上 下
20 / 56

20 ※

しおりを挟む
 駅前の駐車場にバイクを停めて、橋本はすたすたと大股で歩く。俺はついて行くのに精一杯。
 恵比寿川の駅前から筋を一つ逸れると、そこはホテル街だ。
 昭和の時代からありそうな薄汚れた壁のレトロ感満載のものから、ガキなら玩具屋と間違えそうな可愛らしいものまで、道の両端に所狭しとひしめき合っている。
 まだ日も暮れていないうちから、若いカップルやら、いかにも不倫だろって言う感じの熟年カップルやら、そしてやたらに目立つのが、男同士。すれ違うたびにジロジロと。胡散臭いのは、お互い様だ。
 橋本は迷うことなく、比較的シンプルな紺色の塗り壁の建物に入る。センスの良い、横文字で銀色のプレートが壁に嵌め込まれている。
 こいつ、いつもこんなとこ来てるわけ?
 随分、手慣れているじゃないか、おい。
 部屋に入るなり、橋本は薄手のニットパーカーを脱ぎ、ふうっ、と一息ついてから、傍らのソファに放り投げた。
 真っ白な壁紙に、茶色のカバーのかかるダブルベッドが置かれた部屋は、ビジネスホテルの内装と何ら変わりない。オレンジ色の光彩がやや眩しいくらいで。
 スタンドライトに並んで立つ俺に、橋本はベッドの端に腰を下ろすとちょいちょいと手招きした。
「今更、怖気付いたんか?」
 薄水色の麻シャツのボタンを外しながら、橋本は唇を三日月形にする。
 俺はガチガチに肩を張って鼻息荒いというのに、相手は余裕綽綽で、もう灰色のインナーシャツになっている。均整の取れた肉体から目が離せない。まるで一つの業務をこなすような橋本のスマートさに、俺は歯軋りする。
「べ、別に。平気だし。二度も三度も同じようなもんだし」
「ふうん。三度目も期待してくれてるんやな」
 しまった!と口を押さえたが、もう遅い。
 ニヤニヤと白い歯を剥き出す橋本。
「あ、あの。これは言葉のあやで」
「照れやんでかまへん。そうかあ。やっぱり笠置は素直やないなあ」
「だから、違うって!……ちょっと」
 いきなり、マットレスに押し倒された。すぐさま、俺の服に対して早着替えの技術を駆使する。あっと言う間に、インナーシャツまで剥ぎ取られ、上半身剥き出しだ。
「ちょ、ちょっと。性急過ぎ」
 ムードもへったくれもない。
 脛に重みが掛かる。顔を挟み込むように両手をつかれて、体が影で覆われる。頬にかかるのは、橋本の前髪。
 またしても、唇を奪われてしまった。
 だが、それはいつもの濃厚なものじゃない。
 啄むようなキスが、唇の輪郭をなぞってから、首筋、顎を、鎖骨、胸へと下りていく。
「……あっ」
 あ、じゃないよ俺。乳首吸われて、変な声出た。
 舌先を尖らせて乳首の周辺を舐ってから、さらにそれは這う。鳩尾、脇腹、臍へと徐々に下がっていき、とうとう行き着いた先で、俺の腰がぴくりと反った。
 カチャカチャと軽い金属音がしたと思えば、橋本に片手でベルトを抜かれていた。器用だな、この人。
 続いたファスナーを下げる音。
「ちょっ、ちょっと」
 橋本の唇が俺の下着の中に潜る。さすがに駄目だろ、これは。抗議しようにも、声が出ない。バカ、どこ舐めてんだ。舌を上下させ、浮き出る血管に丁寧に沿わす。かと思えば鈴口を吸って、ついでに片方の手が付け根を撫でる。
「……や、やめろ……やだ……」
 ぎゅっと瞼を閉じて屈辱に耐えながら、いやいやと首を振れば、余計に煽るかのごとく吸い付く力が増す。咥えるなよ。そんでもって、舌先を尖らせてチロチロするな。
「も……いい加減に……」
 薄目を開ければ、バッチリ目が合う。
 フェロモン出しまくりの、腫れぼったい目。前髪がかかり、琥珀の瞳が潤んで、瞬く睫毛が色気全開だ。
 男相手に欲情って、あるんだ。
 前回は酒に酔っていたせいで頭がふわふわしていたが、今日は素面だ。
 言い訳出来ない。
 俺、こいつ相手に性欲が沸いている。
 腹を括れば、もう、世間体とか男の矜持とか、どうでも良くなった。欲望任せでいいじゃん、とかさえ思ってしまう。橋本のこと、好きか嫌いかは置いといて。
「やられっぱなしと思うなよ」
 豹変した俺に、橋本の動きが止まる。
 男相手でも通用すると判明した流し目を呉れてやれば、案の定、橋本は硬直し、一旦唇を離す。
 その隙を逃さず、両手で胸板を押せば、面白いように右によろめき、脛の負荷から解放された。いつもなら岩盤みたいに微動だにしないが、気を抜いてる今は別だ。
 すぐさま態勢を入れ替え、橋本を組み敷いてやる。
 普段見下ろしてくる人間を、見下ろすのは爽快だ。
 額に張り付く鬱陶しい前髪を掻き上げ、俺は掌を開いたり閉じたりした。
「ジェル」
「え?」
「だから、ジェル。ないと俺、壊れちゃうじゃん」
 あ、ああ。と橋本は手を伸ばして、床に転がっているバックパックを手繰り寄せると、中から財布を抜く。紙幣と紙幣の間に、何てもん潜ませてんだよ。
 受け取ると、俺はおもむろに橋本のズボンを下着ごと膝まで下げる。
「お、おい!」
 俺に物凄いことしといて、自分は焦るのかよ。いらついて目を眇めると、橋本は目元を赤らめぷいとそっぽ向いた。
 それにしても、圧倒される。よく、こんなもん、俺の中に入ったな。信じられない。ぱんぱんに膨張したその表面は血管が浮いて、指先でなぞれば、らしくなく「うっ」と苦悶が上がる。
 立場逆転。こいつをいいように組み敷ける日が来るなんて。
 八重歯でパッケージを千切り、どろどろした液体を直に橋本の膨らんだ部分に垂らしてやる。パッケージの中味全て使い切ると、ぬるぬるを全体に塗り込める。丹念に。塗り残しなく。表も裏も、丁寧に。
 橋本の唇が小刻みに戦慄くのが見ていて楽しい。
「お、お前。ホンマに男は俺以外に経験ないんか?」
「何聞いてんの?当たり前だろ?」
「くそっ」
 悪態をつくと、心底悔しそうに枕に拳を入れている。
 普段、余裕のあるやつが取り乱す様は、本当に楽しいな。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【R18】孕まぬΩは皆の玩具【完結】

海林檎
BL
子宮はあるのに卵巣が存在しない。 発情期はあるのに妊娠ができない。 番を作ることさえ叶わない。 そんなΩとして生まれた少年の生活は 荒んだものでした。 親には疎まれ味方なんて居ない。 「子供できないとか発散にはちょうどいいじゃん」 少年達はそう言って玩具にしました。 誰も救えない 誰も救ってくれない いっそ消えてしまった方が楽だ。 旧校舎の屋上に行った時に出会ったのは 「噂の玩具君だろ?」 陽キャの三年生でした。

彼女ができたら義理の兄にめちゃくちゃにされた

おみなしづき
BL
小学生の時に母が再婚して義理の兄ができた。 それが嬉しくて、幼い頃はよく兄の側にいようとした。 俺の自慢の兄だった。 高二の夏、初めて彼女ができた俺に兄は言った。 「ねぇ、ハル。なんで彼女なんて作ったの?」 俺は兄にめちゃくちゃにされた。 ※最初からエロです。R18シーンは*表示しておきます。 ※R18シーンの境界がわからず*が無くともR18があるかもしれません。ほぼR18だと思って頂ければ幸いです。 ※いきなり拘束、無理矢理あります。苦手な方はご注意を。 ※こんなタイトルですが、愛はあります。 ※追記……涼の兄の話をスピンオフとして投稿しました。二人のその後も出てきます。よろしければ、そちらも見てみて下さい。 ※作者の無駄話……無くていいかなと思い削除しました。お礼等はあとがきでさせて頂きます。

潜入した僕、専属メイドとしてラブラブセックスしまくる話

ずー子
BL
敵陣にスパイ潜入した美少年がそのままボスに気に入られて女装でラブラブセックスしまくる話です。冒頭とエピローグだけ載せました。 悪のイケオジ×スパイ美少年。魔王×勇者がお好きな方は多分好きだと思います。女装シーン書くのとっても楽しかったです。可愛い男の娘、最強。 本編気になる方はPixivのページをチェックしてみてくださいませ! https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=21381209

将軍の宝玉

なか
BL
国内外に怖れられる将軍が、いよいよ結婚するらしい。 強面の不器用将軍と箱入り息子の結婚生活のはじまり。 一部修正再アップになります

出戻り聖女はもう泣かない

たかせまこと
BL
西の森のとば口に住むジュタは、元聖女。 男だけど元聖女。 一人で静かに暮らしているジュタに、王宮からの使いが告げた。 「王が正室を迎えるので、言祝ぎをお願いしたい」 出戻りアンソロジー参加作品に加筆修正したものです。 ムーンライト・エブリスタにも掲載しています。 表紙絵:CK2さま

一目惚れだけど、本気だから。~クールで無愛想な超絶イケメンモデルが健気な男の子に恋をする話

紗々
BL
中身も何も知らずに顔だけで一目惚れされることにウンザリしている、超絶イケメンファッションモデルの葵。あろうことか、自分が一目惚れで恋に落ちてしまう。相手は健気で無邪気で鈍感な可愛い男の子(会社員)。初対面の最悪な印象を払拭し、この恋を成就させることはできるのか…?!

【完結】出来損ないのオメガですが王族アルファに寵愛されてます~二度目の恋は天使と踊る~

高井うしお
BL
性別判定で結果が出ないランは田舎の周囲の目から逃れ王都に向かったが仕事が見つからず、王都のスラムで暮らしていた。 ある日裕福そうな男に出会い財布を取ろうとするが逆に捕まってしまう。その男はランの幼馴染みのレクスだった。 実は王族だったレクスは王家の血を残す為にお見合いばかりさせられており、その気晴らしに城下をうろついていたのだった。ランはそんなレクスの側に友人として寄り添うことを決める。 だが共にいるうちにランの体に変化が起き、Ωの発情が起こってしまう。 そのヒートに当てられて、レクスはランを抱く。『友人』の変貌ぶりと自分の体の急激な変化、Ωの本能の強烈さに驚いたランはレクスの元から逃げ出すが、自分が妊娠していることに気付く。 そして三年後、レクスはようやくランの居所を見つけ、迎えにくる。一人産み育てた息子、ルゥをランから奪う為に……。

こっそりバウムクーヘンエンド小説を投稿したら相手に見つかって押し倒されてた件

神崎 ルナ
BL
バウムクーヘンエンド――片想いの相手の結婚式に招待されて引き出物のバウムクーヘンを手に失恋に浸るという、所謂アンハッピーエンド。 僕の幼なじみは天然が入ったぽんやりしたタイプでずっと目が離せなかった。 だけどその笑顔を見ていると自然と僕も口角が上がり。 子供の頃に勢いに任せて『光くん、好きっ!!』と言ってしまったのは黒歴史だが、そのすぐ後に白詰草の指輪を持って来て『うん、およめさんになってね』と来たのは反則だろう。   ぽやぽやした光のことだから、きっとよく意味が分かってなかったに違いない。 指輪も、僕の左手の中指に収めていたし。 あれから10年近く。 ずっと仲が良い幼なじみの範疇に留まる僕たちの関係は決して崩してはならない。 だけど想いを隠すのは苦しくて――。 こっそりとある小説サイトに想いを吐露してそれで何とか未練を断ち切ろうと思った。 なのにどうして――。 『ねぇ、この小説って海斗が書いたんだよね?』 えっ!?どうしてバレたっ!?というより何故この僕が押し倒されてるんだっ!?(※注 サブ垢にて公開済みの『バウムクーヘンエンド』をご覧になるとより一層楽しめるかもしれません)

処理中です...