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妻の仕事
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「全く。ルミナス様は何をしに来たの? 」
ぐったりと椅子に尻を沈み込ませ、イザベラはぶつぶつ文句を口に出す。
「イザベラの顔を見に来たのでしょう? 」
訳知り顔でアリアが答えた。
「気分転換よ、きっと」
「私を揶揄って、気分転換? 」
何て嫌味な男だろう。
「結婚祝いに対するお返事が間に合わないって、嘆いていたわ」
「そうなの? 」
「ええ。一人では書ききれないそうよ」
ただでさえ領地管理や投資に忙しくしているというのに、それに加えて何百枚もの礼状の手書き。
ここのところルミナスは食事の席にも顔を出さず、自室で済ませている。だから、彼の顔を見るのは、寄宿学校の件以来だ。
あのときのことを思い出して、カーッと血液が顔面に集中した。
瞼を閉じれば、ルミナスの息遣いが生々しく反芻する。
駄目駄目。今はアリアの家庭教師。
イザベラは首を振って、不埒な記憶を消去する。
「ねえ、イザベラ。奥様なんだから、一緒に書いてさしあげてよ」
イザベラの後ろめたさなどお構いなしに、アリアは素晴らしいことを思いついたと目を輝かせた。
「アリア。あなた、そうやってサボる気でしょう? 」
「バレちゃった? 」
可愛らしく舌を覗かせ、肩を竦める。
「貴族の公用語を覚えたら、次は貿易国の言語がありますからね。最低、二か国は覚えないと」
「イザベラは何か国覚えたの? 」
「五か国よ」
「そんなに! 」
「夫にかしづいて、一日中刺繍をしていたら良い時代は、間もなく終わりますからね。これからは、女性の社会進出も夢ではないわよ」
「冒険家になることも? 」
「アリアは冒険家になりたいの? 」
「ええ! 」
「では、尚更、語学を習得しないと」
今、世の中は大きな畝りとなり、変遷している。アリアの夢も、笑い話でなくなるかも知れない。先頃、この国の君主となったのは、女王だ。それは、女性の革命でもある。いつかの未来、男性上位の世の中は終わりを告げるはず。
語学学習がひと段落を終え、続いてアリアはヴァイオリンの稽古に入る。
「ルミナス様」
滑らかな音色を聴きながら、イザベラは図書室の扉を叩いた。
「何かお手伝いいたしましょうか? 」
図書室の一枚板の巨大なテーブル一面に広げられた便箋。各国宛てに仕分けされているが、白紙の束がまだまだ積み上がっている。
椅子に浅く腰掛け、伸びをしていたルミナスは動きを止めた。
「助かるよ! 」
急に少年ぽくなる溌剌さに、イザベラはくらくらする。雄そのものの獰猛さをちらつかせたかと思えば、無邪気な笑顔。調子が狂う。
「君は確か五か国出来るそうだね」
宛名が並ぶ用紙を繰りながら問いかけてくる。
イザベラの頷きを確認すると、何枚かを抜き出した。
「西の国と、南東の言語を任せても良いかい? 」
一体、ルミナスは何か国語を習得しているのだろうか。テーブルに並ぶ宛名が書かれた封筒は、ざっと見ただけで五か国以上はある。
椅子に座り直すと、早速ルミナスはペンを走らせる。イザベラが習得していない言動だ。
ルミナスの向かい側に座り、イザベラも彼に倣う。
「賢い妻を迎えて私は幸運だ」
走らせたペンを一旦止めて、ルミナスは目を細めた。
妻、の単語にズキリとくる。
イザベラは金の指輪をもう片方の指でなぞりながら、目を伏せた。
勘違いしてはいけないと、己に言い聞かせる。
「……偽りですが」
「……そうだったな」
ぎこちなくルミナスは口元を吊り上げた。
ぐったりと椅子に尻を沈み込ませ、イザベラはぶつぶつ文句を口に出す。
「イザベラの顔を見に来たのでしょう? 」
訳知り顔でアリアが答えた。
「気分転換よ、きっと」
「私を揶揄って、気分転換? 」
何て嫌味な男だろう。
「結婚祝いに対するお返事が間に合わないって、嘆いていたわ」
「そうなの? 」
「ええ。一人では書ききれないそうよ」
ただでさえ領地管理や投資に忙しくしているというのに、それに加えて何百枚もの礼状の手書き。
ここのところルミナスは食事の席にも顔を出さず、自室で済ませている。だから、彼の顔を見るのは、寄宿学校の件以来だ。
あのときのことを思い出して、カーッと血液が顔面に集中した。
瞼を閉じれば、ルミナスの息遣いが生々しく反芻する。
駄目駄目。今はアリアの家庭教師。
イザベラは首を振って、不埒な記憶を消去する。
「ねえ、イザベラ。奥様なんだから、一緒に書いてさしあげてよ」
イザベラの後ろめたさなどお構いなしに、アリアは素晴らしいことを思いついたと目を輝かせた。
「アリア。あなた、そうやってサボる気でしょう? 」
「バレちゃった? 」
可愛らしく舌を覗かせ、肩を竦める。
「貴族の公用語を覚えたら、次は貿易国の言語がありますからね。最低、二か国は覚えないと」
「イザベラは何か国覚えたの? 」
「五か国よ」
「そんなに! 」
「夫にかしづいて、一日中刺繍をしていたら良い時代は、間もなく終わりますからね。これからは、女性の社会進出も夢ではないわよ」
「冒険家になることも? 」
「アリアは冒険家になりたいの? 」
「ええ! 」
「では、尚更、語学を習得しないと」
今、世の中は大きな畝りとなり、変遷している。アリアの夢も、笑い話でなくなるかも知れない。先頃、この国の君主となったのは、女王だ。それは、女性の革命でもある。いつかの未来、男性上位の世の中は終わりを告げるはず。
語学学習がひと段落を終え、続いてアリアはヴァイオリンの稽古に入る。
「ルミナス様」
滑らかな音色を聴きながら、イザベラは図書室の扉を叩いた。
「何かお手伝いいたしましょうか? 」
図書室の一枚板の巨大なテーブル一面に広げられた便箋。各国宛てに仕分けされているが、白紙の束がまだまだ積み上がっている。
椅子に浅く腰掛け、伸びをしていたルミナスは動きを止めた。
「助かるよ! 」
急に少年ぽくなる溌剌さに、イザベラはくらくらする。雄そのものの獰猛さをちらつかせたかと思えば、無邪気な笑顔。調子が狂う。
「君は確か五か国出来るそうだね」
宛名が並ぶ用紙を繰りながら問いかけてくる。
イザベラの頷きを確認すると、何枚かを抜き出した。
「西の国と、南東の言語を任せても良いかい? 」
一体、ルミナスは何か国語を習得しているのだろうか。テーブルに並ぶ宛名が書かれた封筒は、ざっと見ただけで五か国以上はある。
椅子に座り直すと、早速ルミナスはペンを走らせる。イザベラが習得していない言動だ。
ルミナスの向かい側に座り、イザベラも彼に倣う。
「賢い妻を迎えて私は幸運だ」
走らせたペンを一旦止めて、ルミナスは目を細めた。
妻、の単語にズキリとくる。
イザベラは金の指輪をもう片方の指でなぞりながら、目を伏せた。
勘違いしてはいけないと、己に言い聞かせる。
「……偽りですが」
「……そうだったな」
ぎこちなくルミナスは口元を吊り上げた。
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