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洞窟への道
しおりを挟むミーヤに抱かれる日が来るとは思いもしなかった。ミーヤよりも自分のほうが小さくなるなんて。こんな不思議なことが起きるとは驚きだ。
「主様、僕はね。幸せだったんですよ。お迎えが来たあの日は淋しかったよ。でも看取ってくれて嬉しかった。気づいたら僕の魂はここに飛ばされたんだ。身体も大きくなってびっくりだよ。けどね、水鏡の泉に映る主様のこといつも見ていたから淋しくなかったよ。それなのに夢を諦めてしまって僕は、僕は。近くにいたら元気づけてあげたかったけどそれもできなくて」
ミーヤの目から落ちる大粒の涙が地面を濡らす。ときどき自分の顔にも涙が降ってくる。ミーヤの涙は塩辛かった。
「もう泣かないの。今なら賢の力になってあげられるでしょ」
「うん、そうだね。美月様」
美月がミーヤの涙を拭いてあげている。やっぱり美月は優しい。ときどき豹変しちゃうけど。
「あのね、様はつけなくていいわよ」
「えっ、いいんですか」
「いいの、いいの。私、かたっ苦しいのは嫌なの」
「はい、わかりました」
「あっ、そういえばゴトベエ師匠が話していた『待ち焦がれている者』ってあんたのことだったのね」
ああ、確かにそんなこと言っていた。そんなに思ってくれていたのかミーヤは。そう思うと目頭が熱くなってきた。
「ゴトベエ様がそんなことを。流石ですねぇ」
「そりゃそうよ。ゴトベエ師匠は夢月楼で一番の占い師なんだから」
一番か。本当に凄いんだな。一番ではなくても自分も凄いと思われるような画家になりたい。感動させられる絵を描きたい。幸せな空気感を与えられる絵を描きたい。なれるだろうか。
ダメだ弱気になっちゃ。なる、必ずなる。そのためにここに来たんだろう。
そんな思いに応えるかのように胸の奥がほんのりあたたかくなった。
それはそうと洞窟には何があるのだろう。何のために行くのだろう。
夢月三滝の洞窟とか言っていた。滝に洞窟といえば修行の場というイメージがする。相当厳しい試練がまっているのだろうか。果たして耐えられるだろうか。今は赤ちゃんの身体だ。本当に厳しい試練が待っているとしたらこのままでは無理だろう。美月はおそらくその場所のことを知っているのだろう。ミーヤも知っていそうだ。どういうところなのかだけでも訊きたい。
ああ本当にもどかしい。
口を開けば『ばぶ、ばぶ、ばぶ』だ。
「あっ見えてきましたよ。夢月三滝」
んっ、どこだ。見えない。抱かれているから見えるのはミーヤの毛とミーヤの足もとくらいだ。正面が見たいのに首が回らない。確かに水音がする。滝があるのは間違いないだろう。
「いよいよね」
『いよいよ』ってなんだ。何がはじまるというのだろう。脈が速くなっていく。
「主様、あの洞窟には夢月楼の仙人様がいるんですよ。そこで主様の道が開かれるはずです。とは言ってもそれははじまりにすぎません。これからってことです」
うおっ、冷たい。
雨か。
顔を上げて見ると水が上から流れ落ちていた。なんだこの光景は。濡れた岩肌に降り注ぐ煌めく水。飛沫が飛んできたのか。
あっ、虹だ。もしかしてここって滝の裏側か。そうか滝の裏側に洞窟があるのか。
この先に仙人がいるのか。
ゴクリと唾を呑み込む。心臓の鼓動が速まるのを感じた。この先で何が起こるのだろう。思わず手に力が入りミーヤの毛を鷲掴みしてしまった。
「痛い」
あっ、ごめんミーヤ。
「賢ちゃん、大丈夫よ。怖いことなんてないから」
大丈夫。そうなのか。美月の言葉に少しだけ心が休まった。それも束の間、薄暗くなっていき再び手に力が入り手汗を掻いた。外の光が遠のいていく。
「主様、大丈夫です。僕がいますから」
『ミーヤ、ありがとう』
賢はミーヤの言葉と心音のリズムに落ちつきを取り戻していった。
それにしても暗い。闇だ。それなのにミーヤも美月の歩くスピードは変わらない。二人は猫だから暗くても問題ないのだろう。
これからが本当のはじまりだ。何が起きたとしても突き進まなくてはいけない。ミーヤの思いに応えなきゃ。それが自分のためになるはずだ。
あれ、なんだか明るくなってきた。
もしかして外に出るのか。ここはトンネルだったのだろうか。
「やっと来た。これでおいらも仕事ができるってもんだ。ああ、ワクワクする」
なんだこのしゃべり方は。子供か。仙人様がいるんじゃなかったのか。もしかしたら仙人様の弟子とかか。そうだ、そうかもしれない。
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