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第六章
対決
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突如、松子はぶるぶると怒りで真っ赤になって全身を震わせ、片方の袂をもう片方の手で思い切り引っ張ってくしゃくしゃにした。そうすることで、かろうじて高柳の頬に平手を見舞うことを堪えている。
「勿論、方便さ。娘が産まれたとき、俺は南京辺りを放浪していたんだからな。それを、あの男。よく考えればいいのに、簡単に騙されやがって」
嘲りきった笑いは松子に向けられている。
「お前が嫁いでから一度だけ、俺に脅されて抱いたことがあったよなあ。あの男は、それがよっぽど後ろめたかったんだろうな」
ひた隠しにされていた秘密を披露することこそが目的の一つでもあったのか、恍惚な表情となり、高柳は声高に笑う。
「あなたは、とても恐ろしい人だ。快楽のためだけに、人を次々と手に掛けて」
軽蔑そのものの森雪の冷たい目は、最早、実父を見るものではない。殺人鬼と成り果てた獣へのものだ。
「誤解するな。最初は邪魔なやつを排除していたんだ。まあ、途中から人を殺す快感が堪らなくなったがな」
そもそも、清右衛門を手に掛け晒し物にする方法は、ハナから猟奇的で、それこそが高柳の本質だ。高柳はその情景を思い出したのか、どこか遠くを眺め、うっとりと目を潤ませた。
「清右衛門の人の良さには反吐が出る。明らかな俺の子を実子として育てて。自分の血を引く子を突き離してでも、松子の名誉を守ろうとはな」
かと思えば、たちまち獣の唸り声を洩らし、忌々しそうにぺっと唾を吐く。
「父が恐れるのも無理はない」
何故か森雪は物哀しい顔になる。まるで、人間の皮を剥ぎ、獣そのものの姿を表に出した高柳に、同情するように。
「父は僕に王宜丸の製法を伝える代わりに、実子の吉森さんを守れと言ったのです。父が不安視するのも頷ける」
ぎょっと目を瞠ったのは松子だ。
「あなた、王宜丸の製法を伝授されていたの」
まさか息子にも辰屋清春堂の主としての権利を与えられていたとは、夢にも思っていなかった。切迫する雰囲気であるにも関わらず、松子の顔は狐につままれたように、明らかに空気を違わせている。そこに、母の欲が垣間見えた。
「お母様。僕は跡取りを放棄したのですよ。兄さんの下につく。それこそが、僕が辰川にいる理由だ」
そんな親子の会話の隙をつき、大河原は懐に手を入れた。
「うっ」
羽がい締めにする高柳の腕の力がまたもやきつくなり、喉仏がぎゅうっと絞まる。
「邪魔するんじゃねえ。清右衛門の血を引くこいつを殺して。ようやく溜飲が下がるんだ」
高柳は刃を動かす。吉森の頬に、真横に切り込みが入り、赤い血が滴った。
「ああ、吉森さん!」
松子が悲鳴を上げる。
「兄さん!」
「おっと、動くなよ」
片足を踏み出した森雪の体が、びくっと制止した。
ニタリ、と高柳が酷薄な笑みを口元に張り付かせる。
「後でお前ら全員殺してやるからな。まずは、こいつだ」
いきなり、高柳は羽がい締めを解き、どんと吉森の体を前に突き飛ばした。
完璧に背後を取られてしまった。
しまった! 誰もが思った。
ハッと振り返った吉森が見たのは、頭上に掲げられた短刀の鋭く光る刃先だった。
電球の光を浴び、ぎらりと不気味さを放っている。
駄目だ!
吉森はぎゅっと瞼を閉じた。
空を切り裂くような風が起こる。
しかし、刃先は吉森の真横を素通りし、代わってバタンと轟音が響き渡った。高柳は瞳孔を開いたまま、その場に前のめりに倒れ伏した。
「あなたがたの手を汚すまでもありませんよ」
大河原警部が静かに呟いた。
彼の持つ銃口の先から、細く煙が一本の筋を引いていた。
こうして、世間を辰川家を震撼させた稀代の大悪党、高柳公彦はこの世から永遠に抹消された。
「勿論、方便さ。娘が産まれたとき、俺は南京辺りを放浪していたんだからな。それを、あの男。よく考えればいいのに、簡単に騙されやがって」
嘲りきった笑いは松子に向けられている。
「お前が嫁いでから一度だけ、俺に脅されて抱いたことがあったよなあ。あの男は、それがよっぽど後ろめたかったんだろうな」
ひた隠しにされていた秘密を披露することこそが目的の一つでもあったのか、恍惚な表情となり、高柳は声高に笑う。
「あなたは、とても恐ろしい人だ。快楽のためだけに、人を次々と手に掛けて」
軽蔑そのものの森雪の冷たい目は、最早、実父を見るものではない。殺人鬼と成り果てた獣へのものだ。
「誤解するな。最初は邪魔なやつを排除していたんだ。まあ、途中から人を殺す快感が堪らなくなったがな」
そもそも、清右衛門を手に掛け晒し物にする方法は、ハナから猟奇的で、それこそが高柳の本質だ。高柳はその情景を思い出したのか、どこか遠くを眺め、うっとりと目を潤ませた。
「清右衛門の人の良さには反吐が出る。明らかな俺の子を実子として育てて。自分の血を引く子を突き離してでも、松子の名誉を守ろうとはな」
かと思えば、たちまち獣の唸り声を洩らし、忌々しそうにぺっと唾を吐く。
「父が恐れるのも無理はない」
何故か森雪は物哀しい顔になる。まるで、人間の皮を剥ぎ、獣そのものの姿を表に出した高柳に、同情するように。
「父は僕に王宜丸の製法を伝える代わりに、実子の吉森さんを守れと言ったのです。父が不安視するのも頷ける」
ぎょっと目を瞠ったのは松子だ。
「あなた、王宜丸の製法を伝授されていたの」
まさか息子にも辰屋清春堂の主としての権利を与えられていたとは、夢にも思っていなかった。切迫する雰囲気であるにも関わらず、松子の顔は狐につままれたように、明らかに空気を違わせている。そこに、母の欲が垣間見えた。
「お母様。僕は跡取りを放棄したのですよ。兄さんの下につく。それこそが、僕が辰川にいる理由だ」
そんな親子の会話の隙をつき、大河原は懐に手を入れた。
「うっ」
羽がい締めにする高柳の腕の力がまたもやきつくなり、喉仏がぎゅうっと絞まる。
「邪魔するんじゃねえ。清右衛門の血を引くこいつを殺して。ようやく溜飲が下がるんだ」
高柳は刃を動かす。吉森の頬に、真横に切り込みが入り、赤い血が滴った。
「ああ、吉森さん!」
松子が悲鳴を上げる。
「兄さん!」
「おっと、動くなよ」
片足を踏み出した森雪の体が、びくっと制止した。
ニタリ、と高柳が酷薄な笑みを口元に張り付かせる。
「後でお前ら全員殺してやるからな。まずは、こいつだ」
いきなり、高柳は羽がい締めを解き、どんと吉森の体を前に突き飛ばした。
完璧に背後を取られてしまった。
しまった! 誰もが思った。
ハッと振り返った吉森が見たのは、頭上に掲げられた短刀の鋭く光る刃先だった。
電球の光を浴び、ぎらりと不気味さを放っている。
駄目だ!
吉森はぎゅっと瞼を閉じた。
空を切り裂くような風が起こる。
しかし、刃先は吉森の真横を素通りし、代わってバタンと轟音が響き渡った。高柳は瞳孔を開いたまま、その場に前のめりに倒れ伏した。
「あなたがたの手を汚すまでもありませんよ」
大河原警部が静かに呟いた。
彼の持つ銃口の先から、細く煙が一本の筋を引いていた。
こうして、世間を辰川家を震撼させた稀代の大悪党、高柳公彦はこの世から永遠に抹消された。
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