満月招き猫

景綱

文字の大きさ
上 下
4 / 29

いい加減に思える占い

しおりを挟む
「えっと、仁山賢です。それで生年月日は一九九四年五月二十五日です」
「ふむふむ、私は白田美月しろたみづき。美月って呼んでね。よろしく」
「あっ、はい」
「それじゃ左手を」

 美月は手相をじっくり見たあとじっと目をみつめてきた。なんだろうこの目力は。かわいいけど圧倒される。何か見透かされているようで怖い。一瞬、飼い猫のパンを思い出してしまった。パンにじっとみつめられたときの感覚に似ているのだろうか。不思議な人だ。

「あなた近いうちに引っ越しをされますね」

 引っ越し。何を言っている。そんな予定はない。親と一緒で暮らしは楽だ。家賃もかからないしわざわざ引っ越す理由がない。いきなりハズレか。凄い占い師かと思ったけどどうやら期待外れだったようだ。

「引っ越しする予定はないですよ」
「いいえ、必ず引っ越します。そのときは今住んでいるところから西の方角が吉です。思わぬ好物件に出会えるでしょう。そして、あなたの運命に変化をもたらします。やるべきことがみつかるでしょう」

 まったく適当なこと言っちゃって。賢は苦笑いを浮かべた。

「もういいです。占いは終わりにしてください」
「いいえ、終わりません。私の言葉を信じていないようですがすでに運命の歯車は動き出しています。あなたにとって重要なのは招き猫です。カラフルな招き猫が見えます。とんでもない体験をすることは間違いなさそうです」
「だから、もういいって」
「よくない。ここがあなたにとってのターニングポイントだって言ってんの。間違った選択をしたら最悪の運命を辿るんだから。ちゃんと私の言葉を聞け。ああもう」

 脅しか。なんだか人が変わっちまった。これが本性なのかもしれない。何か幸運のアイテムとか売りつけるつもりじゃないのか。
 雲行きが怪しくなってきた。早く電車が来ないだろうか。

 あっ、来た。
 賢は逃げるようにして電車に乗り込んだ。だが美月も一緒に乗って来た。そりゃそうか。電車を乗るために駅に来たのだろうから。どうしたらいい。隣の駅までだからそれまで我慢するか。あっ、ひとつだけ空いている席がある。あそこなら美月も立ちながら占いをすることはないだろう。いや、してくるだろうか。してくるかもしれない。そんな予感がしてきた。そう思っているうちに空いていた席に誰か座ってしまった。
 仕方がないドアの横に陣取って外の景色を眺め美月とは目を合さないようにした。それでも話を続けてきた。

「あの、その口が悪くなってすみません。すべてあなたのためなのです。わかってください。いいですか。逃げてはいけませんよ。あなたには才能があります。独特の絵描きとなるはずです。それには招き猫のいる家に引っ越すしかないのです」

 なんだそれ。招き猫のいる家。引っ越しして招き猫を買えってことか。いくら優しく言おうがもう騙されない。絵描きの才能があるだなんていい気持ちにさせて招き猫を高額で売る気だな。画家になれるわけがない。絵も見たことないくせによく言うよ。評価されたことはないっていうのにさ。それにしても絵を描いているってよくわかったな。たまたま当たっただけだろう。
 本当にそうなのだろうか。実は全部当たっているってことはないのか。待て、待て。冷静になれ。

「白猫との縁もあるでしょう。大切にされるといいです。運が向上します」

 まだ話を続ける気か。まったく我が家の飼い猫は尻尾の短い黒白猫だ。白猫じゃない。また間違えやがって。やっぱり詐欺師だろう。

「あのさ、いい加減にしてほしいんだけど」
「そうはいきません。とても大切なことなのです。伝えなくてはいけません。今のアルバイト生活から脱却するときなのです。あっ、ところで明日の昼間、あなたは家にいますか。それともアルバイトですか」

 どっちだっていいだろう。誘っているのか。かわいいけどこんな変な奴と付き合いたくはない。

「どっちですか。家にいないほうがいいんですが」
「ああ、もう。明日はアルバイトだから昼間はいないよ」
「それならよかった。けど飼い猫がいますね。黒白猫ですね。あら短い尻尾がキュートですね。その子、明日は誰かに預けたほうがいいですよ。あの家に災難が起きますから」

 なにが災難だ。馬鹿にしているのか。けど黒白猫って当てた。いやいや偶然だ。さっき白猫と言ったばかりじゃないか。自分の言葉を忘れたのか。やっぱりインチキ占い師だ。詐欺師だ。

 電車が次の駅に到着して賢は扉が開くなり走り出す。バス停まで急げ。
 チラッと後ろを確認すると美月は追いかけて来ていない。諦めたか。
 ホッと息を吐き丁度到着したショッピングモール行きのバスに乗り込んだ。
 何気なく窓の外へ目をやると美月が手を振っていた。
 かわいいのに詐欺師まがいの占い師なんかして。

 んっ、あれ。本当に詐欺師なのだろうか。これといって何も売りつけようとはしていない。勝手にそう思っただけだ。勘違いなのか。いやいや、安心させておいてまたどこかで話しかけてくるかもしれない。その手には乗るか。

しおりを挟む
感想 71

あなたにおすすめの小説

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る

家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。 しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。 仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。 そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。

【完結】悪役令嬢の反撃の日々

くも
恋愛
「ロゼリア、お茶会の準備はできていますか?」侍女のクラリスが部屋に入ってくる。 「ええ、ありがとう。今日も大勢の方々がいらっしゃるわね。」ロゼリアは微笑みながら答える。その微笑みは氷のように冷たく見えたが、心の中では別の計画を巡らせていた。 お茶会の席で、ロゼリアはいつものように優雅に振る舞い、貴族たちの陰口に耳を傾けた。その時、一人の男性が現れた。彼は王国の第一王子であり、ロゼリアの婚約者でもあるレオンハルトだった。 「ロゼリア、君の美しさは今日も輝いているね。」レオンハルトは優雅に頭を下げる。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

悪役令嬢の追放エンド………修道院が無いじゃない!(はっ!?ここを楽園にしましょう♪

naturalsoft
ファンタジー
シオン・アクエリアス公爵令嬢は転生者であった。そして、同じく転生者であるヒロインに負けて、北方にある辺境の国内で1番厳しいと呼ばれる修道院へ送られる事となった。 「きぃーーーー!!!!!私は負けておりませんわ!イベントの強制力に負けたのですわ!覚えてらっしゃいーーーー!!!!!」 そして、目的地まで運ばれて着いてみると……… 「はて?修道院がありませんわ?」 why!? えっ、領主が修道院や孤児院が無いのにあると言って、不正に補助金を着服しているって? どこの現代社会でもある不正をしてんのよーーーーー!!!!!! ※ジャンルをファンタジーに変更しました。

僕は君を思うと吐き気がする

月山 歩
恋愛
貧乏侯爵家だった私は、お金持ちの夫が亡くなると、次はその弟をあてがわれた。私は、母の生活の支援もしてもらいたいから、拒否できない。今度こそ、新しい夫に愛されてみたいけど、彼は、私を思うと吐き気がするそうです。再び白い結婚が始まった。

愛する貴方の心から消えた私は…

矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。 周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。  …彼は絶対に生きている。 そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。 だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。 「すまない、君を愛せない」 そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。 *設定はゆるいです。

処理中です...