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令嬢の捜索
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とにかく、回り道をするしかない。
歯噛みしつつ、ロイが再び箱車に乗り込んだときだ。
「待って」
もう一台の箱馬車が、同じように急停止した。
ロイらの乗ったラッカーの黒塗りではなく、海老茶色の漆塗りの箱車。車体にその家の紋章が記されている。
ロイは勿忘草を図案化したその紋章を睨みつけた。
「随分と時間をくったな」
箱車から踏み台の段を確認しながら降りてきた二十代の青年に向かって、ロイは鼻に皺を寄せた。
「そちらがスピードの出し過ぎなんです。車体が傾いていましたよ」
「悠長に走っていられるか」
「これだから、あなたやオリビアと同乗するのは嫌なんだ」
「乗り心地の良い方を選んでおいて、嫌味まで垂れるな」
「はいはい」
やれやれ、と首を竦めるのは、仮面舞踏会で接待していた「ブライス伯爵」。
彼はキョロキョロと、辺りを見渡した。
「もう少しこの辺りを捜しましょう」
ロイが目を眇めたことなど、お構いなしに続ける。
「屋敷を出てから今の時間帯までを推察すると、彼女はこの辺りで足止めをくらっているはず」
「確かに。ましてやヒールの高い靴にドレスなんて、走りにくい格好だからな」
ブライス伯爵の後ろから、突き出した腹を揺すりながら降りる「ぬいぐるみ野郎」はうんうんと頷く。
「ミハエル。お前も同意見か」
普段、ロイはこの友人のことを「ぬいぐるみ」、もしくは苗字で呼ぶ。学生時代に連呼した名前を口にするほど、切羽詰まっているのは誰の目にも明らかだった。
「もしかすると、この川に」
ぽつり、と何の気なしに二十六歳の若者が口にした台詞を、ロイは聞き漏らさなかった。
たちまちロイの漆黒の双眸が吊り上がった。
こめかみに筋を立てたロイは、問答無用に若者の胸倉を掴み上げると、ぎりぎりと締め上げる。
ブライス伯爵を名乗る青年も、世の中の一般男子よりはかなり背が高い。
だが、やはり二メートル近い大男のロイには届かない。
ましてや、元から体を鍛えることが趣味で、最近では東の国の柔術なぞに嵌っているロイには、体格差に開きがある。
着痩せするタイプだから、普段はスマートだが。
筋肉量は雲泥の差だ。
「く、苦しい。苦しいから」
ぎりぎりと締め上げられ、靴先が今にも地面を離れようとしている。
「おい! マチルダがこの川の中にいるというのか! 答えろ! 」
激昂して唾を飛ばす。
「た、例えばの話だよ」
女一人に、目の前の男は我を失くしてしまっている。青年は本気で命の危機を感じた。
いつも飄々として悪ふざけする男と、とても同一人物とは思えない。
「落ち着け、ロイ。いらいらしたところで、マチルダ嬢は寄って来ないぞ」
ミハエルが、ロイの肩を小突いた。
ふっと、胸倉を掴んでいた力が緩む。
「わかってる」
ロイは舌打ちし、掴んでいたウェストコートの襟を離した。
どすんとその場に尻餅をつくブライス伯爵。
思い切り尾てい骨を打ちつけ、涙目で痛む場所をさする。
「くそっ! 頼むから川にはいないでくれ! 」
ロイはそれほど熱心な崇拝者ではないが、このときばかりは神に祈った。
暗がりの中をドタバタと駆けずり回る足音。
「いたか、ミハエル! 」
「いや! いない! 」
もう何回も繰り返される遣り取り。
「そっちはどうだ! 」
「いないよ! 」
永遠に続くかと思われるほど、それは途切れることはなかった。
歯噛みしつつ、ロイが再び箱車に乗り込んだときだ。
「待って」
もう一台の箱馬車が、同じように急停止した。
ロイらの乗ったラッカーの黒塗りではなく、海老茶色の漆塗りの箱車。車体にその家の紋章が記されている。
ロイは勿忘草を図案化したその紋章を睨みつけた。
「随分と時間をくったな」
箱車から踏み台の段を確認しながら降りてきた二十代の青年に向かって、ロイは鼻に皺を寄せた。
「そちらがスピードの出し過ぎなんです。車体が傾いていましたよ」
「悠長に走っていられるか」
「これだから、あなたやオリビアと同乗するのは嫌なんだ」
「乗り心地の良い方を選んでおいて、嫌味まで垂れるな」
「はいはい」
やれやれ、と首を竦めるのは、仮面舞踏会で接待していた「ブライス伯爵」。
彼はキョロキョロと、辺りを見渡した。
「もう少しこの辺りを捜しましょう」
ロイが目を眇めたことなど、お構いなしに続ける。
「屋敷を出てから今の時間帯までを推察すると、彼女はこの辺りで足止めをくらっているはず」
「確かに。ましてやヒールの高い靴にドレスなんて、走りにくい格好だからな」
ブライス伯爵の後ろから、突き出した腹を揺すりながら降りる「ぬいぐるみ野郎」はうんうんと頷く。
「ミハエル。お前も同意見か」
普段、ロイはこの友人のことを「ぬいぐるみ」、もしくは苗字で呼ぶ。学生時代に連呼した名前を口にするほど、切羽詰まっているのは誰の目にも明らかだった。
「もしかすると、この川に」
ぽつり、と何の気なしに二十六歳の若者が口にした台詞を、ロイは聞き漏らさなかった。
たちまちロイの漆黒の双眸が吊り上がった。
こめかみに筋を立てたロイは、問答無用に若者の胸倉を掴み上げると、ぎりぎりと締め上げる。
ブライス伯爵を名乗る青年も、世の中の一般男子よりはかなり背が高い。
だが、やはり二メートル近い大男のロイには届かない。
ましてや、元から体を鍛えることが趣味で、最近では東の国の柔術なぞに嵌っているロイには、体格差に開きがある。
着痩せするタイプだから、普段はスマートだが。
筋肉量は雲泥の差だ。
「く、苦しい。苦しいから」
ぎりぎりと締め上げられ、靴先が今にも地面を離れようとしている。
「おい! マチルダがこの川の中にいるというのか! 答えろ! 」
激昂して唾を飛ばす。
「た、例えばの話だよ」
女一人に、目の前の男は我を失くしてしまっている。青年は本気で命の危機を感じた。
いつも飄々として悪ふざけする男と、とても同一人物とは思えない。
「落ち着け、ロイ。いらいらしたところで、マチルダ嬢は寄って来ないぞ」
ミハエルが、ロイの肩を小突いた。
ふっと、胸倉を掴んでいた力が緩む。
「わかってる」
ロイは舌打ちし、掴んでいたウェストコートの襟を離した。
どすんとその場に尻餅をつくブライス伯爵。
思い切り尾てい骨を打ちつけ、涙目で痛む場所をさする。
「くそっ! 頼むから川にはいないでくれ! 」
ロイはそれほど熱心な崇拝者ではないが、このときばかりは神に祈った。
暗がりの中をドタバタと駆けずり回る足音。
「いたか、ミハエル! 」
「いや! いない! 」
もう何回も繰り返される遣り取り。
「そっちはどうだ! 」
「いないよ! 」
永遠に続くかと思われるほど、それは途切れることはなかった。
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