満月招き猫

景綱

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怪しいけどかわいい占い師

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 賢はベッドに寝たまま両腕を頭の上にグッと伸ばす。
 なんだか疲れが取れない。熟睡できていないのかもしれない。今日は休みだしもうちょっと寝ようか。そう思ったのだが愛猫のパンがドドドドと駆けまわり騒ぎ立てる。

「パン、うるさいぞ」

 その言葉に腹を立てたのか起きないことに腹を立てたのか更に大きな鳴き声をあげた。

「ああもう、わかった、わかった。起きるから」

 重い身体をゆっくりと起してベッドから降り部屋を出る。パンもあとからついて来て追い抜き所定の位置に座り込む。完全にごはん頂戴の意思表示だ。
 カリカリを器に入れてあげると相当腹が減っていたのか勢いよく食べはじめた。

「なんだおまえ朝ごはんもらっていなかったのか」

 違う。絶対に母から貰っているはずだ。
 父も母ももう仕事に出掛けてしまっていないからわからないがパンにごはんをあげずに出掛けるはずがない。まあいいか。いやよくない。パンの腹を見ろ。完全にデブ猫まっしぐらじゃないか。

「パン、ダイエットしないとな」

 そんな言葉は知らないとばかりにむしゃむしゃとカリカリを食べ続けている。
 デブ猫になってしまうのは飼い主がいけない。そんなことわかっている。わかっているけどパンの懇願するような眼差しを見てしまうと負けてしまう。デブ猫でもかわいいじゃないか。パンは身体のわりには動きがいい。大丈夫だ。そう思ってしまうが間違っているのだろう。ダイエットフードでも買ってきたほうがいいかもしれない。
 美味しそうに食べるパンを見ていたら無性に腹が減ってきた。
 キッチンへ向かい冷蔵庫を開けて、電子レンジも覗いて見た。作り置きはされていなかった。もちろんテーブルにも料理が置かれていることはない。その代わり書き置きがあった。

『朝ごはんは自分で作ってね。作れるでしょ』

 期待して損した。何が作れるでしょだ。
 定職につかず物流会社でのアルバイト生活をしているダメ息子には朝ごはんも作ってやらないってことか。頭を掻きもう一度冷蔵庫を覗く。
 卵がある。あとは納豆、シラス、豆腐、カニカマ。冷凍庫に肉、味噌、冷凍餃子、アイス。野菜室には小松菜、ニンジン、大根、椎茸、きゃべつ、もやし。冷蔵庫脇にジャガイモとタマネギがあった。

 何を作ろうか。朝からこった料理をするつもりはない。
 目玉焼きでいいか。炊飯器にごはんは炊けている。ごはんにシラスでもかけて目玉焼きを乗せよう。それで十分だ。
 ササッと目玉焼きを作り、目玉焼きとともにシラスごはんをかき込む。五分も経たずに朝食終了。食器を流し台に置き食器用洗剤をかけてその場を立ち去る。

 さてとどこかへ出かけようか。
 紺のチェックのシャツと生成り色のカーゴパンツに着替えて行先を考える。ふと視線を感じて目を向けるとデブ猫パンがじっとみつめてきていた。

『なんだ出かけるのか。俺様を置いていくのか。ひとりぼっちにさせるつもりか』

 そんな声が聞こえてきそうだ。
 賢はしゃがみ込みパンの頭を撫でると「ごめん。留守番していてくれな」と声をかけてポケットに財布を入れて玄関へと向かった。

 とりあえず駅に向かおう。
 最寄りの駅までニ十分はかかる。車があったら楽なのに。田舎暮らしには車は必要不可欠だ。近くにバス停はあるけど本数が少ない。確か一日四本だったか。昔はもっと走っていたらしいけど利用者が少ないのだろう。そんなことはいい。中古でいいから車がほしい。そのために貯金もしてきた。今のところ百五十万くらい貯まっただろうか。これといって使い道がないからな。それでもよく貯めたと褒めてやりたい。

 考え事をしながら歩いていたら駅に着いた。
 とりあえず隣の駅に行こう。そこからだったらバスも結構出ている。
 この田舎町にも大型ショッピングモールがやっとできた。あそこへ行けば涼める。まずは本屋だ。これといって読みたい本はないけど本とのいい出会いがあるかもしれない。

 時刻表を眺めて溜め息を漏らす。
 あと三十分も待たなきゃいけないのか。ホームにある椅子に座り目の前の景色をぼんやりと眺める。なんだか無駄な時間に思えてくる。
 やっぱり車がほしい。車があれば駅に歩いている間にショッピングモールに着いていただろう。中古車だったら百五十万あれば一括で買えるか。けど、どうしても躊躇してしまう。新車はローンが組めるかわからないし無理だろう。やっぱり親が言うように正社員になれる仕事を探そうか。

 賢は空を仰ぎ見て大きく息を吐く。
 どうもスーツにネクタイ姿の自分をイメージできなかった。スーツを着なくてもいい仕事はあるか。けど……。
 青空に浮かぶ白い雲を眺めていたら絵が描きたくなってきた。帰って絵を描こうか。そう思ったがすぐにかぶりを振った。売れない絵を描いたって仕方がない。
 賢は深い息を吐き項垂れた。

「あの、隣いいですか」

 えっ。
 声のほうに目を向けると黒髪の綺麗な女性と目が合った。そよ風に長い黒髪が揺れてほのかにシャンプーの香りが届く。いい香りだ。
 あっ、目が合った。ドキンと心臓が跳ね上がる。大きな瞳に吸い込まれてしまいそうだ。なんて魅力的な人なのだろう。ぷっくりした艶ある唇もまた素敵だ。


『かわいい』

「あの、どうかしましたか」

 小首を傾げてキョトンとする顔もまた心を揺さぶられる。

「えっ、あ、あの。すみません。見惚れてしまって」

 あっ、何を言っている。馬鹿か。
 女性は「面白い人ですね」と微笑んだ。またしても心臓が跳ね上がる。なんて素敵な笑顔なのだろう。ダメだ、ダメだ。変な妄想はするな。ところで自分に何か用があるのだろうか。どこかで会った人だろうか。覚えはない。もしかして逆ナンパとか。ありえないか。冴えない自分を誘う女性はいない。

「あの、自分に何か用ですか」

 再び微笑み頷く女性。
 ダメだ、この笑顔に心が持っていかれてしまう。

「あの私、占い師なんです」

 占い師。なぜだか身構えてしまう。何か騙されそうな気がしてきた。そう思ったら女性の微笑みも作り笑顔に見えてきてしまった。

「怪しいって思っちゃいましたか」
「あっ、いえ」
「いいんですよ。突然、占い師なんて言われて怪しまない人はいませんから。けど、私は騙そうとか思っていませんから安心してください。ただ気になることがありまして」

 気になること。なんだ、それ。何か自分に起きるのか。待て、待て。鵜呑みにするな。信じてどうする。占い師ではなくて詐欺師かもしれないぞ。『安心してください』と言われて安心していたら痛い目に遭うぞ。

「まだ疑っているようですね。では、ひとつ。あなた小さい頃、左手を怪我していますね。折れた竹が左手に刺さりましたよね。どうですか。そんな経験ありませんか」

 なぜ知っている。そんな話誰にもしていない。あのとき一緒にいた兄だったら知っているだろうけど。いや昔のことで忘れているだろうか。親でさえ忘れているかもしれない。自分だって言われるまで忘れていたことだ。

「当たっている。なんでそのこと」
「あなたの瞳から伝わってきたんです」
「そんなことできるのか」
「ええ、私にはわかるんです。ですが名前と生年月日と手相も見せてください。それで私の見えたものが確信できますから」

 本当に騙そうとか考えていないのだろうか。まあいい。占ってもらおう。んっ、その前に鑑定料とか払わなきゃいけないんじゃないのか。もしかしたらあとで高額請求されるかもしれない。

「あのさ、鑑定料とかって」
「ああ、結構です。今回は無料です。私が気になるのです。もしかしたら私と縁があるお方かもしれませんから」

 縁がある。それって、まさか。こんなかわいい人と結婚とか。妄想が膨らんでいく。待て、待て。変な想像するな。縁があるからと言って結婚とは限らない。まだ詐欺師という可能性がなくなったわけではない。完全に信用するな。けど、さっき言い当てたじゃないか。
 それはそうと何が気になるのだろう。いったいこの女性には何が見えているのだろうか。無性に気になった。
 詐欺師ではないことを祈ろう。

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