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第一章 発端
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会議室を出て行く間際、坂下は軽々しく秋葉の肩を叩いた。近いうち、食事にでも行こう。また連絡する。馴れ馴れしいその坂下の台詞に、秋葉が改めてキャリア組であることを意識した。
埃っぽい室内の、壁に面して置かれた書棚に凭れた俺は、やれやれと首の関節を鳴らす。
やたらめったらお目にかかれない本庁のお偉いさんを相手に、すっかり肩が凝ってしまった。
「何か、とんでもないことになりましたね」
「確かに。妙な話です」
「刑事の失踪か。それらしいことって、何か聞いてましたか? 」
「いいえ」
秋葉は再び着席し、銅像のように身動きせず、受け答えのみ行う。
「何か引っ掛かりますね。キナ臭いっていうか。物騒っていうか」
「ええ。何か裏があるはずです。あの人は昔から小狡いというか、食えない人です」
「坂下理事官とは、いつからお知り合いなんですか? 」
「気になりますか? 」
何気ない問いかけに、ようやく秋葉はぴくりと眉を動かし、自身が銅像ではなく息の通う人間であることを証明してみせた。
「べ、別に」
まさか挑発的な態度でくるとは思いもよらず、動揺してしまう。
秋葉はアタフタする俺を食い入るように見つめ、それから僅かに口元を綻ばせ、余計に俺を慌てさせた。
「かつて父の部下だった方です。付き合いは、私が警視に昇格した頃からです」
「父の部下ってことは、じゃあ、秋葉課長のお父上は警察関係者ですか? 」
「これ以上、無駄な話を続けるつもりはありません」
バンと机を両手で叩き、秋葉が立ち上がった。どうやら触れたくない話題だったらしい。俄かに緩んだ秋葉の纏うバリヤーが、再び張られた。
「しかし、沢渡って刑事は一体何なんでしょうね。こればっかりは、もう少し理事官に話を聞いてみないとわかりませんね」
俺はすぐさま話題を変えた。
秋葉の秘密に迫りたい気は勿論残っているが、ずるずると会話を引っ張って機嫌を損ねてしまえば、それは困った状況だ。まがりなりにも、これからコンビを組む相手だ。ただでさえ気の合わない上司なのに、これ以上やりにくくなっては、堪ったものではない。
「ええ。ですが、やるしかありません」
人間らしさが垣間見えたものの、笑顔の形跡はすっかりなく、いつもの能面で秋葉はぴしゃりと言ってのけた。
「誰かが沢渡を匿っているんでしょうかね」
俺の独白を秋葉は敢えて聞き逃した。
有り得る話だったからだ。
警察は身内に甘い節がある。
今の段階では大島の自殺と沢渡の失踪に接点があるのかわからないが、理事官は関連があると踏んでいる。だからこそ、一刻も早く沢渡を捜せと命じた。
「取り敢えず、飯にしましょうか」
幾ら考えても、今のところ答えは出て来るはずがない。
昼食の時間帯と呼ぶには中途半端だが、これから忙しくなる予感があった。飯は食べられるうちに、腹一杯食べる。田舎教師の父親の口癖を忠実に実行しようとした。
「いい店知ってるんですよ。案内しますよ。ここから十分ほど離れたところにある……」
「私は一人で食事する主義ですので」
喋り切る前に遮られてしまった。
「昼休憩に入ってもらって構いませんよ。一時間後にこちらの部屋に戻っておいて下さい」
短く指示だけ出して、秋葉は会議室を出て行ってしまう。
「ちょ、ちょっと」
慌てて引き止めようとしたが、秋葉はさっさと廊下の先まで行ってしまう。脚が長いので、歩く速度が異様に早い。
「俺と飯食っても楽しくないってか」
もう角を曲がって見えなくなってしまった。
不貞腐れた俺は、誰もいなくなった廊下に舌打ちをする。
何だかすっかり食欲も失せ、取り敢えず中庭に設置された喫煙所へと向かった。
埃っぽい室内の、壁に面して置かれた書棚に凭れた俺は、やれやれと首の関節を鳴らす。
やたらめったらお目にかかれない本庁のお偉いさんを相手に、すっかり肩が凝ってしまった。
「何か、とんでもないことになりましたね」
「確かに。妙な話です」
「刑事の失踪か。それらしいことって、何か聞いてましたか? 」
「いいえ」
秋葉は再び着席し、銅像のように身動きせず、受け答えのみ行う。
「何か引っ掛かりますね。キナ臭いっていうか。物騒っていうか」
「ええ。何か裏があるはずです。あの人は昔から小狡いというか、食えない人です」
「坂下理事官とは、いつからお知り合いなんですか? 」
「気になりますか? 」
何気ない問いかけに、ようやく秋葉はぴくりと眉を動かし、自身が銅像ではなく息の通う人間であることを証明してみせた。
「べ、別に」
まさか挑発的な態度でくるとは思いもよらず、動揺してしまう。
秋葉はアタフタする俺を食い入るように見つめ、それから僅かに口元を綻ばせ、余計に俺を慌てさせた。
「かつて父の部下だった方です。付き合いは、私が警視に昇格した頃からです」
「父の部下ってことは、じゃあ、秋葉課長のお父上は警察関係者ですか? 」
「これ以上、無駄な話を続けるつもりはありません」
バンと机を両手で叩き、秋葉が立ち上がった。どうやら触れたくない話題だったらしい。俄かに緩んだ秋葉の纏うバリヤーが、再び張られた。
「しかし、沢渡って刑事は一体何なんでしょうね。こればっかりは、もう少し理事官に話を聞いてみないとわかりませんね」
俺はすぐさま話題を変えた。
秋葉の秘密に迫りたい気は勿論残っているが、ずるずると会話を引っ張って機嫌を損ねてしまえば、それは困った状況だ。まがりなりにも、これからコンビを組む相手だ。ただでさえ気の合わない上司なのに、これ以上やりにくくなっては、堪ったものではない。
「ええ。ですが、やるしかありません」
人間らしさが垣間見えたものの、笑顔の形跡はすっかりなく、いつもの能面で秋葉はぴしゃりと言ってのけた。
「誰かが沢渡を匿っているんでしょうかね」
俺の独白を秋葉は敢えて聞き逃した。
有り得る話だったからだ。
警察は身内に甘い節がある。
今の段階では大島の自殺と沢渡の失踪に接点があるのかわからないが、理事官は関連があると踏んでいる。だからこそ、一刻も早く沢渡を捜せと命じた。
「取り敢えず、飯にしましょうか」
幾ら考えても、今のところ答えは出て来るはずがない。
昼食の時間帯と呼ぶには中途半端だが、これから忙しくなる予感があった。飯は食べられるうちに、腹一杯食べる。田舎教師の父親の口癖を忠実に実行しようとした。
「いい店知ってるんですよ。案内しますよ。ここから十分ほど離れたところにある……」
「私は一人で食事する主義ですので」
喋り切る前に遮られてしまった。
「昼休憩に入ってもらって構いませんよ。一時間後にこちらの部屋に戻っておいて下さい」
短く指示だけ出して、秋葉は会議室を出て行ってしまう。
「ちょ、ちょっと」
慌てて引き止めようとしたが、秋葉はさっさと廊下の先まで行ってしまう。脚が長いので、歩く速度が異様に早い。
「俺と飯食っても楽しくないってか」
もう角を曲がって見えなくなってしまった。
不貞腐れた俺は、誰もいなくなった廊下に舌打ちをする。
何だかすっかり食欲も失せ、取り敢えず中庭に設置された喫煙所へと向かった。
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