見したのが、サイダルカ家の魔法道具の始まりだ。つまり、すべてのナシノビトが感謝するべき存在だ」
 詳しい話の続きが聞きたくて、ルチアはじっとダントンを見た。その熱い目線に対抗するように、睨みながらダントンは続きを話した。

 初代サイダルカは植物採集が趣味だった。そして、ナシノビトが魔法を使える方法を探すという目的も持って、よく旅に出かけていた。ある森で枯れそうになっている子供の背丈くらいのオバー様を見つけ、この島まで持って帰ろうと決めた。黒色のすりガラスのような細長い幹と、それに残っていた透明な葉っぱの美しさに惹かれたためだった。
 太陽が当たる島の東側、芝生以外何もない土地に植えた。栄養をたくさん与え、一生懸命世話をしたところ、オバー様は一気にここまで成長した。周りにも木々が生え、サイダルカが住む小島の一角は森になった。当時のオバー様は今みたいに動き、「会話」もできたらしい。命を助けてくれた恩返しに、オバー様はサイダルカ家へ魔法のレシピの知恵を与えた。そのおかげで、火の石と水の石を作り、初めての魔法道具がこの世に誕生した。「ナシノビトが魔法を使える方法」をついに見つけたのだから、オバー様の知恵は初代にとってまたとない幸運だった。
 そして、国王に認められ、サイダルカは繁栄していった。その恩恵をナシノビトは受け、生活が格段に豊かになった。初代とオバー様はそれを喜んだ。だけど初代が亡くなった後、悲しみから言葉がどんどん少なくなり、最後の言葉は「おやすみなさい…」と聞こえたらしい。2代目がそうメモを残していた。

 オバー様とサイダルカの出会いをダントンが話し終えると、ルチアは感心しながらオバー様を見上げた。
「あなたがいてくださったから、僕たちの生活が豊かになれたんですね」
 尊敬の念から、自然と言葉遣いを丁寧にし始めたルチアがオバー様を見つめる。ジュナチはそれを嬉しそうに眺めていた。他にも伝えたいことがあったと思い出し、オバー様について語った。
「オバー様はなんでも知ってて、世界中の様子も把握しているんだって。だから、きっとルチアがゴールドリップだって知ってたと思うよ」
 小さなころ、ジュナチは「オバー様が言葉を話してくれたら、すぐにでもゴールドリップに会えるのに」と嘆いていたのを思い出していた。だけど今目の前に目的の人物がいる。そのことがジュナチは誇らしくて、ルチアに話しかける。
「オバー様に小さいころから何回も確認したんだ。ゴールドリップはいるの?って」
 自分の上にあるキラキラした葉っぱたちを見上げながら、かつて今ルチアが立っていた場所で、オバー様に話しかけて泣いていたことをジュナチは懐かしく思っていた。
「そしたらね、いつも頭を撫でてくれたの。それってたぶん、「いる」ってことなんだろうって私は解釈してね。だからどんなに歳を重ねても、ずっとあなたを探すって決めてたんだ」
 その言葉に大木が動き、昔からしてくれたようにオバー様の枝がジュナチの頭へ優しく触れた。それに頬を緩めながらルチアのほうを向く。
「こんなに早く会えるなんて、すっごく嬉しい」
 まっすぐと気持ちを伝える目に、ルチアは出会って間もない少女を愛しく思った。ゴールドリップになる前にそばにいてくれた妹がよぎる。ルチアには2つ下の弟と4つ下の妹がいた。弟は生意気でよくケンカをしていたが、妹は純粋でいつも自分にくっつき、そして一緒にいるだけで幸せだと全身で伝えてくれる子だった。ジュナチの言葉につられて笑顔になったルチアは、いつか本当の姿でジュナチと姉妹のように気兼ねなく話したいと思った。今はまだ、勇気がないけれど。
 話がひと段落すると、オバー様は3人へ甘く熟した柑橘を贈った。急に手元に落ちてきたそれを2人は見事にキャッチした。ジュナチだけは地面に落として拾い上げた。休憩がてら座りながらそれを食べる間、ジュナチとダントンは、この森にある食べ物について話していた。ルチアはその話を聞きながら、時々オバー様を見ていた。穏やかな会話とともに、木漏れ日と白い花が降ってくるのどかな景色を一生忘れまいと、心に記憶していた。
「魔法道具の材料集め、開始しよっか」
 すべて食べ終わると、ジュナチはよしと気合いを入れて立ち上がった。森の中を散策して、ルチアには魔法道具に使うような特別な物に見えない木の枝や落ち葉を拾い、顔よりも大きな傘を持つキノコをダントンが軽々と何個も担ぎ、川辺に落ちている黒い小石を数えきれないほど拾った。


 夕方近くになり森も暗くなり始めた頃、3人は家に戻った。ダントンは無言で夕飯の支度をするために、キッチンへと歩き出した。
「僕も手伝うわ」
 ルチアがそう声をかけたが、
「いらねぇ、休んでろ」
 眉間にしわを寄せて、一言だけ残して去っていった。その様子にルチアは心配そうにジュナチ伺った。
「怒らせたのかしら…?」
「そんなことないよ」
 大きく伸びをしたジュナチは笑いながら言う。
「ダントンって料理は1人でやりたいんだ。あとね、いつも不機嫌に見えけど怒ってないから大丈夫」
 自信たっぷりにルチアにそう伝えた。笑っても、怒っても、心配しても、眉間にシワが寄る姿を何度も見ていたから、今の態度も通常運転だと理解していた。拾ってきた材料が木箱にあふれているのを整理してから、ジュナチはルチアに向き直った。そこで、あれ?とルチアの顔色をみて違和感を覚えた。
「ちょっと、疲れてる?」
「そんなことないわ、ずっと楽しいもの」
「そっか…」
 ジュナチは他人に無関心だった。だけど、ゴールドリップへの興味は尽きず、ついつい頭からつま先までふとした瞬間に観察をしてしまう。出会ったときよりも、ルチアの顔色が少し白いと判断し、本人さえも気づかない疲れを見破っていた。彼女を休ませてあげたくて、ジュナチは部屋の案内を始めた。
「ルチアの部屋をまだ伝えてなかったよね。私の部屋の向かいがダントンの部屋で、その隣りがルチアの部屋だよ」
「まあ、客間があるなんて立派な家ね…」
「客間じゃないよ、ゴールドリップ専用の部屋」
「ええ? ぼ、僕専用…?」
 そう戸惑った声を聞いてから、ジュナチは足取り軽くご機嫌に廊下へと歩き出す。ルチアは彼女のあとについていく。大きな窓から海が見える、途中ステンドグラスが現れ、ルチアはじっとそれを見た。小さな紫の花が集まった房が、垂れるように描かれている。その花をいつか見た気がして、立ち止まりそうになると、
「ルチア、食べられねぇもんあるか?」
 どこからともなく聞こえたダントンの声に反応して、
「え、…ないよ!」
 遠くのキッチンにいる彼に伝えるよう、反射的に大きな声で勢いよく返事をした。
「了解」
 不機嫌そうな声がまたもどこからか聞こえた。ダントンは魔法で遠隔で会話ができているのだと、ルチアは遅れて理解した。
「大声出さなくても大丈夫だよ」
 ジュナチが横からそう助言したので、ルチアは声を落とす。
「…確認してくれてありがとう」
「どういたしまして。できたら呼ぶ」
 ダントンは夕飯の準備に集中するらしく、もう声が聞こえることはなかった。
「ダントンってね、耳がとってもいいんだよ。今みたいに魔法で呼びかけてきて、私は小さい声で返事してもいつも聞き取れるの。足音もすっごく遠くにいても聞こえるみたいで、昔はかくれんぼで絶対負けてた。すごい耳だよね」
 思い出話をしながら、ジュナチとルチアは並んで廊下を歩いていく。
「小さいころから一緒にいるってことは、ダントンとジュナチは幼馴染とか?」
 当然のように傍にいるダントンをジュナチの兄だと思っていたが、彼がマホウビトだとすれば話が少し違ってくる。ナシノビトとマホウビトが結婚しても、基本的にナシノビトが生まれてくる。だから、ナシノビトとして有名なサイダルカに、マホウビトの子孫がいるはずがなかった。
 複雑な事情があるのかもしれないが、少しの疑問もほおって置けないダメ、ルチアは確認した。ジュナチは天井を見て、昔の記憶を探っているようだった。
「幼馴染じゃなくて、お兄さんみたいな存在かなぁ。私の両親がね、倒れていた子供のダントンを拾ったの。そして家に連れて帰って看護したんだ。元気になったダントンは、そばにおいてほしいって言ったんだって。それから私たちは家族になったんだよ」
 話しているジュナチが頬をほころばせ、彼女はダントンを心から慕っているとルチアは感じた。
「だけど、本人はお兄さんって言われるのが嫌なんだって。世話係って紹介しろって言うんだよね。こだわりがあるみたい」
 理由は聞いても応えてくれないと、不満そうにつぶやいた。
「ダントンは小さい頃の記憶がなくて、身元がわからないままなんだ。魔法が使えたから、マホウビトではあるんだけどね」
「なるほどね…」
 小さな声でつぶやいた声に、ジュナチは反応しなかった。もうすぐルチアに彼の部屋を案内できることで頭がいっぱいになって、前をさっさと歩いていく。
「………、」
 ルチアはジュナチの背中を見る。彼女は足りない情報を確認すればすぐに補ってくれる。出会ったときは、愚かだとか怖いだとか負の感情があったが、今は「素直な子」という好意的な印象になっている。そして、妹を思い出させる愛らしさに、ルチアはジュナチをどんどん好きになっていくのを自覚していた。彼女の肩を抱いて頬を寄せたくなったが、急にそんなことをされるのは嫌だろうと思い、自分の気持ちを表現するのをぐっと我慢した。


「わあ!」
 与えられた部屋に入ると、小さなシャンデリアが飾られ、窓からはさっきまでいた森が見える。ふかふかのベッドとソファーが置かれ、本棚にはさまざまな種類の本が置かれていた。ジュナチ曰く、家族たちが「ゴールドリップにふさわしい部屋を」と息巻いて、用意した物らしい。
 ジュナチは部屋に置かれた魔法道具を説明する。触れながら願えば色や形を変える壁紙にカーテンに家具、クローゼットに掛けられた服を紹介した。門外不出の特別なコスメが並んだ洗面所、自動で掃除をするお手洗いなど、見たことがない魔法道具すべてに、ルチアはキラキラと目を輝かせた。最後に「お風呂は共同なんだ、ごめんね」と謝られても情報は追い付かず、うなずくしかできなかった。喜びを伝えたい気持ちが抑えられず、ジュナチへ正面から抱き着いた。
「ありがとう! すっごくステキね!」
「き、気に入ってくれて良かったよ…」
 顔を真っ赤にしたジュナチが急ぎ足で去っていく。その照れた様子に、やっぱり妹みたいでカワイイと再度思いながら、ルチアは部屋を見回した。壁に触れて「変わって」と伝えると、理想どおりの青い幾何学模様の壁紙に変わって、その美しさに微笑む。
 与えられた綺麗な部屋に、夕暮れの暖かな光が差し込む様子を眺めると、大きなあくびが出た。
(一気に色々起きて、疲れてるのかも…)
 もっと部屋にある魔法道具を触りたいのだが、その前に眠気が襲ってきた。ずっと姿を変身をしているため、ルチアは魔法に体力を奪われ続けていた。ベッドに横になると、何年かぶりのふわふわな感触に息をついた。ナシノビトとして生活し始めてから、ずっと使っていた古いベッドが頭をよぎる。
(こんなベッド、何年ぶりかしら…)
 ゴールドリップになった瞬間から、姿を変え一気に空を飛び、ついに見慣れない町で力尽きた。そこで孤児として施設で生きた。与えられた相部屋は固いベッドだったし、服も雑な作りだった。働きに行ける歳になると施設から追い出され、工場勤務をして寮に住み込んでいた。そこのベッドはまたも固く、制服も手触りはごわごわしていた。大人になれば一人暮らしがギリギリ可能になる給料を貰えたらしいが、体力のないルチアは動けず、人より給料は少なかった。カーニバルでジュースを買うことが一年の大イベントだったくらいだ。
(僕が、こんな幸せでいいの?)
 過去を思い返し、今と比べる。ルチアは今の自分が満たされすぎて怖くなった。部屋に置かれた香水の香りが漏れて、鼻をくすぐる。美味しいコーヒーの味やさっきまで歩いた森の平和な景色を思い出し、遠くから聞こえるさざ波の音に体の力が緩んでいく。胸に当たるリップに触れて、キラキラと輝くそれをじっと眺める。
 ルチアはリップを優しく握りながら横を向いた。目を閉じると体は重くなり夢の世界に入っていく。優しい父がいて美しい母、大好きな弟と妹が集まり大きなテーブルで一緒に食事をする夢を見て、頬に涙が伝った。


 部屋に戻ったジュナチは、ドキドキする心臓を収めようと水を飲んだ。人に抱き着かれるなんて、何年ぶりだろう。両親が旅に出てからはされたことがない。ルチアの見た目から、彼と自分は似た体形だと判断していたのだが、触れるとまったく違った。筋肉が付いた固い体にビックリしていた。
(…なんだろう、これ)
 体の作りが違うだけでこんなに心が揺れるなら、今まで一緒にいたダントンにだって同じことを感じるべきなのに、そうではなかった。ルチアだけに反応することを不思議に思いながらも、初代がゴールドリップと会ったときをメモしていたノートを探しだした。国王に狙われているというルチアの話を聞き、ゴールドリップが殺された瞬間に居合わせたメモを思い出していたのだ。本棚に並ぶノートたちを慎重に取り出して、ぱらぱらとめくっていく。
(あった!)
 書かれた文字を指でなぞり、慎重に読んでいく。

 『…ゴールドリップがなぜ力だけでなく、命まで狙われるのか、私にはわからない。今日、噂の「ゴールド狩り」に出くわした。「ゴールドリップ」が見つかったと朝から村は騒がしかった。殺されたのは子供だった。道に横になった亡骸の顔には、「ゴールドリップを退治した」と書かれていた。昨日の夜に少しだけ話をした子供だった。可愛らしいただの女の子。あのときの唇は赤く、亡骸を見つけたときは金色に輝いていた。時間が経つとその色も消えて、白く変わった。
 彼女を撫でる母親は、何とか平静を保っているようにも見えたが、どこかにあきらめを感じた。もしかしたら、自分の子供がゴールドリップであることを隠していたのかもしれない。真実はわからないが、私は子供を亡くす親の気持ちを考えていた。なんと不憫なのだろう…』


 ゴールドリップを狙った事件が、遠い昔に何度もあったらしい。それは「ゴールド狩り」と呼ばれていた。犯人は特定できない中、社会的に弱者であるナシノビトを狙ったマホウビトの仕業ではないか、という噂があった。そして、その狩りの話題はだんだんと消えて、今では後世に伝えるべきではない事件として蓋をされている。だが、ジュナチはルチアの話を聞いて、ゴールド狩りは今も続いていることがわかった。しかも、その犯人は「国王からの追手」であることも知ることができた。
 彼の話を聞いてから、国王がゴールドリップに固執する理由がずっと気になっていた。
(魔法の譲渡を恐れている? 彼女の魔力は私が想像するよりもずっと強力とか? それとも、ゴールドリップが国王に何かした?) 
 国王とゴールドリップのつながりについて、過去に読んだ文献には載っていなかった。ゴールドリップのことをサイダルカの一族全員がかなり研究をしているので、チェックが漏れた文献はないと思っていたがそれは間違いかもしれない。
(調べ直そう)
 世界中の文献が揃う国立図書館は王都にある。城へ納品したときに、そこへ寄り道をしようと決めた。
(あの童歌も、国王のことは一切出てこないもんなぁ…)
 ジュナチが気に入っている童歌の歴史は長く、最古のゴールドリップに関する歌と言われている。作者もタイトルも不明で、いつの間にか「ゴールドリップの童歌」と呼ばれていた。その詩を思い返して、ゴールド狩りのヒントがないか、ジュナチはもう一度考える。ノートにすべての歌詞を書き出した。

  かなしい生き物ナシノビト 魔力を持たないナシノビト
  さだめを変えるかナシノビト 魔力が欲しいかナシノビト
  山超え谷超えかけてゆけ 命を燃やせ弱きヒト
  すべてのケモノを蹴散らして ゴールドリップに会いに行け
  優しい魔女からプレゼント お前はついにマホウビト
  けれどもほほえむ黄金は お前のすべてをうばいさる
  体は溶けてなくなるぞ 心は終わらぬ旅に出る
  誰も敵わぬ黄金は やっぱり世界にひとりだけ

 すべての歌詞を書き終わったジュナチは、ふむとそれを見つめる。
(「お前」に向けて歌った歌だけど、これはゴールドリップのおかげでマホウビトになった人のこと…)
ノートの端にそうペンを走らせて、そして「お前のすべてをうばいさる」の部分に丸を付けた。
(その「お前」をゴールドリップが殺したんだよね…)
 この詩は、ゴールドリップが気ままな魔女であることを表現しているとジュナチは解釈していた。自分に会いに来たナシノビトへ魔力を与えたのに、気が変わって殺してしまったのだろう、と。だけど実際に会った彼女は警戒心が強く、力は抑えられてナシノビトのフリをしていた。人を殺すことなんて決してしない、優しい人だった。ルチアというゴールドリップと、童歌で伝えられたゴールドリップの人格は大きく違っていた。
 最後に、「お前」へ警告するような「心は終わらぬ旅に出る」という言葉を見つめる。ゴールドリップの記憶は繋がっている。ルチアの中には、過去にゴールドリップだった人たちの記憶が残っていると教えられた。それはまるで「終わらない魂の旅」のようだと感じた。
(ルチアと合ってる部分と合ってない部分があって、変な感じ…)
 もう一度「お前」の部分へ何度も丸をした。そして、じっとそのページを見つめる。
(力をもらった「お前」は殺されたら、ゴールドリップと同じように魂が繋がっていく? もしかして、ルチアと同じ状況の人がどこかにいるとか…?)
 うーん、と声を出して、まとまらない考えに首をひねった。
 カーニバルへ行く前の今朝、この部屋で発明道具が思い浮かばないと唸っていた時とは違い、ノートは文字で埋まっていく。ジュナチはそれに気づかないまま、童歌を何度も歌いながらペンを走らせた。



つづく…



閲覧ありがとうございます。
次回は5月6日(来月の第1金曜日)の夜に更新します。
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