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第四章
探偵の推理
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すっかり人の気配の退けた廊下は、しんと静まり返っていた。
以前なら松子の下手糞な『二人松若』なぞが聞こえてきたものだが、惨劇以来、一切それがなくなった。
あるとき、渡邊は息巻いて吉森を呼び止めた。
「いえね、私の思うところでは」
「何だ、犯人がわかったというのか」
吉森は詰め寄る。
「ええ、あくまで私の憶測ですがね」
「勿体ぶるな。さっさと言え」
「是蔵と音助の犯行ではないかと」
「どういうことだ」
吉森は目を瞠った。突拍子があるのか、ないのか。どちらともいえない微妙なものだが、確かにあの二人は格別仲が悪いとはいわないが、良いともいえない。
「ですから、是蔵を殺した音助が、一旦、瓶の中に隠していたところを、予想以上に早く死体を発見されて、逃げた」
「ふん。それで」
「神社の本堂に身を隠していたが、いつまでも逃げ通せるわけがない。それで、自ら命を断った」
「絶命してから矢で喉を射抜いたんだぞ。そんなことが出来るわけが」
「おそらく、何らかの方法を使って、自殺したことを隠したのでしょう。ほら、何年か前のどこかのお屋敷での事件、覚えておりませんか。ああいった方法で」
「そういえば、そんなものがあったな」
一時期新聞を賑わせていた事件で、新婚夫婦が何者かによって命を奪われるという凄惨な事件があった。妻の不貞を嘆いた夫による自作自演として片がついた。詳細はよく覚えていないが、それもある探偵が解決したという。
大陸にいたと言うので、渡邊も誰かからの又聞きなのだろう。
今回の推理は、その探偵に倣って、渡邊も己の売名を画策してのことだろうか。
最早、世間の注目はその事件に匹敵する。吉森もかつては謎解きの小説を愛読していたので、つい、渡邊の話に聞き入ってしまう。
「女中頭のトメは? 」
「それも音助の犯行でしょう。おそらく、香都子様とのことを何らかの方法で知ったトメが、強請っていたと」
「小十菊は?」
「あの女は、男関係が派手だと聞きます。痴情のもつれではありませんか?香都子との仲がややこしいのに、その上、小十菊とのことが人の知れるところとなると、番頭の地位も危うくなる。それで」
「今になってから凶行に及んだと?」
「人の凶気というのは、不意に起こるものですよ」
渡邊は人のよさそうな表情を全く消して、ニタリと不気味に頬の筋肉を緩める。
既視感を覚える。その笑い方をどこかで見た気がした。
吉森は気弱な探偵なぞにぞくっと背筋を寒くさせてしまったことが癪で、空咳で誤魔化した。
「ふん。一理あるな」
などと、首を縦に振ったときだった。
「くだらないこと言ってないで、さっさと店に出て下さい。よし屋の女将がお見えですよ」
呆れた第三者の声は、森雪だ。森雪は一部始終をしっかり聞いていたようで、腕を組んで渋い顔をしながら、藍に染めた暖簾をくぐって姿を見せた。
「何だ、ツケはこの間返したばかりだぞ」
馴染みのお茶屋の女将が、わざわざ店に来るなど珍しい。いつもは遣いに男衆を走らせるのだが。
首を捻る吉森に、森雪は口の中で小さく「鈍感」と、確かに呟いた。
耳聡い吉森のこめかみに筋が浮く。
「聞こえたぞ。もう一回言ってみろ」
「うちが今、大変な時期なので、わざわざ寄ってくれたんですよ。王宜丸を十袋所望されています」
森雪は吉森の怒りを無視した。
凄惨な事件が全国紙で報じられて以来の辰屋の台所事情を汲んで、敢えて女将は激励に訪れてくれたのだ。さすが元芸妓だけあって、心遣いは細やかだ。
「お前が応対しろよ。女将は面食いだから、俺よりも喜ぶんじゃないか」
「馬鹿なこと言ってないで。兄さんをご指名ですよ」
いらいらと、森雪の口調が俄かに早くなる。
「それよりも、わざと僕を怒らせようとしているのですか? 光栄ですよ、僕はいつでも」
「女将を待たせるのは拙いな」
森雪の言葉があながち脅しではないことは、吉森は身をもって叩き込まれている。いつ、実力行使に出られるかわからない。吉森は森雪の言葉を途中で遮ると、逃げるように藍染の暖簾をくぐった。
以前なら松子の下手糞な『二人松若』なぞが聞こえてきたものだが、惨劇以来、一切それがなくなった。
あるとき、渡邊は息巻いて吉森を呼び止めた。
「いえね、私の思うところでは」
「何だ、犯人がわかったというのか」
吉森は詰め寄る。
「ええ、あくまで私の憶測ですがね」
「勿体ぶるな。さっさと言え」
「是蔵と音助の犯行ではないかと」
「どういうことだ」
吉森は目を瞠った。突拍子があるのか、ないのか。どちらともいえない微妙なものだが、確かにあの二人は格別仲が悪いとはいわないが、良いともいえない。
「ですから、是蔵を殺した音助が、一旦、瓶の中に隠していたところを、予想以上に早く死体を発見されて、逃げた」
「ふん。それで」
「神社の本堂に身を隠していたが、いつまでも逃げ通せるわけがない。それで、自ら命を断った」
「絶命してから矢で喉を射抜いたんだぞ。そんなことが出来るわけが」
「おそらく、何らかの方法を使って、自殺したことを隠したのでしょう。ほら、何年か前のどこかのお屋敷での事件、覚えておりませんか。ああいった方法で」
「そういえば、そんなものがあったな」
一時期新聞を賑わせていた事件で、新婚夫婦が何者かによって命を奪われるという凄惨な事件があった。妻の不貞を嘆いた夫による自作自演として片がついた。詳細はよく覚えていないが、それもある探偵が解決したという。
大陸にいたと言うので、渡邊も誰かからの又聞きなのだろう。
今回の推理は、その探偵に倣って、渡邊も己の売名を画策してのことだろうか。
最早、世間の注目はその事件に匹敵する。吉森もかつては謎解きの小説を愛読していたので、つい、渡邊の話に聞き入ってしまう。
「女中頭のトメは? 」
「それも音助の犯行でしょう。おそらく、香都子様とのことを何らかの方法で知ったトメが、強請っていたと」
「小十菊は?」
「あの女は、男関係が派手だと聞きます。痴情のもつれではありませんか?香都子との仲がややこしいのに、その上、小十菊とのことが人の知れるところとなると、番頭の地位も危うくなる。それで」
「今になってから凶行に及んだと?」
「人の凶気というのは、不意に起こるものですよ」
渡邊は人のよさそうな表情を全く消して、ニタリと不気味に頬の筋肉を緩める。
既視感を覚える。その笑い方をどこかで見た気がした。
吉森は気弱な探偵なぞにぞくっと背筋を寒くさせてしまったことが癪で、空咳で誤魔化した。
「ふん。一理あるな」
などと、首を縦に振ったときだった。
「くだらないこと言ってないで、さっさと店に出て下さい。よし屋の女将がお見えですよ」
呆れた第三者の声は、森雪だ。森雪は一部始終をしっかり聞いていたようで、腕を組んで渋い顔をしながら、藍に染めた暖簾をくぐって姿を見せた。
「何だ、ツケはこの間返したばかりだぞ」
馴染みのお茶屋の女将が、わざわざ店に来るなど珍しい。いつもは遣いに男衆を走らせるのだが。
首を捻る吉森に、森雪は口の中で小さく「鈍感」と、確かに呟いた。
耳聡い吉森のこめかみに筋が浮く。
「聞こえたぞ。もう一回言ってみろ」
「うちが今、大変な時期なので、わざわざ寄ってくれたんですよ。王宜丸を十袋所望されています」
森雪は吉森の怒りを無視した。
凄惨な事件が全国紙で報じられて以来の辰屋の台所事情を汲んで、敢えて女将は激励に訪れてくれたのだ。さすが元芸妓だけあって、心遣いは細やかだ。
「お前が応対しろよ。女将は面食いだから、俺よりも喜ぶんじゃないか」
「馬鹿なこと言ってないで。兄さんをご指名ですよ」
いらいらと、森雪の口調が俄かに早くなる。
「それよりも、わざと僕を怒らせようとしているのですか? 光栄ですよ、僕はいつでも」
「女将を待たせるのは拙いな」
森雪の言葉があながち脅しではないことは、吉森は身をもって叩き込まれている。いつ、実力行使に出られるかわからない。吉森は森雪の言葉を途中で遮ると、逃げるように藍染の暖簾をくぐった。
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