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第四話「鏡に映る翡翠色の瞳」
わけのわからない女性と狐
しおりを挟む「晋介様、晋介様。どうか目を開けてくださいまし」
すすり泣く女性の声に彰俊は目を覚ました。
ここは、いったいどこだろう。この女性は誰だろう。あの世からの迎えの者だろうか。
「お気づきになられたのですね、晋介様」
お気づきもなにも、この女性はいったい何を言っているのだろう。
彰俊は首を傾げて「あの、俺は彰俊ですけど」とだけ呟いた。
女性はかぶりを振り、「いいえ、あなた様は晋介様です。わたくしの夫となるべき方なのです。おそらく頭を打たれて記憶が錯綜されているのでしょう」と涙を零した。
そうなのだろうか。
彰俊は考えを巡らせたがすぐに違うと答えを出した。それはそうと、ここはやけに冷える。凍えてしまうくらい寒い。良く見れば、水の中に身体が浸かっていた。どうやら池のようだ。まずい、このままだと凍死してしまう。うっすらと氷も張っているじゃないか。早くここから出なければ。なんとなく草木と水の匂いがする。ぽちゃんぽちゃんと水音もする。
どうして、こんなところに。
彰俊の脳裏に滝が浮かび、ハッとする。落ちて、ここに。
いつの間にか五感も取り戻せたようだ。だが命の危険は変わりない。ここから早く上がらなくては。
「行ってはならぬ。いいからそのままそこにいろ。お嬢様の気が済むまでそこにいろ」
誰だ。
いつの間に来たのかすぐ脇に狐が一匹睨み付けるようにして座っていた。反対側にはすすり泣く女性が「晋介様」と呼び続けている。
この展開はなんだというんだ。このままいたら命の危険が。それでもいろというのか。
「大丈夫だ。死にはしない。そのまま言うことを聞いていればいい」
彰俊は疑いの目を狐に向けたが、翡翠色の瞳で鋭い視線を送ってくる狐に逆らうことが出来ずに従うことにした。狐はゆさゆさと尻尾を振っている。あれ、尻尾がたくさんあるように見えるけど。目の錯覚じゃない。一、二、三、四……。九本、尻尾があった。それって、九尾の狐ってことか。
おいおい、これはまずい。やはり俺はこのまま死ぬんじゃないのか。凍え死ぬ前に、この九尾の狐に魂を奪われてしまうじゃないのか。ならば、女性は何者だ。悪霊か。
ダメだ、死への道が敷かれてしまっている。この最悪な事態を回避する術はないのだろうか。アキとトキヒズミがいてくれたら、違った展開になるかもしれないのに。いや、こういうときこそアキコの出番だ。あいつならどうにかしてくれそうだ。
ダメか。気配は感じられない。
「晋介様、何をそんなに嘆いているのです。わたくしが傍におります。大丈夫です。一緒に黄泉の国へ旅立つだけですから」
彰俊は頭を抱えた。
やっぱり死ぬのか……。狐は嘘つきだ。
「お嬢様に従えば何の問題もない。だが、もし逃げようなどと少しでも思うのなら、我が許さぬからな」
右を見遣れば、すすり泣く女性が翡翠色の瞳を向けて手をとり黄泉へと連れて行こうとする。左を見遣れば、これまた翡翠色の瞳で睨み鋭い牙をみせつけてくる九尾の狐がいる。どっちにしろ、死は免れないということか。ならば女性とともに行こう。九尾の狐よりはいいだろう。どうにでもなれ。
女性の手を取り徐々に浮き上がっていく。このまま黄泉へ誘われてしまうのだ。そう諦めかけたとき、どこからか光が差し込んできた。淡く黄金色に輝く光が空から地上へと差し込んできた。月明かりだろうか。その光は水面に反射して輝きを増していった。丸い池全体に光が広がっていく。まるで地上に大きな満月が浮かび上がっているような不思議な光景に映った。
眩しくて手を翳して眇め見る。
なんだろう、胸の奥に広がるこの違和感は。あれは池のはずだ、でも……。そうか、鏡だ。鏡に見える。鏡に映る満月みたいだ。不思議だ。神秘的だ。
あれ、女性の姿がない。手を繋いでいた感触は残っているのに、どこにもいない。
再び下の鏡のような池へ目を向けハッとなる。
女性が鏡のような池に映り込んでいた。しかも九尾の狐も女性に寄り添うようにして座り込んでいた。つい見入ってしまう。心が奪われそうになる。
そんな風景に見惚れていたら、突然耳を劈くような音に心臓が跳ね上がった。
池が、ひび割れていく。耳障りな音とたててひび割れていく。そんなことって。そうか池に張った氷が割れたに違いない。そのひび割れのせいなのか、さっきまで映り込んでいた女性と狐の姿は掻き消されてしまった。
ただ、すすり泣く声だけが耳に残った。
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