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第三章

無理強い

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「吉森お兄様。随分、お顔の色がよろしくないようですけど」

どの程度、気を失っていたのだろうか。
森雪の蒲団に寝かされていた吉森が目覚めたのは、椿の枝を花瓶に差し替えていた香都子が独白したときだ。
剪定鋏でパチンパチンと余分な枝を切りながら、香都子は目の醒めた吉森に向かって意味深にふふふと笑う。
「珍しいこともありますのね。森雪お兄様が介抱だなんて」
「そうだね。最近、立て続けに不幸なことがあった。兄さんは酷く憔悴なさっている」
自分にとっての立て続けの不幸というのは、凄惨な殺人ではない。
森雪からの仕置きだ。
叫び出したい衝動をどうにかこうにか堪える。
「口出しするつもりはありませんでしたが、ほどほどになさった方がよろしいんじゃなくて?丈夫に見えるものほど、繊細なものですよ」
「忠告には礼を言っておく。どうも、僕のやり方は度を越えているようだな」
「壊したりなさいませんようにね」
 香都子は全てを知っているといった口調だ。
一度、情交の直後を目撃されたことがあるから、当然だ。森雪から卑猥なことを強要されて、あろうことかそれを実行に移した現在の状況まで把握されているのではなかろうか。
吉森は、未だにジンジンと内部に滞るものが香都子にばれてやしないかと、うっすらと背に汗を浮かべた。
「お前の方はどうなんだ?」
「何のことかしら?」
森雪の問いかけに、香都子は恍けた。
「音助の出入りしそうなところは」
「そんなもの、とっくに探ってあります。余計な話は謹んで頂戴」
禁句だったらしく、途端に香都子の声の調子は下がり、不機嫌に眉を動かした。飄々としている彼女らしからぬ態度だ。椿を生け終えた香都子は、黙って襖を開けた。
途端、ふらりとよろめく。
気分が悪いのか、口元をハンカチで押さえ、びっしょりと脂汗を浮かべている。
森雪はその背後に回って、そっと彼女を撫でた。
「大丈夫か」
「ええ。ちょっと眩暈がしただけです。お気になさらず」
言いつつ、脂汗はどんどん垂れ落ちる。逃げるようにぴしゃりと襖を閉めるや、走り去る音が次第に遠くなっていった。
再び静寂が戻る。
「よく頑張りましたね」
森雪は満足そうに笑うなり、体内の巻き物を一気に引き抜いた。
「あああああ!」
吉森の体が弛緩した。
体内に留めてあった巻き物は、やはり粘液のせいでぐちゃぐちゃに濡れてしまっている。破れないように注意を払いながら、森雪は紐を解いた。ぱらり、と巻き物が広がる。
「あっ!」
吉森の目が大きく見開いた。
「な、何だこれは」
そこに記されているはずの文字は一つもない。全くの白紙だ。
「この野郎! どういうつもりだ! 」
森雪の胸倉を掴むと、大きく前後に揺さぶる。その拍子に下半身に引き攣るような痛みが走るが、歯を食い縛って我慢する。
騙されてしまった。
最初からこの男は、薬の秘密を口外する気はなかったのだ。
「誰もここに記されているとは言っていませんよ」
いけしゃあしゃあと森雪は嘯く。
我慢も最早限界で、拳をその頬に打ち込んでいた。
骨の軋む音と共に、森雪の体は真後ろに吹っ飛んだ。
「やれやれ。短気な人だな」
しかし怒るどころか、森雪は肩を竦めるのみで、むしろ愉快そうに頬の筋肉を動かした。
「誰も教えないとは言っていないでしょう。話は最後まで聞かないと」
室内に立ち込める重苦しさの濃度が増した。
「ここにね、入っていますよ」
森雪は吉森のこめかみを指で弾いた。
「辰川清右衛門は僕に口頭で伝えたんです」
今、森雪の目はつい先程までの余裕など微塵も感じさせず、ただ淡々と事実を述べるだけとなっていた。清右衛門からの伝え聞いた情景を思い起こしているのだろう。それは決して森雪にとって、喜ばしいことではなかったようだ。
「万が一、製法を紙に残せば、残された者が面倒事に巻き込まれるかも知れないと」
丸きり何事かを含んだ物言いに、吉森は眉をひそめざるを得ない。吉森が欲してやまなかったものを、すでに森雪は手に入れていたのだ。それなのに、森雪はちっともうれしそうではない。むしろ、迷惑そうだ。
またしても吉森の中に現れる仄暗い火種。
「だから、他人に探りを入れさせるような真似はさせまいと、常に敏感だった。あなたによく似ていますね。偉ぶっている割に、驚くほど気が小さい」
そんな吉森の内心を読み取っているのか、森雪はわざと吉森の火種に着火させるようなことを言ってのけた。
「何だと」
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