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イザベラの危機

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 とにかく逃げなければ。
 イザベラは体を捻ってどうにか縄を緩めようとしたものの、がっちり括り付けられてびくともしない。蓑虫のように、じわじわと前進するだけ。
 無駄な抵抗をするイザベラには目も呉れず、男は「がはははは」と下品な笑い声を上げた。
「いやいや。アークライトは、なかなかの面食いだぞ」
 男の口からルミナスの名前が飛び出して、イザベラは動きを止める。
「どこがよ」
 リーナは鼻白んだ。
「身なりに騙されるな。この女は上玉だぞ」
 指一本一本が親指のような太さで、強引に顎を引っ掴まれ上向けさせられた。鼻先に臭い匂いが漂う。
「あんたの食指が動くの? 」
「ああ。かなりな」
 イザベラの翠緑の瞳を凝視し、男は舌舐めずりをする。垂らした涎を拭いもせず。
「だったら、さっさとこの女を痛めつけて。ルミナス様の前に二度と出て来れないくらい。顔も体もぐちゃぐちゃにして」
「ああ。仰せのままに」
 リーナの命令に、男は芝居がかったように恭しくお辞儀した。酒と薬で頭のネジが飛んでいるようだ。
「なあ、リーナ。この女を再起不能にしたら」
「わかってるわ」
 胸元を大きく開いて、リーナは男に谷間をちらつかせた。随分痩せてしまったせいか、ドレスのサイズが合っていない。胸の生地が余っている。
「あんたも、随分な変態ね」
 貧相な胸を見て涎を垂らす男に、リーナは侮蔑そのものの視線を向ける。
 それすら男はうれしそうだ。頭のネジはかなり緩んでしまっている。
「ご褒美は、この女を痛めつけた後よ」
 リーナは酷薄に頬を歪めた。


「な、何するの! やめなさい! 」
 イザベラの叫びが部屋中に響いた。
 いきなり男がスカートの下に手を差し入れたからだ。
「どうせ、そんな恰好だから男に相手なんかされないだろ」
 ニタニタと薄ら笑いを浮かべる男。
 ルミナスにも同じことをされたが、彼とは全然違う。ルミナスはイザベラの心の火をじっくり灯すように、優しく肌を撫でていた。
 男のそれは、ただひたすら肌を擦っているだけだ。
「まずは俺が教え込んでやるよ」
 別にイザベラの官能を引き出そうとはしていない。男は単に己の欲望を吐き出したらそれで良いだけなのだ。
「それから、俺の部下達に引き下げてやる。別室でお前を抱きたくて抱きたくて、うずうずしてるだろうからな」
 男が欲望を吐いても終わらない。彼らがどんな病気持ちかも知れない。
 イザベラはかつて捕らえられていた売春宿での、感染によって狂って放置された娼婦の断末魔を反芻する。
「や、やだ! 」
 それだけは避けなければ!
 処女は好きな人に奪われたが、二度目が醜悪な好きでもない相手なんて、あんまりだ。二度目も、三度目だって、ルミナスが良い。ルミナスしか許したくない。
 だが、イザベラの抵抗虚しく首元から真下へかけて、生地がびりびりと破られてしまった。男の力は物凄く、木綿は紙切れのように引き裂かれ、コルセットの胸元が剥き出しになった。
「ほら見てみろ、リーナ。この乳房。なかなか揉み応えがあるぞ」
 コルセットが下げられ、剥き出された乳房がたぷんと揺れた。
「大きさは確かにそうだけど。私の方が形は良いでしょ」
 悔しそうにリーナが吐き捨てる。
「いやいや。この娘の形も良いぞ。乳首なんか、ツンと立って」
「うるさい! ミハイル! 」
 いらいらと、リーナは男の向こう脛を蹴った。
 あまりの痛さにミハイルがぐっと顔を歪める。掴んでいた酒瓶を放り投げ、ごろごろと扉まで転がって行った。
「あんたまで、こんな女、褒めないで! 」
 わああああ、とリーナが号泣する。
「ああ、悪かったよ。リーナ」
 ミハイルは猫撫で声で、リーナのぼさぼさの髪に指を滑らせた。涎を垂らしただらしない顔で。
「俺はリーナ一筋だから」
 怒ったと思えば号泣する女。
 涎を垂らしっぱなしで、目の焦点の合わない男。
 狂っている。
 イザベラはあまりの恐怖でガタガタと震えが止まらない。



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