【完結】家庭教師イザベラは子爵様には負けたくない

無邪気なアリア

「私にいつ兄弟が出来るの？　」
　前触れのない質問に、イザベラは危うく真後ろに椅子ごと引っ繰り返りそうになった。
「な、なななな何？　」
　家庭教師としてアリアに語学を教えていた最中のこと。
　おそらく意味もわからず、アリアは聞いてきた。
「メイド達が言ってたわ。アリア様には間もなく兄弟が出来ますよって」
「な、ななな何で？　」
「だって舞踏会の後、帰って来なかったでしょう？　だからですって。メイド達がそう言ったのよ」
「な、ななな何を教えてるの！　この屋敷のメイドは！　」
　まだ八歳の少女に何て際どい言動を。メイド達は完全に楽しんでいる。
　わなわなと怒りと恥ずかしさで頭から湯気を吹きそうなイザベラに、アリアは不思議そうに小首を傾げる。
「違うの？　」
　天使そのものの、無垢な瞳。
　どう誤魔化したら良いか。天使を前に嘘八百は後ろめたい。まさか包み隠さず説明するわけにもいかない。イザベラは額に汗を浮かべながら、言葉に窮する。
「アリアは早く姉になりたいのだな」
　第三者の声に、イザベラは飛び跳ねた。
「ル、ルミナス様！　」
　ニタニタと口元をいやらしく歪めたルミナスが、扉に凭れて、長い前髪を掻き上げていた。シャツの袖を腕まで捲り上げ、鍛え抜かれた上腕二頭筋が覗く。男らしいその部位にうっかり見惚れてしまい、ルミナスはそのことを把握しているようにニタニタ笑った。
　見透かされた気分で、カーッとイザベラは一気に赤面する。
「ま、まあ！　またノックもせず！　」
「心外だな。私はいつもノックはしている。聞いていないのは、君達だ」
　イザベラが照れを誤魔化すために金切り声を上げたことまでお見通しだ。
「ねえ、お父様。私にいつ兄弟が出来るの？　どうやって？　」
　イザベラが答えてくれないとわかると、アリアは質問の矛先を父へと変えた。
　人の悪そうな笑みがルミナスに浮かぶ。
　まさか。
「ああ。それは、私とイザベラが」
「ルミナス様！　」
　予想通りで、慌ててイザベラは止めた。
「こ、子供に話す内容ではありません！　」
「私はただ、私とイザベラが気持ちが通じ合えば、神様がプレゼントしてくれる、と言うつもりだったんだが」
　してやったり。ルミナスはほくそ笑む。
　その時点になって、彼にからかわれたことに気づいた。
「君は何を考えていたんだ？　」
「べ、別に！　」
「君だって、なかなか」
「別に何も考えておりません！　」
　詰め寄られ、イザベラはキーっと歯を食い縛って地団駄踏む。
　さらにルミナスを楽しませているとわかりながらも、言い返せずにはいられない。
「今晩、神様がプレゼントしてくれるか試してみるかい？　」
「結構です！　」
　ひとしきりイザベラをからかい、満足したからか、ルミナスは大笑いしながら帰って行く。
　やれやれと、アリアは肩を竦めた。
「お父様の頭の中は、悪ガキと変わらないわね」
　大人びた言い方。きっとメイドが余計なことを教え込んでいるに違いない。