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酒場での聞き込み
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「女を探している」
町の大衆酒場は、労働者の憩いだ。
薄汚れた板張りに、テーブルが空間いっぱいに並ぶ。午前十一時から開いて、真昼間から飲んだくれがクダを巻き、下品な会話が弾む。それをジロリと睨みつけながらも、店主は愛想一つも呉れずに黙々と料理と酒を運ぶ。酒臭さで充満した空間は、居るだけで酔いが回りそうだ。
だから、場違いな貴族様の姿に、客はあまり良い顔をしない。
「女ぁ? 」
小綺麗な貴族様に尋ねられた客は、安い酒で真っ赤になりながらも、さらに一杯を煽る。
「旦那、ここは女の紹介所じゃねえんだ。欲求不満なら、三筋向こうの娼館に行きな」
「違う! 」
ルミナスが怖い顔でテーブルをどんと叩いた。
その剣幕に、何事かと店内にいた客の目が一斉に向く。
「黄金色の髪、翠緑の瞳をした、かなり美人で体つきの良い女だ」
「何だ、それは。女神様でも探してるのか? 」
酔っ払いは、ゲヘヘと可笑しそうに笑った。
「私にとっては女神だ」
くだらない揶揄に対して、ルミナスは真面目に答えた。
「お、おう。そうかい」
彼の生真面目な雰囲気に、客は調子を狂わされ、幾分か酔いが覚めたようだ。
「女神って言えば、大工のロイが、今度女神を攫うとか嘯いてたよ」
それまで傍観していた酒屋の女店主が口を挟む。太った尻を酔っ払いに撫でられ、容赦なく肘鉄をかましながら、女店主は思い出したふうに言葉を繋いだ。
「大層、金になる女神様だとか。うちのツケを払いに来るって言ってたよ……おや、噂をすれば」
扉を開けて入って来たのは、イザベラを攫ったとき、山賊風情の男の腰巾着をしていた一人だ。
ロイと名の大工は、場違いなルミナスに不審に眉をひそめる。
「おい! 女神を攫うとはどう言う意味だ! 」
いきなり胸倉を掴むや、ロイを力任せに前後に揺すった。
「その大金はどうやって手に入れた! 」
ルミナスの荒々しさに、ロイは状況についていけず、戸惑うばかり。得体の知れない貴族に、何故か詰め寄られ、いまいち状況の把握が出来ていない。
「答えろ! 」
今にも殴りかからんばかりの雰囲気だが、誰も止めない。ここでは日常茶飯事だからだ。むしろ「いいぞ」「やってしまえ」と、やんやと茶化して、どんどん煽る。喧嘩でさえ、彼らの娯楽だ。
「あたしゃ、お貴族様に賭けるよ」
「いいや。ロイもなかなか腕っぷしはあるぞ」
仕舞いに、どちらが勝つかで賭け事まで始まってしまった。
「イザベラをどこへやった! 」
それらを完全に無視して、ルミナスはロイを詰問する。
やっとロイは状況を飲み込んだらしい。たちまち顔中から血液が抜き取られ、がくがくと全身を震わせる。
誤魔化したところで命はないと判断したのだろう。
「エ、エルンストが子爵の妻を攫えば金をやるって、持ち掛けて来たんだよ」
「エルンストが? 」
「あ、ああ。俺は何も事情は知らない。ただ、攫えば良いと」
「ふざけるな! 」
掴んだ胸倉を振り解き、ルミナスは仁王立ちになる。
「イザベラをどこへやった! 」
振り解かれた弾みで、ロイは思い切り尻餅をついた。
外野の「おいおい、ロイ。情けないぞ」との野次を人睨みで黙らせ、ルミナスは奥歯を噛み締める。
「ま、まさかアークライトか? 」
ロイは、相手が誰だかようやく理解する。ますます震え上がった。
「答えろ! 」
「お、俺は関係ない」
「さっさと答えろ! 」
剣幕に押され、ロイは腰を抜かしてしまった。
「仕事仲間のビリー爺さんの納屋だ」
「どこだ、それは! 」
「森の中にある。今はもう使われていない、石造りの建物だ」
「確かだな。嘘を吐いてみろ、お前の死体は明日には運河の魚の餌になっているからな」
「ヒイイイイ! 」
「案内しろ! 」
まるで猫を相手にするかのごとく、軽々と片手でロイの首根っこを掴むや、ルミナスは勢いよくパブの外に放り投げた。
「あたしの勝ちだね! 」
女主人の弾んだ声が続いた。
町の大衆酒場は、労働者の憩いだ。
薄汚れた板張りに、テーブルが空間いっぱいに並ぶ。午前十一時から開いて、真昼間から飲んだくれがクダを巻き、下品な会話が弾む。それをジロリと睨みつけながらも、店主は愛想一つも呉れずに黙々と料理と酒を運ぶ。酒臭さで充満した空間は、居るだけで酔いが回りそうだ。
だから、場違いな貴族様の姿に、客はあまり良い顔をしない。
「女ぁ? 」
小綺麗な貴族様に尋ねられた客は、安い酒で真っ赤になりながらも、さらに一杯を煽る。
「旦那、ここは女の紹介所じゃねえんだ。欲求不満なら、三筋向こうの娼館に行きな」
「違う! 」
ルミナスが怖い顔でテーブルをどんと叩いた。
その剣幕に、何事かと店内にいた客の目が一斉に向く。
「黄金色の髪、翠緑の瞳をした、かなり美人で体つきの良い女だ」
「何だ、それは。女神様でも探してるのか? 」
酔っ払いは、ゲヘヘと可笑しそうに笑った。
「私にとっては女神だ」
くだらない揶揄に対して、ルミナスは真面目に答えた。
「お、おう。そうかい」
彼の生真面目な雰囲気に、客は調子を狂わされ、幾分か酔いが覚めたようだ。
「女神って言えば、大工のロイが、今度女神を攫うとか嘯いてたよ」
それまで傍観していた酒屋の女店主が口を挟む。太った尻を酔っ払いに撫でられ、容赦なく肘鉄をかましながら、女店主は思い出したふうに言葉を繋いだ。
「大層、金になる女神様だとか。うちのツケを払いに来るって言ってたよ……おや、噂をすれば」
扉を開けて入って来たのは、イザベラを攫ったとき、山賊風情の男の腰巾着をしていた一人だ。
ロイと名の大工は、場違いなルミナスに不審に眉をひそめる。
「おい! 女神を攫うとはどう言う意味だ! 」
いきなり胸倉を掴むや、ロイを力任せに前後に揺すった。
「その大金はどうやって手に入れた! 」
ルミナスの荒々しさに、ロイは状況についていけず、戸惑うばかり。得体の知れない貴族に、何故か詰め寄られ、いまいち状況の把握が出来ていない。
「答えろ! 」
今にも殴りかからんばかりの雰囲気だが、誰も止めない。ここでは日常茶飯事だからだ。むしろ「いいぞ」「やってしまえ」と、やんやと茶化して、どんどん煽る。喧嘩でさえ、彼らの娯楽だ。
「あたしゃ、お貴族様に賭けるよ」
「いいや。ロイもなかなか腕っぷしはあるぞ」
仕舞いに、どちらが勝つかで賭け事まで始まってしまった。
「イザベラをどこへやった! 」
それらを完全に無視して、ルミナスはロイを詰問する。
やっとロイは状況を飲み込んだらしい。たちまち顔中から血液が抜き取られ、がくがくと全身を震わせる。
誤魔化したところで命はないと判断したのだろう。
「エ、エルンストが子爵の妻を攫えば金をやるって、持ち掛けて来たんだよ」
「エルンストが? 」
「あ、ああ。俺は何も事情は知らない。ただ、攫えば良いと」
「ふざけるな! 」
掴んだ胸倉を振り解き、ルミナスは仁王立ちになる。
「イザベラをどこへやった! 」
振り解かれた弾みで、ロイは思い切り尻餅をついた。
外野の「おいおい、ロイ。情けないぞ」との野次を人睨みで黙らせ、ルミナスは奥歯を噛み締める。
「ま、まさかアークライトか? 」
ロイは、相手が誰だかようやく理解する。ますます震え上がった。
「答えろ! 」
「お、俺は関係ない」
「さっさと答えろ! 」
剣幕に押され、ロイは腰を抜かしてしまった。
「仕事仲間のビリー爺さんの納屋だ」
「どこだ、それは! 」
「森の中にある。今はもう使われていない、石造りの建物だ」
「確かだな。嘘を吐いてみろ、お前の死体は明日には運河の魚の餌になっているからな」
「ヒイイイイ! 」
「案内しろ! 」
まるで猫を相手にするかのごとく、軽々と片手でロイの首根っこを掴むや、ルミナスは勢いよくパブの外に放り投げた。
「あたしの勝ちだね! 」
女主人の弾んだ声が続いた。
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