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第六章
隠された真実
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「ひいいいい」
膝頭が戦慄き、吉森の全身に一気に鳥肌が立つ。
「王宜丸の製法を父が盗んだと吹聴したのも、あなたですね」
先程よりも幾分声を落ち着かせ、森雪は尋ねた。どうにか高柳の気を逸らせる手法に転じたのだ。
「ああ。ちょっとした憂さ晴らしだよ」
とっくに森雪の魂胆には気付いているようだが、高柳は敢えてその企みに乗る。腹の探り合いが楽しくてしかたがないらしい。
「どうして是蔵を殺した」
吉森は恐ろしさに震えながらも、どうしても聞いておかねばならないことだった。一時は踏み外しかけた道から引き戻してくれ、歩むべきを示してくれたのは、他でもない、是蔵だ。誰の目にも穏やかな好々爺として映る男が、何故、あくどい罠に嵌められてしまったのだろうか。
「あいつはこれを見て、俺の正体に気付いたからだよ」
高柳は袖を捲ると、おもむろに二の腕を見せた。そこには、鬼の生首が牙を向いている様が刺青されている。その首の下には、江戸の頃に罪人であることの証である三本の線が入っていた。昭和の時代にそれを好んで彫る神経がわからない。吉森が見たのは、幻ではなかった。
「瓶に放り込んで後でゆっくりと始末をつける手筈だったんだ。餓鬼が見つけ出さなきゃな」
そういえば高柳は探偵ぶってやたらと瓶に近づき、警部に咎められていた。あれは純粋な好奇心ではなく、証拠が残っていないか確かめて、隠滅を図っていたのだ。
大陸から戻るなり辰屋の周辺をうろついていたところを、たとえ顔が変わっていようと犬並に嗅ぎつけたトメに二十四年前の惨劇のことと併せて脅され、口封じしたのは容易に想像がつく。
高柳が生きていることを匂わせた小十菊を、これ以上余計なことをべらべら喋らせないようにと始末したのもわかる。
ただ、どうして手毬唄を持ち出してきたのか。趣向にしてもタチが悪い。
その答えは、何ともむごたらしいものだった。
「小十菊とかいう女が、手毬唄通りだと言い出したからだ。それに応えてやっただけさ」
あっさりと白状した高柳の姿に、吉森は鬼を重ねる。
「何故、音助を」
だんだん掠れていく声は、吉森の動揺そのものだ。
「決まっているだろ。あいつは俺を日本から追い出した張本人だ。無一文で、俺があっちでどれほど苦労したことか。ようやく戻って来れたのは三年前だ」
高柳の吐いた息が、まともに吉森の耳に吹きかかった。途端に竦み上がった吉森の耳朶を、高柳はべろりと長い舌で舐め上げた。
ひっと喉がひくつく。
森雪の怒りを煽る以外に目的はない。
「あの番頭だけは、ただでは殺さねえ」
案の定、男前の眼差しは、この場で許されるなら高柳を一思いに叩き斬ってやりたいとの内心が露骨に出ている。
「番頭と、その女と、腹の中の餓鬼。あいつに関わり合いのあるやつは皆殺しだ」
またもや、おかしくもないのにわざと笑っているような、機械的な声が鼓膜を揺すった。
「畜生道に堕ちたとか悩んでいたのも、あなたのせいですね」
「探偵の権限で尤もらしく言ってやったんだよ。香都子はお前が一度きりの過ちを犯したときに出来た子だってな」
膝頭が戦慄き、吉森の全身に一気に鳥肌が立つ。
「王宜丸の製法を父が盗んだと吹聴したのも、あなたですね」
先程よりも幾分声を落ち着かせ、森雪は尋ねた。どうにか高柳の気を逸らせる手法に転じたのだ。
「ああ。ちょっとした憂さ晴らしだよ」
とっくに森雪の魂胆には気付いているようだが、高柳は敢えてその企みに乗る。腹の探り合いが楽しくてしかたがないらしい。
「どうして是蔵を殺した」
吉森は恐ろしさに震えながらも、どうしても聞いておかねばならないことだった。一時は踏み外しかけた道から引き戻してくれ、歩むべきを示してくれたのは、他でもない、是蔵だ。誰の目にも穏やかな好々爺として映る男が、何故、あくどい罠に嵌められてしまったのだろうか。
「あいつはこれを見て、俺の正体に気付いたからだよ」
高柳は袖を捲ると、おもむろに二の腕を見せた。そこには、鬼の生首が牙を向いている様が刺青されている。その首の下には、江戸の頃に罪人であることの証である三本の線が入っていた。昭和の時代にそれを好んで彫る神経がわからない。吉森が見たのは、幻ではなかった。
「瓶に放り込んで後でゆっくりと始末をつける手筈だったんだ。餓鬼が見つけ出さなきゃな」
そういえば高柳は探偵ぶってやたらと瓶に近づき、警部に咎められていた。あれは純粋な好奇心ではなく、証拠が残っていないか確かめて、隠滅を図っていたのだ。
大陸から戻るなり辰屋の周辺をうろついていたところを、たとえ顔が変わっていようと犬並に嗅ぎつけたトメに二十四年前の惨劇のことと併せて脅され、口封じしたのは容易に想像がつく。
高柳が生きていることを匂わせた小十菊を、これ以上余計なことをべらべら喋らせないようにと始末したのもわかる。
ただ、どうして手毬唄を持ち出してきたのか。趣向にしてもタチが悪い。
その答えは、何ともむごたらしいものだった。
「小十菊とかいう女が、手毬唄通りだと言い出したからだ。それに応えてやっただけさ」
あっさりと白状した高柳の姿に、吉森は鬼を重ねる。
「何故、音助を」
だんだん掠れていく声は、吉森の動揺そのものだ。
「決まっているだろ。あいつは俺を日本から追い出した張本人だ。無一文で、俺があっちでどれほど苦労したことか。ようやく戻って来れたのは三年前だ」
高柳の吐いた息が、まともに吉森の耳に吹きかかった。途端に竦み上がった吉森の耳朶を、高柳はべろりと長い舌で舐め上げた。
ひっと喉がひくつく。
森雪の怒りを煽る以外に目的はない。
「あの番頭だけは、ただでは殺さねえ」
案の定、男前の眼差しは、この場で許されるなら高柳を一思いに叩き斬ってやりたいとの内心が露骨に出ている。
「番頭と、その女と、腹の中の餓鬼。あいつに関わり合いのあるやつは皆殺しだ」
またもや、おかしくもないのにわざと笑っているような、機械的な声が鼓膜を揺すった。
「畜生道に堕ちたとか悩んでいたのも、あなたのせいですね」
「探偵の権限で尤もらしく言ってやったんだよ。香都子はお前が一度きりの過ちを犯したときに出来た子だってな」
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