25 / 53
第四話「鏡に映る翡翠色の瞳」
主を思う狐
しおりを挟む笑っている女性は気が緩んでしまったのか、ふさふさの尻尾が少しばかり覗いていた。そうか、こいつ狐が化けているのか。もしかして九尾の狐なのかも。ならば聞くまで。
「ちょっと聞きたいのですが、狐さん。まさか、俺を黄泉の国に連れて行こうなんて思っているんじゃないでしょうね」
「えっ、な、なにを」
彰俊は頬を緩ませて、「尻尾」とだけ口にした。
「あはは、こりゃ参った。ばれちゃいましたね。なら、もうこの姿は用済みですね」
着物の女性は一瞬のうちに九尾の狐に姿を変えた。
「で、本当にこの手鏡を直してもらいにきたのですか?」
彰俊の問いに狐は頷いた。夢でのことはちょっとした悪戯だそうだ。あまりしてほしくない悪戯だが、そう聞いてホッとした。
「ツネ、そこにいるのですか。わたくしは頭が割れそうなのです。晋介様はみつかったのですか」
手鏡の中から声がした。夢のときと同じ声だ。狐の名前は『ツネ』というのか。
「すず様、ここにおります。晋介様と今話をしている最中です。大丈夫ですよ、苦しみが癒えるのも時間の問題ですから」
「そうですか、ありがたいことです。これで、晋介様と添い遂げられるのですね」
添い遂げられるって今言わなかったか。
「おい、ちょっとそれはどういうことだ」
手に持っていた手鏡を覗くとうっすらと女性の顔が浮かんでいた。やはりこの顔は夢で見た女性だ。
「狐、嘘つき」
アキの一言に、狐のツネは苦笑いを浮かべて頭を掻いた。
「そうだ、そうだ、この化け狐め。おいらの遊び相手を黄泉へ連れて行こうって腹積もりだろう」
トキヒズミの遊び相手という言葉には引っ掛かるが、一応心配してくれているのだろう。
「ああ、晋介様。お久しぶりです。夢にお邪魔してしまい申し訳ないことをしました。ですが、あれがわたくしの本心でござます。どうか、この手鏡のひび割れを直して一緒に逝きましょう」
「いや、それは出来ない相談だ。その前に俺は晋介ではなく、彰俊です。人違いです」
「嘘です。そんなはずは……」
すずは手鏡の中で涙を零していた。どうしたものか。
「嘘、ダメ。黄泉行く、ダメ。命、大事、大切」
アキが口を尖らせて手鏡の女性を睨み付けている。
「化け猫、すず様に手出ししたら許さぬぞ」
「待て、待て。きちんと話し合いをだな」
彰俊はアキとツネの間に割って入った。今にも取っ組み合いの喧嘩になりそうなバチバチとした睨み合いだった。
「彰俊、守る。命、守る」
「アキ、わかったから。もうちょっと冷静になってくれ」
アキの真剣な表情に気圧される。アキの過去に何があったのか知らないが、どうにも命に関わることになるとアキは豹変するようだ。
「そこにいるアキとやら。わたくしが悪かった。わたくしもわかっている。晋介様がこの時代にいるはずもない。この者たちの絆は強いようだ。ツネもうよい、戯れは終わりにするとしましょう」
「ですが、それでは」
「ツネ、くどい。よいといったらよいのだ」
「はい、すず様」
「命、大事。命奪う、ダメ。弄ぶ、ダメ」
アキはまだ怒りが収まらないようだ。
「アキ、そうだよな。命は大切だよな。すずもツネも反省しているようだから、許してやってくれないか」
アキは膨れっ面をしているが、チラッと目を向けてきて頷いた。渋々という感じだが、無謀な真似はしないだろう。
「嵐は過ぎ去ったか。もう大丈夫なのか。阿呆のぶつかり合いは、回避されたか」
トキヒズミが隣の部屋から顔だけ覗かせて、様子を窺っている。すかさず、アキは睨み付けてトキヒズミを蹴り飛ばした。トキヒズミの呻きがこだまする。まったく余計なこと言わなきゃいいのに。
「アキとやら、すまない。我もすず様をお守りする役目を仰せつかっているゆえ、悲しみを癒してやりたいと思っている。だからと言って、命を奪うことは違うことだ。すまなかった」
「もういい。許す」
彰俊はホッと胸を撫で下ろして、息を吐き出した。
「いやいやいや、あたいは許さない」
「待て、待て。アキコ。ややこしくするな」
殴り飛ばそうとする勢いでツネへとズンズン進むアキコを彰俊は引き止める。丸く収まりそうだったのにまったく仕方がない奴だ。
「んっ、アキコとは。アキではないのか」
「ええ、まあ、こいつは二重人格なもので」
「なるほど」
「なにがなるほどよ。あたいはね。彰俊を誑かす奴は許せないの」
「それはすまなかった。この者が晋介殿に瓜二つだと聞き及び、すず様の心に癒しをと思ってのことだ。主の苦しみをどうにか取り除いてやりたいと思う気持ちをわかってくれ。だが間違いは間違いだな。ちと暴走してしまった。本当に申し訳ない」
ツネは頭を下げて謝辞を述べた。
「いや、いいんだ。黄泉へ連れて行くなどともう言わないだろう」
「はい」
返事をしたのはツネではなく、手鏡のすずだった。
「ところで、このひび割れは直すべきだよな」
彰俊は膨れっ面をしているアキコと隣の部屋から様子を窺っているトキヒズミに問い掛けた。
「ふん、あたいは知らない」
「アキコ、それはないだろう」
「もう彰俊はお人好し過ぎ。命を奪われそうになったのよ」
「わかっている。けどさ」
「ああ、もうわかったわよ。彰俊の好きにすればいいわ」
トキヒズミはニヤリと笑みを浮かべて「おいらはおたんこなすに任せる」とだけ呟いた。
誰がおたんこなすだ。意味はよくわからないけど絶対に悪い意味だろう。
ツネがニヤついた顔でこっちをみつめていた。
彰俊は咳払いをひとつして「とにかくその手鏡は直そう」とツネと目を合せた。
ツネは頷き、「このひび割れが直るのであれば、いつでも晋介様のお姿をすず様は見ることが出来るようになります。この手鏡は見たいものを映すことが出来る鏡なのですから」と口にした。
なるほど、それは凄い。
手鏡を直そうと言ったものの、こういうのって職人に頼めばいいのだろうか。けど、それで不思議な力も復活するとは思えない。
「よろしくお願いいたします」
すずのか細い声が手鏡から漏れる。
「ああ、そのなんだ。どうにかしよう」
策もないのに安請け合いしてしまった。どうすればいいのやら。
0
あなたにおすすめの小説
パクチーの王様 ~俺の弟と結婚しろと突然言われて、苦手なパクチー専門店で働いています~
菱沼あゆ
キャラ文芸
クリスマスイブの夜。
幼なじみの圭太に告白された直後にフラれるという奇異な体験をした芽以(めい)。
「家の都合で、お前とは結婚できなくなった。
だから、お前、俺の弟と結婚しろ」
え?
すみません。
もう一度言ってください。
圭太は今まで待たせた詫びに、自分の弟、逸人(はやと)と結婚しろと言う。
いや、全然待ってなかったんですけど……。
しかも、圭太以上にMr.パーフェクトな逸人は、突然、会社を辞め、パクチー専門店を開いているという。
ま、待ってくださいっ。
私、パクチーも貴方の弟さんも苦手なんですけどーっ。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
後宮の手かざし皇后〜盲目のお飾り皇后が持つ波動の力〜
二位関りをん
キャラ文芸
龍の国の若き皇帝・浩明に5大名家の娘である美華が皇后として嫁いできた。しかし美華は病により目が見えなくなっていた。
そんな美華を冷たくあしらう浩明。婚儀の夜、美華の目の前で彼女付きの女官が心臓発作に倒れてしまう。
その時。美華は慌てること無く駆け寄り、女官に手をかざすと女官は元気になる。
どうも美華には不思議な力があるようで…?
行き遅れた私は、今日も幼なじみの皇帝を足蹴にする
九條葉月
キャラ文芸
「皇帝になったら、迎えに来る」幼なじみとのそんな約束を律儀に守っているうちに結婚適齢期を逃してしまった私。彼は無事皇帝になったみたいだけど、五年経っても迎えに来てくれる様子はない。今度会ったらぶん殴ろうと思う。皇帝陛下に会う機会なんてそうないだろうけど。嘆いていてもしょうがないので結婚はすっぱり諦めて、“神仙術士”として生きていくことに決めました。……だというのに。皇帝陛下。今さら私の前に現れて、一体何のご用ですか?
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる