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第六話「怪しき茶壷と筆」
悲劇は突然に
しおりを挟む「あら、アキちゃん。いらっしゃい」
「あたいはアキコよ」
「あっ、ごめん」
「まあいいけど」
「外は寒かったでしょ。あったかい珈琲、いや紅茶のほうがいいかな。それとも緑茶がいい」
「いらない。あたいは大事な話をしに来たの。遊びに来たわけじゃない」
沙紀は真剣な顔になって奥の部屋のソファーをすすめて「お菓子でも持ってこようか」と呟く。
アキコは座ることなく沙紀を睨みつけた。
「だから遊びにきたわけじゃないの」
「わ、わかったから。そんなに怖い顔しないで。私、何か悪いことしたかな」
アキコは『あんたの存在自体が悪なの』と言おうとしたが言葉が出てこなかった。心の内でアキがアキコの口を封じていた。
『アキ、あんたの気持ちもわかるけど。これは彰俊の、いや時守家のためなのよ。邪魔しないで』
『違う、違う。絶対違う。沙紀は悪くない。時守家を害することなんてない』
『違わない。茶壷の瑞穂の力はあんたも知っているでしょ。時守家断絶なんて未来にしちゃダメ。それには沙紀を』
『そんなの出鱈目だ。アキコ、目を覚まして。沙紀がいい人だってアキコだってわかっているはずだ。災いをもたらすなんてありえない』
『ううん、人の心の内はわからないものよ。いつ心変わりするかわからないでしょ。今はいい人でも悪い人になることだってあるの。たとえば彰俊にフラれるとかして』
『ない、ない。そんなことない。ぼ、ぼくは沙紀を悪く言うなんて許さないからね』
アキコは沙紀をじっとみつめて考え込んだ。
アキの気持ちもわかる。確かに沙紀はいい人だ。わかっている。けど、けど……。アキコは胸に手を当てて溜め息を漏らす。
「おい、どうした。さっさと沙紀に引導を渡せ」
『うるさいな。わかっているわよ』
舟雲は筆となり懐に潜んでいる。おそらく沙紀は気づいていない。舟雲の言うように沙紀を責め立てていいのだろうか。アキの言葉を信じて……。
ああ、もう。瑞穂の力は本物だ。いい人だろうがなんだろうが時守家にとっては悪になる。だったらきちんと話して沙紀を時守家に近づかないようにすればいい。
アキコは沙紀の目を見て「もう彰俊とは逢わないで。不幸が訪れるから」と呟いた。
沙紀は何も言わずにじっとこっちをみつめ返している。
どうしたの。なんで何も言わないの。
「ちょっと、あんた。あっ、いや、その。とにかくあんたは疫病神なの。あんたがいちゃダメなの」
「アキコちゃん。何かあったのね。アキコちゃんが彼のこと思っているのはわかっている。だからそんなことを言うわけじゃないのよね。そこに隠しているもののせいなのかな」
えっ、舟雲のこと気づかれている。
「なんだ、俺様のこと気づいていたのか」
舟雲は紋付き袴姿の男性になり替わりお辞儀をした。
「あなたは誰」
「舟雲と申す」
「沙紀です」
「うむ、知っておる。率直に話そうではないか。はっきり言うぞ。お主が時守家と関わるとお家断絶となり皆死す。だから、近づくな。それだけだ」
顔面蒼白となった沙紀がそこにいた。
皆死すだなんて聞いたらそうなるだろう。
「私のせいで。もしかして私の命を助けたから」
「それはわからなぬ。だがお主がいてはならぬのだ。あのとき、死すべきだったのだ」
「そ、そんな」
「ちょっと舟雲、それは言い過ぎでしょ」
恋敵とは言え、流石にそれはないと思った。沙紀が死んだほうがいいだなんて。
「んっ、なんだ。それならアキコは沙紀が彰俊と結ばれてもよいと言うのか」
「そ、それは」
『沙紀はおまえのこと笑っているぞ。彰俊は自分のものだと笑っているぞ。そんな奴を生かしておいていいのか。殺せ、殺してしまえ』
な、なに。
頭の中にとんでもない声が響き渡る。
『殺せ、沙紀を殺せ。それがおまえの本心だ』
嘘、そんなの嘘よ。
『殺せ、殺せ、殺せ』
アキコは頭を抱えて絶叫した。
「アキコちゃん、どうしたの。大丈夫」
沙紀が近づき肩に手を添えてくる。
その行為がアキコには疎ましく思えた。しかも笑われているように感じた。
『馬鹿なアキコ。彰俊はあんたのことなんとも思っていないのに。可哀相に』
何、今の声。
沙紀の声なの。そうなの。本当はそんなこと思っていたの。
そう思った瞬間、アキコは沙紀のことが憎くなった。
沙紀は偽善者だ。本当は悪者だ。
こんな奴を彰俊に近づけちゃダメ。
『そうだ、悪者は殺せ。おまえならできる。殺せ、殺せ、殺せ』
沙紀の首に手を伸ばして締め付けていく。
「おい、おまえ」
隣にいる舟雲の驚く顔が目の端に映る。何を驚いているの。死すべきだったって言ったのは舟雲でしょ。
ああ、沙紀の苦しむ顔って素敵。
『アキコ、アキコ。なにをしているの。ダメ、ダメ、ダメ』
『アキは黙っていなさい。こんな性悪女なんてこの世にいちゃダメなのよ』
『ダメだ、やめて。沙紀は悪くなんてない。どうしたの。なんで、なんで』
『黙りなさいって言ったでしょ。あんたも消えてなくなればいいのよ。この身体はあたいのもの。ふふふふふ』
「それでいい。これで時守家も終わりだな」
誰ともわからぬ声が微かに届いたが、その声が気にならないくらいに沙紀の苦しむ顔に心が躍った。
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