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アルティナ
第二話
しおりを挟む仕事のできる秘書官の尽力があったのか、こうしてアルティナの婚約者はアルディモアの公爵家の長男であるギディオン・ファーニヴァルに決まった。ファーニヴァル家は王族を祖とする公爵家で身分的にも問題はない。彼は長男だったが家督は弟が継ぐことになり、彼自身は辺境の広大な領地を与えられ、辺境伯を名乗ることとなった。
それが三年前のことだ。
アルティナは去年ギディオンと結婚し、アルティナ・ファーニヴァル辺境伯夫人になった。聖女として国のために祈ったり人々のケガや病気を治したりしながら辺境伯夫人としても仕事をこなしている。幸い、彼女は頭もよく、慣れない貴族の生活も仕事をすぐに覚えられた。
「まあ、辺境伯夫妻よ」
「いつも素敵ねぇ」
うっとりとした声が、煌びやかな会場の空気をたっぷりと含んでアルティナの鼓膜を震わせた。こうして社交の場――今はシーズン中なので、王都にある貴族のタウンハウスでは連日のように夜会が開かれていた――に夫婦で出ると、アルティナと夫のギディオンは羨望の眼差しを向けられる。
アルティナが思っていた以上に人間の国は政略結婚が多く、もちろん夫婦になってから想いを寄せあう者たちも多かったがそれ以外は仮面夫婦、あるいはそこまで行かなくてもどこか仕事仲間のような関係だった。
そんな中、アルティナとギディオンはおしどり夫婦だと言われている。二人は相思相愛で結ばれたのだと。ギディオンがアルティナに惚れて熱烈に口説き落とし、アルティナの父を説得し晴れて夫婦になれたとか、あるいはアルティナがギディオンに恋をしていてギディオンもそんなアルティナに惹かれ、アルティナが父を説得して二人は晴れて夫婦になれたとか、そんな噂がいくつも立っていた。
相思相愛、ね……。
にこやかに夫と共に知りあいにあいさつをしながら、アルティナは内心で大きくため息を落としていた。少なくともアルティナはギディオンが好きだったが、残念ながら相思相愛ではない。
ギディオンの名前を出してとんとん拍子に彼との婚約が決まり、はじめて顔をあわせた日のことをよく覚えている。星の光を溶かしたような銀色に見える彼の美しい灰色の瞳はまるで曇り空のようだった。終始表情も声も硬く、アルティナは自分のわがままが彼を巻き込んでしまったのだと覚った。
アルティナははじめて会った時から彼に恋をしていた。
一生懸命訓練をしていることがうかがえる傷だらけの手も、その痛みを我慢してアルティナをエスコートしようとしてくれるやさしさも、驚いて目を丸くしたどこかかわいらしい表情も、アルティナの心を満たしてくれた。
彼と会うたびに新しい部分を好きになり、成長してかわいらしさが減ってからもそれは変わらなかった。
でも、彼には好きな人がいたかもしれない――アルティナがギディオンに会うのはせいぜい年に二回ほど、長くても一週間程度の期間だけ。それ以外の彼を知らない。ひいき目抜きにしても彼は素敵な男性だし、こうしてアルディモアの社交界に足を踏み入れると同年代の素敵な女性は大勢いる。彼に熱い視線を送る人も。
公の場ではもちろんのこと、屋敷でも彼はやさしくはあったがどこかよそよそしさを感じていた。一緒の食事やお茶に誘っても、同席はしてくれても会話は少ない。アルティナが会話を振っても返事は簡潔でつづかない。夜は未だに別の寝室を使っていた。
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