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イザベラの救出劇
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どれくらいの時間が流れただろうか。
納屋の明かりとりから入る日の光は昼間の明るさから、夕暮れの橙色に変化している。日の沈む間際の鮮やかな太陽の光が、エルンストの痩せた顔を不気味に光らせていた。
「そろそろ、手紙が届いた頃だろうな」
そんなことを、ぶつぶつ呟いている。
まさかルミナスが自分を捜しているとは露にも思わないイザベラは、やきもきしながら屋敷で待つルミナスとアリアを思い浮かべた。
きっと、彼は怒っているに違いない。
周囲が止めるのも聞かず、先走って屋敷を抜け出したのだから。
イザベラは己の浅はかさに泣きたくなった。
イザベラには逃げないようにと手枷足枷がなされていた。石畳の冷たい床は、春先の肌寒さには沁みる。体の芯からじわりと寒さが全身に伝わり、小刻みに震える。
対するエルンストは、興奮で頬を上気させていた。
「間もなくアークライトが身代金を下げて、ここに来る」
ハッとイザベラの表情が固くなる。
まさか。
だが、ルミナスの優しさを、イザベラは知っている。どんなに口悪く、揶揄っていようとも、イザベラが救いを求めれば必ず助けに来てくれる。
御伽話の騎士様。
「警察に連絡すれば、お前の命はない」
エルンストは本気だ。
全ては金のため。
回りくどかろうと、必ず手に入れる手筈を整える。
「愚かな男だ」
エルンストは己に酔っていた。
「お前のような価値のない女に、命を擦り減らそうとは」
最早、エルンストは父ではない。
家族に絶望感を抱く。裏を返せば、その分期待して裏切られたというわけだ。
イザベラはまだ父になけなしの愛を求めていたのだと、自覚する。
だが、この瞬間、綺麗に潰えた。
最早、父への愛はない。
イザベラが過去と決別した瞬間だった。
そもそも、価値観も、考え方そのものが違う。
彼と相入れることは一生来ない。
「お前こそ、イザベラの価値がわからない愚か者だ」
不意に割って入った低い響きに、イザベラは目を見開いた。
「ルミナス様! 」
ロイの首根っこを掴んで引きずっていたルミナスは、イザベラの姿を見た途端、ロイを思い切り放り投げてイザベラへと駆け寄った。
ロイは茂みに叩きつけられ、一回転し、仰向けに倒れた。
「よくも、私の妻を」
素早く手枷足枷を解くと、この上なく怒り心頭でエルンストを睨みつける。
妻の父へ向けた目ではない。
まるで汚物を見るような、侮蔑の目だ。
「じきに警察が来る。さすがに無能なやつらでも、子爵の妻を誘拐した悪党は見逃さないぞ」
捲し立てるルミナスに、棒立ちになるエルンスト。
よもやルミナスがこれほど早く助けに入り、しかも警察に根回しまでしていたとは。
「私の妻をよくも痛めつけてくれたな。ただで済むと思うなよ」
「イ、イザベラは私の娘だ」
最後の足掻きでエルンストは言い返した。
「何が娘だ。籍にも入れていないくせに」
そこまでルミナスは調べているのか。エルンストは苦虫を噛み潰す。
「イザベラの母親は『貴族の監獄』の校長、レジーナ・セラティスだ」
「えっ! 」
声を上げたのはイザベラだ。
初耳だった。
イザベラは息を呑む。
「校長が私の母? 」
あやうく聞き損ないかけた。
「戸籍上のな。君が学校に通うには、必要な処置だ」
「だから私は学校に通えたの? 」
「そうだよ。イザベラ」
ルミナスは優しく目を細め、目の前の小さな体を胸元へと引き寄せた。
「エルンスト。お前はまずいことに手を出し過ぎた」
エルンストへと視線を戻したルミナスは、凍りつくほどの険しい双眸に変化している。
「いづれは裁判になるだろう」
がくり、とエルンストはその場に崩れ落ちる。
「金で揉み消せると思うなよ」
先回りしてルミナスは忠告した。
「裁判になれば、関係者が出頭しなければならない。そうなれば」
「わ、私は終わりだ! 」
わああああ! エルンストが奇声をあげた。
「口封じされる! 終わりだ! 」
ギョロリとした目玉をこれでもかと見開き、エルンストは叫んだ。
「公爵の非嫡出子にも手を出したらしいな」
ルミナスが追い討ちをかける。
「事態を重くみたアンドレア侯爵夫人が動き出している。逃げおおせると思うな」
エルンストの青白い顔が今や全くの色を失い、かなりのパニックを起こしている。彼は、自分の命を狙いかねない者の顔を一人一人思い起こしているようだ。ゼイゼイと喘ぎ、脂汗を滴らせ、髪を滅茶苦茶に掻き乱している。
完全に我を失った姿だ。
「ああ! ルミナス様! 」
イザベラはルミナスの首に手を回し、その厚い胸板に自ら飛び込んでいた。
彼はそうするのが当然のように、イザベラの腰を引き寄せ、密着の度合いを高める。
「あなたは、やっぱり私の騎士様だわ! 」
御伽話の赤髪の騎士とルミナスを被せて、目を潤ませる。鼓膜から伝わる心臓の速めの拍動。体温が肌を通して伝わってくる。
イザベラは薔薇色に頬を染めた。
納屋の明かりとりから入る日の光は昼間の明るさから、夕暮れの橙色に変化している。日の沈む間際の鮮やかな太陽の光が、エルンストの痩せた顔を不気味に光らせていた。
「そろそろ、手紙が届いた頃だろうな」
そんなことを、ぶつぶつ呟いている。
まさかルミナスが自分を捜しているとは露にも思わないイザベラは、やきもきしながら屋敷で待つルミナスとアリアを思い浮かべた。
きっと、彼は怒っているに違いない。
周囲が止めるのも聞かず、先走って屋敷を抜け出したのだから。
イザベラは己の浅はかさに泣きたくなった。
イザベラには逃げないようにと手枷足枷がなされていた。石畳の冷たい床は、春先の肌寒さには沁みる。体の芯からじわりと寒さが全身に伝わり、小刻みに震える。
対するエルンストは、興奮で頬を上気させていた。
「間もなくアークライトが身代金を下げて、ここに来る」
ハッとイザベラの表情が固くなる。
まさか。
だが、ルミナスの優しさを、イザベラは知っている。どんなに口悪く、揶揄っていようとも、イザベラが救いを求めれば必ず助けに来てくれる。
御伽話の騎士様。
「警察に連絡すれば、お前の命はない」
エルンストは本気だ。
全ては金のため。
回りくどかろうと、必ず手に入れる手筈を整える。
「愚かな男だ」
エルンストは己に酔っていた。
「お前のような価値のない女に、命を擦り減らそうとは」
最早、エルンストは父ではない。
家族に絶望感を抱く。裏を返せば、その分期待して裏切られたというわけだ。
イザベラはまだ父になけなしの愛を求めていたのだと、自覚する。
だが、この瞬間、綺麗に潰えた。
最早、父への愛はない。
イザベラが過去と決別した瞬間だった。
そもそも、価値観も、考え方そのものが違う。
彼と相入れることは一生来ない。
「お前こそ、イザベラの価値がわからない愚か者だ」
不意に割って入った低い響きに、イザベラは目を見開いた。
「ルミナス様! 」
ロイの首根っこを掴んで引きずっていたルミナスは、イザベラの姿を見た途端、ロイを思い切り放り投げてイザベラへと駆け寄った。
ロイは茂みに叩きつけられ、一回転し、仰向けに倒れた。
「よくも、私の妻を」
素早く手枷足枷を解くと、この上なく怒り心頭でエルンストを睨みつける。
妻の父へ向けた目ではない。
まるで汚物を見るような、侮蔑の目だ。
「じきに警察が来る。さすがに無能なやつらでも、子爵の妻を誘拐した悪党は見逃さないぞ」
捲し立てるルミナスに、棒立ちになるエルンスト。
よもやルミナスがこれほど早く助けに入り、しかも警察に根回しまでしていたとは。
「私の妻をよくも痛めつけてくれたな。ただで済むと思うなよ」
「イ、イザベラは私の娘だ」
最後の足掻きでエルンストは言い返した。
「何が娘だ。籍にも入れていないくせに」
そこまでルミナスは調べているのか。エルンストは苦虫を噛み潰す。
「イザベラの母親は『貴族の監獄』の校長、レジーナ・セラティスだ」
「えっ! 」
声を上げたのはイザベラだ。
初耳だった。
イザベラは息を呑む。
「校長が私の母? 」
あやうく聞き損ないかけた。
「戸籍上のな。君が学校に通うには、必要な処置だ」
「だから私は学校に通えたの? 」
「そうだよ。イザベラ」
ルミナスは優しく目を細め、目の前の小さな体を胸元へと引き寄せた。
「エルンスト。お前はまずいことに手を出し過ぎた」
エルンストへと視線を戻したルミナスは、凍りつくほどの険しい双眸に変化している。
「いづれは裁判になるだろう」
がくり、とエルンストはその場に崩れ落ちる。
「金で揉み消せると思うなよ」
先回りしてルミナスは忠告した。
「裁判になれば、関係者が出頭しなければならない。そうなれば」
「わ、私は終わりだ! 」
わああああ! エルンストが奇声をあげた。
「口封じされる! 終わりだ! 」
ギョロリとした目玉をこれでもかと見開き、エルンストは叫んだ。
「公爵の非嫡出子にも手を出したらしいな」
ルミナスが追い討ちをかける。
「事態を重くみたアンドレア侯爵夫人が動き出している。逃げおおせると思うな」
エルンストの青白い顔が今や全くの色を失い、かなりのパニックを起こしている。彼は、自分の命を狙いかねない者の顔を一人一人思い起こしているようだ。ゼイゼイと喘ぎ、脂汗を滴らせ、髪を滅茶苦茶に掻き乱している。
完全に我を失った姿だ。
「ああ! ルミナス様! 」
イザベラはルミナスの首に手を回し、その厚い胸板に自ら飛び込んでいた。
彼はそうするのが当然のように、イザベラの腰を引き寄せ、密着の度合いを高める。
「あなたは、やっぱり私の騎士様だわ! 」
御伽話の赤髪の騎士とルミナスを被せて、目を潤ませる。鼓膜から伝わる心臓の速めの拍動。体温が肌を通して伝わってくる。
イザベラは薔薇色に頬を染めた。
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