FIGHT AGAINST FATE !

薄荷雨

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short story ※時系列バラバラです

ヤバいよ榊先生②

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 県内有数の不良高、花園高校の放課後。
 保健室にはいつものようにだらだらと時間を潰している養護教諭、竹之内の姿があった。
 竹之内は気楽な一人暮らしであったし、帰宅後の楽しみといえば発泡酒と、移動販売で買う焼き鳥ぐらいなものだから急いで帰る必要もない。そして何より、生徒達にある時間帯というのはたいてい放課後なのだということを、花園高校勤務の四年間ですっかり学んでいた。
 職員室前の廊下をこちらに向かって駆けてくる数人の足音がする。トラブルの気配だ。
「竹ちゃん!」
 息せき切った生徒達が保健室に転がり込んで来た。竹之内は生徒達からは「竹ちゃん」と呼ばれていた。
 いずれも着崩した学ラン、派手なシャツ、首に掛けたネックレスだか何だかよくわからない鎖、髪色は赤と金が揃っておめでたい。そんないかにも不良然とした数人の生徒が、息継ぎの間に喧嘩だナイフだ血が出たと口々に言う。

 そらきた、まーた喧嘩だよ。
 ていうか今回はナイフ持ってんの?
 つくづくどうなってんの、この高校。

 彼らの話の要点をまとめると、どうやら体育館で喧嘩があり、内一人がナイフで相手を切りつけたということらしい。負傷者もいるようだ。
 男性型αらしく体格の良い竹之内は、そのヒグマのようなガタイと腕力から頼りにされ、こうした校内のいざこざの鎮め役を任されることが多い。本人は至って平和的な人間なのだが、この風貌で凄めば大抵の相手は大人しくなるので尚更だ。

 あーあ、嫌だなぁ。
 見た目こんなんだけど俺、喧嘩なんてしたことないのに。
 いちおう何か対抗できそうな道具でも持ってくか。
 
 竹之内は、なぜか配属当初から保健室にあったゴルフクラブを手に体育館へと向かった。これで刃物を叩き落すことぐらいはできるだろう。
 赤い髪色の生徒が先頭を走り早く早くと急かすが、あいにく竹之内は足が遅かった。純然たるパワータイプなのだ。スピードはない。

 ようやく体育館に到着した竹之内が目にしたものは、問題の生徒が誰かに右腕を捻りあげられ、床に押さえつけられている光景だった。刃物は床に落ちている。
 一体誰が生徒を無力化していたかといえば──

 あれ榊先生!?嘘でしょ!
 
 見た感じ荒っぽいこととは縁のなさそうな青年、榊龍時が不良を押さえていたのだ。
 榊は竹之内に気付き、
「すみません、桂木くんの手当てをお願いします!」
 と頼んだ。そう、負傷した生徒がいるのだ。
 竹之内はすぐさま左腕を切られた桂木という生徒を保健室へ連れて行く。
 幸いその生徒は左の前腕を浅く切られただけで済んでいた。とはいえ怪我は怪我だ。明日も保健室に来るようにきつめに言いつけた。さてこれから保護者やら担任やらに連絡しなければならない。そんなことをしてもだいたい、ああそうですか、で済まされてしまうのだが。恐るべし不良の巣窟、花園高校。死ぬこと以外はかすり傷。
 手当をし終わり桂木という生徒が仲間と共に帰った頃、榊が保健室にやってきた。
「竹之内先生、桂木君の怪我どうでした?」
「傷は浅いし神経にも影響ないようでしたから、なあに、大丈夫でしょう。αの若いもんは傷の治りは早いですからな」
 先程の桂木かつらぎという生徒はαなのだ。ちなみにナイフを使った方の生徒、こちらもαで、名前が葛城かつらぎだった。α同士の「かつらぎ戦争」だったのである。ややこしい。
「いやあ、それにしても驚きましたよ。俺なんかナイフを持っているのが子供相手とはいえびびっちゃいまして。榊先生は護身術の心得がおありなんで?」
「以前ここにいた時に合気道というか逮捕術というか、色々と教えてもらいまして」
「ここに?」
「はい、私、この高校の定時制の生徒だったんですよ」
「そ、そうですか、へぇ~」
 地元出身ではないものの、不良の溜まり場花園高校には全日制と定時制があり、定時の方が数段ヤバいとの噂は聞いたことがある竹之内だった。

 ええー、榊先生って元ヤンキーかよ。
 しかも定時?定時って言ったよなさっき。
 花園の定時っていえば……
 レモンなんとかっていう500人から居るレディースの総長がいるとか。
 人身売買してた海外マフィアを壊滅させたとか。
 鳥居地区の神社を全部燃やしたとか。
 月輪地区の工場を爆破したとか。
 地蔵地区の殺し屋と銃撃戦したとか。
 とにかくヤバい噂しか聞いたことがない。
 いやでも、噂なんて大抵は面白おかしく大袈裟に語られるもんだし。
 定時出身だからって榊先生がそんなこと……

 竹之内は思い切って噂の件を聞いてみることにした。軽い感じで。
「ここの定時っていえば色んな噂がありますよね」
「そうなんですか?」
「たとえば500人の女性の不良チームの総長がいるとか」
「ああ、それは多分檸檬姐弩レモネードのことでしょう。実際の人数は、私が定時だった時で100人くらいでしたよ。500人は盛りすぎです。今は50人くらいだそうです」
「そ、そうなんですか。人身売買してた海外マフィアを壊滅させたとかも、聞いたことありますね」
「女性や子供、つがいのいない若いΩを攫って売り飛ばしていた組織は確かにありましたが、海外マフィアじゃなかったですね。おそらく、奴らの取引先だった海外シンジゲートと情報が混ざっているんでしょう」
「ああー、そ、そうなんですか……。鳥居地区の神社を全部燃やしたとかも……」
「全部ではないですね。花園と鳥居の仲が険悪だった時に、向こうの溜まり場だった神社でやり合った時だったんですけど、ドラム缶に焚いてた火が社に燃え移ったんですよね。でも今は協定結んでるし、連合も組んだし仲良いんですよ。御神体が無事で良かったです」
「月輪地区の工場爆破とかは……」
「当時流行ってた違法薬物を月輪地区の廃工場で作ってた奴らがいたんですけど、そいつらを襲撃した際に火災が発生しまして。その時のことだと思います。結構派手に火と煙は出ましたけど、爆発はありませんでしたよ」
「地蔵地区の殺し屋と銃撃戦」
「いやあ、銃撃戦とかできませんよ。だって銃、持ってないし。地蔵の人達は猟友会がライフルを所持してますからね、殺し屋って彼らのことかな?いくら喧嘩が強くても銃には勝てませんから、地蔵地区の人達は怒らせるなって昔から言われてます。でも味方だと心強いですよ、ライフル持ってるから」
 噂が大袈裟であったことはわかったが、真実の方もなかなかヤバいということがわかってしまった。ヤバいことを知っている榊もまたヤバい人間に違いない。
 榊先生だけは怒らせないでおこう、そう心に誓う竹之内だった。







 
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