時守家の秘密

景綱

文字の大きさ
50 / 53
第六話「怪しき茶壷と筆」

未来は明るい

しおりを挟む
 トキヒズミに諦めるなと言われたものの正直死は免れないと思っていた。
 まさかあのときの死神に助けられるとは。
 あっ、あのササという小鬼のおかげか。

「うまい、うまい。このすき焼きというやつは絶品だな。おいらはじめて食ったぞ」

 ササはどんぶり飯を十杯、牛肉は二十人前分も平らげていた。あの小さい身体によく入るものだ。
 命の恩人だから仕方がないか。それにしても……食い過ぎだ。ほとんど一人で食べちまっている。彰俊は財布を眺めて溜め息を吐いた。完全に金欠だ。

 沙紀はササの隣で笑っている。死んでしまったのではないかと心配していたが気絶していただけだった。だけど、この席に座敷童子猫のアキ&アキコの姿はない。
 あのとき盾になって死神ヨムの攻撃を防いでくれたことでアキ&アキコは命が絶えてしまったのだろうか。違ってくれればと思っているのだがまったく気配を感じられない。生きているのか死んでしまったのか正直なところわからない。死神ヨムが大鬼に連れて行かれる姿に気を取られていた間に、倒れていたはずの座敷童子猫の姿は跡形もなく消え失せていた。
 物の怪が死すと完全に姿が消えてしまうものなのだろうか。トキヒズミに訊いても「知らん」というだけだった。

「おい、そんなところで暗い顔していないでおかわりくれ」

 まったく人の気も知らないで呑気なものだ。彰俊は苦笑いを浮かべて炊飯器を開ける。
 ない。空っぽだ。
 それを見たトキヒズミがササの頭に飛び乗って「おい、おまえは食い過ぎだ。いい加減にしろ。ほれ見ろ。もう飯はない」といきり立っていた。

「んっ、なんだ。もうないのか。ならしょうがない。このくらいで勘弁してやろう。いてて、やめろ。なぜ叩く。おいらは恩人だろう」
「うるさい、黙れ。それとこれとは話が違う」

 トキヒズミはササの頭をボコボコと殴ったり毛をむしり取ったりしていた。

「やめろって。悪かったよ。次ご馳走になるときは遠慮するからさ。勘弁してくれよ」
「なんだと。またご馳走になる気か。おまえのような大食漢などもう呼んでやるか」
「そんなこと言わないでくれよ。おいら、いつもひとりぼっちで寂しいんだ。こんな温かい席でみんなと食事するなんてはじめてなんだよ」
「うるさい。黙れ」
「黙るから許してくれよ」
「トキヒズミ、そのくらいにしてやれよ」
「なんだお人好しが。そんなんだからこいつが図に乗るんだ。まったくどいつもこいつも甘過ぎる」

 背を向けて胡坐を掻き黙り込むトキヒズミに瑞穂が何かを囁いた。すると、にやけた顔をして「ササ、とりあえず今日のところは許してやる。まあよく食う奴に悪い奴はいない。だが次は絶対に遠慮しろよ」と急に優しくなった。
 よく食う奴に悪い奴がいないという言葉は合っているのかわからないがどうやらまるく収まったようだ。瑞穂はいったい何を言ったのだろうか。気にはなるが訊くのはやめておこう。
 それにしてもササは楽しい奴だ。みんなの顔も明るい。なんだか大家族になった気にもさせる。
 栄三郎、トキヒズミ、沙紀、ササ、舟雲、瑞穂の笑顔がそこにある。
 彰俊は和気藹々した雰囲気の食卓を眺めて頬を緩ませた。けど、あと一人いてほしかった。どうしても思い出してしまう。
 楽しいはずなのに、寂しさも同居している。

「彰俊さん。きっとアキちゃんもアキコちゃんも幸せだったわよ。だから笑って。そうじゃないとあの子たちも成仏できないでしょ」

 いつの間にか沙紀が横に来ていた。寂しいさが顔に出ていただろうか。きっと出ていたのだろう。沙紀の言う通りだ。あの子たちが亡くなっているのなら悲しんでいてはいけない。きちんと成仏させてやらなきゃ。安心させてやらなきゃ。けど、生きている可能性だってまだある。そう思っちゃいけないのだろうか。

「そうだよな。沙紀ちゃん。けどさ、まだどこかで生きていてくれたらなんて思っちゃうんだよな」
「そうね。そうだったらいいわね」
「おい、おまえはやっぱり阿呆だな。あいつは座敷童子猫だぞ。物の怪だぞ。人とは違う。大丈夫だ。そのうち何事もなかったように戻って来るさ」
「トキヒズミ、本当にか」
「さあな、わからん。おいらは死んだことがないからな」

 なんだよ。口から出まかせか。彰俊が落胆したとき玄関扉が開く音がしてハッとした。帰って来たのかもと慌てて玄関に向かうとそこにいたのは死神サウだった。隣には牛のような顔をした人が立っていた。いや、人のような牛か。そんなことどっちでもいい。座敷童子猫だったらよかったのに。

「なんだ、おまえか」
「なんだはないでしょう」
「アキとアキコが戻って来たんじゃないかと思ったからさ。すまない」
「なるほど」
「で、何か用か」
「はい、この者が謝りたいとのことでして」

 謝りたいってどういうことだ。
 彰俊は牛のような顔をした人をみつめた。気づけば全員が玄関に集まっている。

「みなさん、お揃いで。本当に申し訳ないことをいたしました。あの、そのですね。私はくだんと申しまして未来を予知することができるのですが……」

 件は突然土下座をして「瑞穂さんに偽りの未来を見せてしまいました。死神ヨムに脅されたとは言えやってはいけないことをしてしまいました。すみません」と謝った。
 偽りの未来。それって。

「彰俊と沙紀の子供が火事を起こすというあれのことか」

 栄三郎がそう口を挟むと沙紀がこっちに目を向けて頬を赤く染めた。
 そうか沙紀にはその話をしていなかったか。照れる沙紀もやっぱり可愛い。
 んっ、ちょっと待てよ。偽りってことは沙紀と自分が結婚することはないってことか。どうなんだ。
 そこははっきりしておかないと。

「あの、件さん。偽りというのは……。えっと、その俺と沙紀はあの、その、そう言う関係にはならないってことなんですか」
「あっ、いえ。そうではなく。二人の子供が火事を起こしてお家断絶をするってことはないということです」

 そういうことは自分と沙紀は……。

「エロ彰俊。今、変な想像していなかったか」
「ば、馬鹿言うな。変な想像なんてしていない」
「そうか。顔が真っ赤っかだぞ。おお、沙紀もだ。こりゃ、今夜は――」

 トキヒズミが言い終わる前にドカッという音がした。何事だと思ったら玄関扉に張り付くトキヒズミが呻き声をあげていた。
 なぜ、トキヒズミが。というか誰がそんなこと……。
 後ろを振り返るとそこには怖い笑みを浮かべる座敷童子猫の姿があった。

***

(本編・完)

***

*本編はここで終わりですが、おまけの話がありますのでもう少し私の物語にお付き合いください*

***

しおりを挟む
感想 53

あなたにおすすめの小説

パクチーの王様 ~俺の弟と結婚しろと突然言われて、苦手なパクチー専門店で働いています~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 クリスマスイブの夜。  幼なじみの圭太に告白された直後にフラれるという奇異な体験をした芽以(めい)。 「家の都合で、お前とは結婚できなくなった。  だから、お前、俺の弟と結婚しろ」  え?  すみません。  もう一度言ってください。  圭太は今まで待たせた詫びに、自分の弟、逸人(はやと)と結婚しろと言う。  いや、全然待ってなかったんですけど……。  しかも、圭太以上にMr.パーフェクトな逸人は、突然、会社を辞め、パクチー専門店を開いているという。  ま、待ってくださいっ。  私、パクチーも貴方の弟さんも苦手なんですけどーっ。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

後宮の手かざし皇后〜盲目のお飾り皇后が持つ波動の力〜

二位関りをん
キャラ文芸
龍の国の若き皇帝・浩明に5大名家の娘である美華が皇后として嫁いできた。しかし美華は病により目が見えなくなっていた。 そんな美華を冷たくあしらう浩明。婚儀の夜、美華の目の前で彼女付きの女官が心臓発作に倒れてしまう。 その時。美華は慌てること無く駆け寄り、女官に手をかざすと女官は元気になる。 どうも美華には不思議な力があるようで…?

行き遅れた私は、今日も幼なじみの皇帝を足蹴にする

九條葉月
キャラ文芸
「皇帝になったら、迎えに来る」幼なじみとのそんな約束を律儀に守っているうちに結婚適齢期を逃してしまった私。彼は無事皇帝になったみたいだけど、五年経っても迎えに来てくれる様子はない。今度会ったらぶん殴ろうと思う。皇帝陛下に会う機会なんてそうないだろうけど。嘆いていてもしょうがないので結婚はすっぱり諦めて、“神仙術士”として生きていくことに決めました。……だというのに。皇帝陛下。今さら私の前に現れて、一体何のご用ですか?

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

どうぞ、おかまいなく

こだま。
恋愛
婚約者が他の女性と付き合っていたのを目撃してしまった。 婚約者が好きだった主人公の話。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

処理中です...