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Ride or Die
7・影
しおりを挟む梅雨入り間近のわずかな晴れ間を狙い、良太と榊は地蔵地区まで来ていた。
地蔵地区は農業、林業、畜産や酪農などの一次産業の発展に力を入れている。主要駅を有する獄烙町を抜けると水田や果樹園が多く、有形文化財の古民家や古刹も少なくない。長閑な田園風景を過ぎれば森林や渓流、高原などの景勝地もある。
「なんだかんだで車を買ってから、こっちに来たことなかったからな」
榊はドライブを楽しみ、良太は助手席だ。
風力発電の白い風車の立ち並ぶ高原をまわり、渓谷沿いの景色を眺めながら悠々と車を走らせる。
半分開けた車窓からは、植物の香気を含んだ爽やかな風が流れ込む。心地良さそうに大きく息を吸い込む榊の横顔を、良太は忽然として眺めていた。
心を埋め尽くす愛おしさが溢れると、どうしても安易に性欲に結びついてしまう。キスしたい、触りたい、抱きたい、と肉体的な欲求が押し寄せては、
身体だけが目的じゃねえし!
と自己叱咤する。少しでも欲求と焦りを落ち着けようとドリンクホルダーからアイスコーヒーを取り上げて飲み干すが、ほとんど氷が溶けてコーヒー風味の水みたいになっていた。
この先の道の駅に寄ることになり、良太はそこで運転を代わりますと申し出、榊は快くこれを承諾した。
県道沿いにある〔道の駅 ろくどう〕は駐車場、観光案内所や産直、飲食店をはじめとして、トイレや公園、ドッグランなどの設備が充実している。キャンプ場やアスレチックまでも隣接していた。
売店に程近い場所に車を停めると、榊は良太のほうに身を乗り出し素早く接吻する。そうして平然と、
「物欲しそうに見てたから、してみた」
と言って何事もなかったかのように車を降りたのだった。慌てて後を追う良太が助手席を出たところで施錠し、店に向かった。
駐車場近くのベンチに座り、ご当地ソフトを食べながら観光案内の地図を膝の上に広げる。
「この後どこ行きます?」
「隣のキャンプ場に行ってみるか」
「大学生のときキャンプとか山登りしてたんですよね」
「そんなに本格的じゃなかったけどな」
初心者レベルだよと言いつつ、榊は持ち手のコーンに垂れる溶けたアイスを舐めた。その所作に蠱惑的な色気を感じてしまった良太は、慌てて視線を逸らし平常心の保持に努める。
「あ、あのっ、いつか一緒にキャンプしたいです」
「そうだなあ、まずはデイから始めるか」
「デイ?」
「日帰りのこと。次の休みに天気良かったらやってみようか」
「いいですね!」
「決まりだな」
すっかり乗り気な二人はますます距離を近くした。
良太と榊が仲睦まじくしていたところへ、声をかけてきた者があった。
「なんだお前ら、来てたのか」
そこには獄烙町青年団の副団長である男ケ田銃蔵と、彼の後輩で熊谷という男がいた。ここは彼らの縄張りだ、偶然出会っても不思議はない。
良太は反射的に背筋を正す。良太にとって男ケ田は連合の大先輩でもあるし、いざとなったら邪魔者── Ω ──の抹殺と処理を依頼するつもりでもあるから、ナメた態度をとるわけにはいかない。
榊は良太に比べれば青年団の人々とは知った仲であるから、気楽なものである。
「猟友会ですか」
と榊が訊くのに男ケ田は首を振る。
「見回りだ、例の別荘地のな」
「何か動きは」
「最近になって雪城ナンバーの車両が出入りし始めた」
「教会の信者ですかね?」
「わからんが、どうも何かの業者のようだ。別荘の中に機材のようなものを運び込んでいると、見張りから報告があった」
ここ地蔵地区にある生離野山の別荘地には、〔楽園のきずな教会〕という新興宗教団体の保養所がある。信者たちによる集団野外性交などの破廉恥行為で、周囲の別荘の持ち主などから苦情が出て問題になっているのだ。
また教会の教義によれば、「男性型αはアダムでΩはイヴ」なのだという。この教えに従い、発情したΩを男性型αに嗾けて無理やり番契約させる活動もしていることから、花園、月輪、鳥居、地蔵の四地区連合では警戒と監視を続けている。
「お前ら、ちょっと面白いものを見せてやろう。おい熊谷」
名を呼ばれた眉の濃い青年は、すぐそばに停められたワゴン車のスライドドアを開けた。キャリーケースから何やら小さな瓶を取り出し、次いで車内に、
「フジ」
と呼びかける。すると一匹の大きな和犬が出てきた。赤毛の短毛、三角形の耳、つぶらな目に凛々しい顔立ち、上向きに巻く太い尻尾。
犬はリードを引いた熊谷に連れられ、良太たちの前できちんと「おすわり」をして見せた。
「血統書はついとりませんが、秋田犬です」
猟犬にするつもりで飼い始めたが性格がおっとりしすぎて向いていない、と熊谷はそう言いながら犬の頭を撫でる。
「おとなしすぎるフジだが、こいつは頭がいい」
男ケ田は熊谷からニつの小瓶を受け取った。それぞれ白と赤のラベルが貼ってあり、中には布切れが一枚ずつはいっている。
「俺らβにΩのフェロモンを感知する能力はないが、犬ならどうかと思ってな」
Ωと聞いた途端に良太の顔が強張った。
「海外ではすでに犬を使ってΩが発情期か否かを判断している所もあるというから、ものは試しだ」
フジは麻薬捜査犬ならぬ、発情Ω捜査犬なのだという。
「Ωのフェロモンを感知、分析する機械は大型でしかも高額だからな。その点犬なら移動も容易だし、何よりかかるのは手間と餌代ぐらいなもんだ」
榊は昔、〔氷川グランネスト〕でトンネルのような〔白幻〕への入り口ゲートを見たことがある。その中に入ったことはないが、確かに造りの大きな機械であった。短時間でΩフェロモンを分析するにはあれくらいの大きさが必要になるのだろう。
「発情期のΩってのは、番をつくるために種類の異なるフェロモンを振り撒く」
当然お前は識ってるな?と口には出さないが、男ケ田は視線で榊に問うた。
「揮発性のある性誘引フェロモンと、交接フェロモンですね。番になる条件にはもう一つ、項から分泌される契約フェロモンも必要ですが、こちらは不揮発性です」
「前者二つは誘惑と性交とも呼ぶがな」
男ケ田はそれぞれの瓶を差して説明する。
「白には通常状態のΩの、赤色には発情期のΩの体臭を染み込ませた布が入っている」
「同一人物のものでしょうか」
「いや、残念ながら違う。できれば同じΩからサンプルを採取したいところだが、そう都合よくはいかん。ま、今はまだフジの訓練も試験段階だ」
ここで良太が心配そうに、
「犬って人間のフェロモン嗅いで大丈夫なんすか?」
と尋ねる。
「犬に人のフェロモンは効かん。ただ体臭を嗅ぎ分けられるというだけだ」
この男ケ田の答えに榊が補足する。
「Ωの身体から分泌される化学物質も動物にとってはただの臭いとして認識されるだけから、フジは発情したりはしない。逆に動物のフェロモンを人間が嗅いでも何ともない」
諸説あるが、と男ケ田が付け加える。
「犬がΩの発情状態を把握するために嗅ぎ分けている臭いは、主に性交フェロモンの方だといわれている。Ωは常に少量の誘惑フェロモンを出してαの気を引いているそうだからな。発情しているかどうかは性交フェロモンで判断するということだ」
では実演してみよう、と男ケ田は榊に小瓶を一つ渡し、隣のベンチに腰掛けた。
「念のためラベルを手で覆って、フジから見えないようにしろ。俺が三つ数えたら蓋を外して動くな」
「分かりました」
フジを伴い、熊谷がいったんベンチの前から離れる。
一、二、三、で同時に小瓶の蓋が開けられた。良太は瓶の蓋が開放されたことに脅威を感じて、ベンチの端っこに移動する。
まずフジは榊の方へ導かれた。瓶に鼻を近付け臭いを嗅ぐ。
次に男ケ田の方へ行き、同じように手の中の小瓶を嗅いだフジはその場に座って熊谷を見上げる。あたかも「これだよ」と言いたげな仕草だった。
榊の方は白。
そして男ケ田の方は、赤だった。
フジは見事にΩのフェロモンを嗅ぎ分けることができたのだ。
「秋田犬は使役のために交配と改良がされていない犬種なんだが、フジはざっとこんなもんだ」
訓練をしたのは男ケ田なのだろう、犬にも増して得意気だ。
「本当にΩのフェロモンか確かめてみるか?αの桧村なら分かるだろう」
ほれ、と男ケ田が瓶の口を差し向けて来るので、
「やめてください!マジでほんと勘弁して嫌アアアア!」
と良太は走って逃げる。追う男ケ田。
榊と熊谷はフジにご褒美のおやつを与えながら、
「あいつら小坊かよ」
と呆れつつ、たっぷりと犬を撫でて可愛がったのだった。
良太と榊が花園地区の賀萼町にあるアパート、〔コーポ館花〕に帰って来たのは午後十七時頃だった。
ソファの肘掛けにクッションを挟んで背を預けた榊は、アウトドア雑誌を読んでいるふりをしながらスマホを操作する。良太のいる台所側からは死角になっていて見えない。
着信履歴に目を通せば、「池占」の文字が簾のように画面を覆い尽くしていた。覚悟はしていたものの、暗澹たる気持ちになる。Ωの弟、池占辰需は毎日こうして電話をかけてくるのだ。まるで薬物やギャンブルへの精神依存のように。
池占が榊に向けるのは、弟として兄を慕う家族間の愛情ではない。一個体のΩとして雄を求める劣情だ。
履歴の時間から察するに湖遥が端末を管理してはいるようだが、それでも危惧の念を抱かずにはいられない。
榊は顔を上げて夕食の準備をする良太を見る。
艶のある真っ黒い髪と瞳、男らしい精悍な顔立ち、広い肩幅、厚い胸板、逞しい体つきの美丈夫。良太はまさしく男性型αそのものだ。
再度、スマホの画面に目を落とす。
池占──彼は色んな意味で純粋な男性型のΩである。雪のような毛髪と深い黒緑の目は神秘的で、小さな手指や足は見る者によっては庇護欲をそそるものだろう。Ω特有のしっかりとした体幹に肉付けされた首や胴体は、αの滾りを受け止めるに足る強靭さを持っている。
さらにこの数多の着信履歴が証拠の、強い執念。
Ωを性愛の対象とする人間ならば、この熱意をさぞかし喜ぶに違いない。けれど、榊は違う。池占がいくら情熱と性欲を向けてきても、自分はそれを受け入れることはないと確信している。フェロモンも効かないから尚更だ。
では何者がΩを受け止め、依存させておくことができるのかといえば、本能で分かり合えるαしかない。
Ωの依存とαの執着は相性がいいのだ。彼らは互いの隙間を埋める継手細工のように噛み合って、心身ともに〔番〕の形に収まる。
良太にもこの世のどこかに、そういう相手がいるんだな。
それが確実に、βの自分ではなくΩであることを榊は承知している。なのにΩが良太に近付かないように願っているし、あまつさえ近縁にΩがいることを隠していた。罪悪感を抱えつつも何故そうするのかといえば、怖いからとしか言いようがない。
弟が良太にとっての本物で、自分は代替品なんじゃないか。
私が好かれているのは、榊龍時が池占辰需の影だから。
影を追いかけたその先で、本体に出会ったとしたら──
βはもう用済みか。
後ろ向きな予想ばかりが湧いて出る。しかしその「もしも」は、実現したならαとΩにとって幸せなことなのだ。榊は良太のα性を否定していないし、Ωの池占も番を得れば兄への欲情も落ち着くだろう。
良太がΩと番になったら潔く身を引く、その意志は変わらない。
だが別れた後で、夫婦雛のような姿を見せつけられたり、惚気話を聞かされたりするのはまっぴら御免だった。とはいえ、晴れて番となった彼らの出方によっては、引いた身の置きどころがなかなか難しい。御磨花市に住んでいれば良太を含む人間関係の集まりもそれなりにあるし、池占に呼び出されれば「お兄様」にならなくてはいけない。
スマホをスリープにして雑誌の写真を眺める。水辺のアクティビティ特集として東北地方の湖が載っていた。そこは大学の時に一度、サークルの仲間と行ったことがある場所だ。
彼らが番ったら傷心旅行でもしようかな、と榊は暫し空想に耽った。
夕食を作りながら、良太は時おり榊の様子を窺う。
雑誌見てるふりしてるけどスマホ見てるな、と良太には分かる。なんなら「弟さん」の着信履歴を確認しているのだということも勘付いていた。
兄弟が啀み合わず仲良くしているのは善いこと、のはずなのだが、榊の表情は不安気に曇っている。
遺産相続の件で池占と対面してからというもの、榊は先方に随分と気に入られたらしい。それ以来、会食に招かれたり電話で話したりといった付き合いをしているとは聞いていた。確かに今までに何度か、位置情報共有アプリが榊の居場所を雪城地区の〔ホテル白峰荘〕に示していたことを、良太は把握している。
聞けば「弟さん」こと池占はかなり特殊な環境で生まれ育ったこともあり、少し常識に欠けるところがあるという。
迷惑ならフェードアウトするわけにはいかないのだろうか。と思う良太の頭の中で、麗子を悩ませるしつこいΩと、榊を曇らせる池占の存在が重なる。
まさか両方ともΩなんてことは──
あり得ないと否定しつつも、仮にそうだとしたら是非とも「弟さん」とは縁を切ってもらいたい。実に身勝手な願いではあるけれど。
榊と繋がりのある自分をΩが嗅ぎつけたら、なんて想像すると良太は恐ろしくて堪らない。なんせ麗子曰く、
『Ωにとってあんたは運命のαじゃなくても番にしたくなる男』
とのことだから、警戒するに越したことはないのだ。
いくら恋人の親族でもΩに好意を持つことは出来ない。ましてやフェロモンを使って無理やり番にさせられたとしたら、赦すわけにはいかない。順当にΩの駆除を依頼するまでだ。
考え事をしていたせいで、フライパン中の肉が焦げ始める。慌てて中身を皿に移した。出来がいいのは榊の方へ、焼きすぎたのは自分の方へ。
テーブルの上に料理を並べ、できましたよ、と夕餉の支度が整ったことを榊に知らせたのだった。
和やかな食卓を囲んだ後。
良太は榊の待つソファの前、ローテーブルに晩酌セットを並べながら、
「これ買ってもらったんですよ」
と小洒落た化粧箱入りの白ワインを取り出して見せた。
黒い漆塗のワインカップが二つと、ノンアルコールのカクテルもある。つまみにはドライフルーツを用意した。
日中〔道の駅 ろくどう〕で良太の逃げ惑う姿にたいへん気を良くした男ケ田は、あのあと売店で地元産の白ワインを一本買ってくれたのだ。楽しませてくれたご褒美というわけだ。
蔦模様の蒔絵が入った酒器に目を止めた榊は、
「これも男ケ田さんが?」
と尋ねる。
「これは俺が」
買ったやつです、と良太はやや恥ずかしそうにした。
酒に弱い榊の部屋にワイングラスがないことを知っていた良太は、土産屋であからさまに「ペアカップでございます」と言わんばかりに陳列されていたこの器を買ったのだ。ちなみにドライフルーツとソフトドリンクもそこで購入。
「今日は地蔵まみれだな」
「無理しなくていいっすよ。ノンアルもありますんで」
「明日も休みだから私も少し飲みたい」
外では滅多に酒を口にしない榊であったが、近頃は良太の前でのみ酔態を晒すようになっていた。
若菜色の酒瓶を傾けてワインを注ぎ、乾杯をして他愛もない会話を楽しむ。
「男ケ田さん恐かったっすよ、しかも足速いし、忍者かよ」
「まあなあ、あの人らはまだ現役だから、体が鈍ってないんだろうな」
二人とも花園高校の定時制を卒業した時点で四地区の連合を引退したことにはなっているが、まだ現役世代との付き合いはある。つい先月も「発情Ω投下事件」の会合で顔を合わせたばかりなものだから、いまいち引退の感覚は薄い。
「嫌われてんすかね、俺」
「逆、逆。男ケ田さんは気に入った若い者にちょっかいかけるのが好きでやってる」
特に正直で狡さのない奴にな、と榊は何故か嬉しそうにした。
「もーそれ酷くないっすか」
良太は困ったようなリアクションを取ってみる。胸中では、万が一Ω殺しを依頼するとなれば気に入られてた方が好都合だな、と冷静に損得を勘定していた。
酒瓶の中身もあと僅かというところまできた。
榊はアルコールに弱いため最初の一杯以降はソフトドリンクに切り替えていたので、ワインは殆ど良太が消費していたことになる。それでも酔い潰れたりなどせず、
「いま咲が実家に帰ってきてて」
彼氏と喧嘩したとかで、と不満げに言う。
咲、とは良太の妹だ。彼女は鳥居地区にある大型ショッピングモール内のテナントに勤務している。職場近くのアパートを借りて彼氏と同棲中だったのだが、数日前に実家に帰ってきた。
「なんか味噌汁の蜆を食うか食わないかが原因で、キレて出てきたらしいです」
ここで良太ははっとして、真剣な眼差しで尋いた。
「榊さんは蜆、食べるほうですか」
「食うよ」
「ですよね!ウチもです、よかったー」
すっかり気をよくした良太は、
「あいつ、俺のこと邪魔だとか嵩張るとか言うんすよ」
足とか蹴ってくる、と愚痴をこぼす。
妹のことをあれこれ話題にする良太であったが、兄の恋人である榊に興味を持ち、会ってみたがっていることは伏せた。榊の元々の恋愛対象は女性であって自分はあくまでも例外中の例外、特別扱いなのだということをよく知っている。
だがいくら特別とはいえ、榊も男だ。会えば意外とあのじゃじゃ馬を気に入り、やっぱり男同士で交際するのはしっくりこない、などと見限られる可能性もある。
普通に考えればΩフェロモンの影響を受けないβの、しかも女性の方がいいに決まってる。良太にとってβの女性というのはそれくらい非の打ち所のない存在であり、榊に相応な人間だった。
榊さんがもし咲を選んだら──
妹の影でいいから、側に置いてもらえないかな。
例え彼らが恋仲になっても、離別する選択肢は良太には無い。
「まだ物欲しそうな表情してるな?」
酒瓶を取った榊は底に溜まった一口分をカップに注がず口に含み、良太の唇を奪って流し込む。飲み込めなかった葡萄酒が互いの顎を伝い、衣服の首周りを濡らした。
「赤ワインじゃなくてよかったな」
と榊は笑う。むしろ赤じゃないからこんな悪戯をしたのだ。
「お返し」
良太もまた漆器に残っていた分を同じようにして与えた。芳醇な酒精の中で存分に舌を踊らせれば、微温い液体が榊の唇から溢れ、首筋を通って胸から腹に達する。
「あーあ、もったいない」
息を弾ませてソファの背もたれに身を預ける榊は、いいほろ酔い加減で上機嫌、その上ワインで味付けされて。こんなに美味そうな御馳走を、そのままにしておく良太ではない。
大人しい御馳走の上着を剥けば、酒と香水と仄かな肌の匂いがたちのぼる。
「いただきます」
良太は銀のナイフのように目をぎらつかせながら、行儀よく呟く。
榊はドライフルーツの中から林檎の欠片をつまんで口の中に放り込み、
「召し上がれ」
と腕を差し伸べた。
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