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異国の茶葉

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 マチルダはローレンスの応接室のドアを軽くノックする。
 体中のあらゆる筋肉を硬くしながら、館の主人を思い浮かべた。
 今日が支払い日だ。
 彼女は予め指定されていた時間通りに再度、館を訪ねた。
 ロイと相見あいまみえる。
 マチルダの喉が上下する。
 頭に次々に浮かんでくるのは、ロイの皮肉っぽい笑い方。十センチ以上から見下ろしてくる漆黒の目。忌々しそうな舌打ち。
 それから、楽しそうに喉を鳴らす。笑えば年より随分と幼くなる。
 ほんの僅かな時間だったが、彼のあらゆる表情を知った。
 今回は、どのような一面を見せるのだろう。
 マチルダの鼓動は興奮して逸った。
 しかし、応接室で出迎えたのは、ロイではなかった。
「ああ。あなたがマチルダ嬢ですね」
 ロイと同じ年齢くらいの、やや小太りな、淡い茶色の髪をした男性が執務机に行儀よく座っていた。
 その男性はどことなく落ち着かない素振りで、短く刈り上げた髪を何度も撫で付けながらも、愛想良く頬肉を揺らした。
「あ、あの。ロイ……さん……いえ。オルコットさんは? 」
「ああ。彼は所用で」
 言いにくそうに男性は口をもごもご動かす。
 マチルダの目がムッと吊る。
 わざわざ呼びつけておきながら、留守にするなんて。
 別に彼の顔をもう一度見たかったわけではないが。
 だが、何だか拍子抜けしたような、物足りないような、何とも不可思議な気分だ。
「ロイから窺っていますよ」
 妙齢の男性に対する表現ではないが、「笑顔が可愛らしい」がピッタリくる。
 シャツのサイズが合っておらず、胸元のボタンが今にも弾け飛びそう。
 その男性はマチルダにソファに腰掛けるようエスコートした。
 その物腰の柔らかさ。ロイとは大違いだ。
「変わった色のお茶ですね」
 もてなされたお茶の、カップの中身にマチルダは首を傾げた。
「貿易に携わる知人から譲り受けた茶葉ですよ」
 室内に、ほんのりと広がる瑞々しい爽やかなその香りは、この国で流通するどの茶葉にも当てはまらない。異国のもの。液体も見慣れた赤みではなく、透き通るほどの緑色。
 マチルダは出されたお茶を一口含んだ。口中に広がる草っぽさと焙煎した香りが絶妙で、初めての味だ。おそらく、この国の茶葉と栽培の仕方からして違うのだろう。
「それで。ロイは上手くやりましたか? 」
 男性が真剣な顔で前のめりになった。
「ええ。申し分ないほどに」
 実際に、彼は想像以上の働きをした。さすが、高級娼館の主人を務めるだけのことはある。付け焼き刃のマナーではない。日々積み重ねられたものだ。
 しかも、小道具まで用いて信憑性を高める鮮やかさ。
 すっかり家族は彼のことを上流貴族と信じ込んでいる。
 そのあまりの隙のなさに、マチルダは家族を騙しているという罪悪感がむくむくと湧いてきていた。良心の痛みさえ感じるくらい。
 
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