8 / 95
イザベラの素顔
しおりを挟む
「家庭教師~? なら平民じゃない」
金茶色の髪をした女が鼻白む。
この貴族上位社会では、至って普通の反応だ。
「あなた、平民の分際で貴族に意見する気? 」
アークライト子爵が例外であって、平民の家庭教師に好き勝手言わせるような貴族などいない。
「貴族だろうが誰であろうが、間違いは正さなければなりません! 」
「生意気な女~」
毅然とするイザベラに、金茶色の髪の女はますます鼻に皺を寄せた。
「あんまり揶揄ってやるな。フィオナ」
ルミナスに注意され、フィオナと呼ばれた金茶色の髪の女は頬を膨らませる。
ふと、何か閃いたと言わんばかりに、その目がギラリと光った。
女性に馴れ馴れしく膝枕させるルミナスにあんまり憤慨していたので、イザベラは反応が遅れた。
あっと思ったときには、眼鏡を掠め取られてしまっていた。
「な、何を! 」
「何だ、伊達眼鏡じゃないの」
「返しなさい! 」
「地味な格好は、少しでもお利口に見せるため? 」
ふざけたことを仕出かす割に、言動はなかなか鋭い。
ひょいひょいと交わすフィオナに、イザベラも負けじと手を伸ばしていたが、明らかに動きが鈍くなった。
「あらあ? 図星? 」
フィオナは下品にくっくと喉を鳴らす。
類は友を呼ぶとは、まさにこのことだ。ルミナスと同じような笑い方に、イザベラは歯軋りする。
不意にフィオナの手が伸びて、両頬を挟まれてしまった。そのまま力任せにぐいっと顔の向きを変えられてしまう。危うく首がもげそうになった。
「ねえ、アークライト様。ほらあ、あなた好みの顔じゃない~? 」
ルミナスはチラリと横目する。
その瞳がやや見開き、停止した。
顔のおよそ半分を覆っていた眼鏡は、イザベラの素肌の透明度、整った鼻梁、くっきりした二重の目すら隠していた。
いつもの分厚いレンズの下にあったイザベラの翠緑の双眸が、今は剥き出しで、窓から差し込む光に反射してより一層の輝きを放っている。
「……私の好みではない」
声を上擦らせて否定すると、ルミナスはぷいっとそっぽ向いた。もう興味なさそうに寝息をかき始めた。
「何だ、つまんないの」
宛てが外れたフィオナは唇を尖らせ、ぽんと一人がけのソファに飛び乗った。
イザベラはその隙に眼鏡を引っ手繰り、取り返しに成功する。
「と、とにかく! アリアの勉強の邪魔です! 騒ぐなら外へ! 」
眼鏡を装着。やっと本調子になった。素顔を隠していないと落ち着かない。
「あらあ、せっかく綺麗な顔をしてるのに。もったいない」
無邪気にフィオナが喉を鳴らした。
「ねえ、リーナもそう思うでしょ? 」
などと、ルミナスに膝枕をしている黒髪の女に同意を求める。
リーナと呼ばれた女は、漆黒の切れ長の目でイザベラの爪先から頭のてっぺんまでを値踏みするように行ききすると、黙って顔を背ける。一言も発しないから、その真っ赤な唇からどんな声が出てくるのか、わからない。
「ねえ、アークライト様。他所で飲み直しましょうよ? 」
リーナが答えないのはいつものことなのか。フィオナは全く気にした素振りも見せず、ルミナスに提案する。
「気が削がれた」
ルミナスは、眠そうにまたもや欠伸をする。だいぶ酒が回っているらしい。
「君達だけで行きたまえ」
「おい、アークライト。つまらないこと言うな。これから俺の屋敷で飲み直さないか? 」
「悪いが今日は遠慮しておく」
リーナの髪を名残惜しそうに撫でる。くすぐったそうにリーナが目を細めた。とろん、と彼女の目が蕩けている。
憎ったらしい男。
イザベラは、何故歴代の家庭教師が彼の尻を追いかけ回すのか、その理由に確信を持った。
金茶色の髪をした女が鼻白む。
この貴族上位社会では、至って普通の反応だ。
「あなた、平民の分際で貴族に意見する気? 」
アークライト子爵が例外であって、平民の家庭教師に好き勝手言わせるような貴族などいない。
「貴族だろうが誰であろうが、間違いは正さなければなりません! 」
「生意気な女~」
毅然とするイザベラに、金茶色の髪の女はますます鼻に皺を寄せた。
「あんまり揶揄ってやるな。フィオナ」
ルミナスに注意され、フィオナと呼ばれた金茶色の髪の女は頬を膨らませる。
ふと、何か閃いたと言わんばかりに、その目がギラリと光った。
女性に馴れ馴れしく膝枕させるルミナスにあんまり憤慨していたので、イザベラは反応が遅れた。
あっと思ったときには、眼鏡を掠め取られてしまっていた。
「な、何を! 」
「何だ、伊達眼鏡じゃないの」
「返しなさい! 」
「地味な格好は、少しでもお利口に見せるため? 」
ふざけたことを仕出かす割に、言動はなかなか鋭い。
ひょいひょいと交わすフィオナに、イザベラも負けじと手を伸ばしていたが、明らかに動きが鈍くなった。
「あらあ? 図星? 」
フィオナは下品にくっくと喉を鳴らす。
類は友を呼ぶとは、まさにこのことだ。ルミナスと同じような笑い方に、イザベラは歯軋りする。
不意にフィオナの手が伸びて、両頬を挟まれてしまった。そのまま力任せにぐいっと顔の向きを変えられてしまう。危うく首がもげそうになった。
「ねえ、アークライト様。ほらあ、あなた好みの顔じゃない~? 」
ルミナスはチラリと横目する。
その瞳がやや見開き、停止した。
顔のおよそ半分を覆っていた眼鏡は、イザベラの素肌の透明度、整った鼻梁、くっきりした二重の目すら隠していた。
いつもの分厚いレンズの下にあったイザベラの翠緑の双眸が、今は剥き出しで、窓から差し込む光に反射してより一層の輝きを放っている。
「……私の好みではない」
声を上擦らせて否定すると、ルミナスはぷいっとそっぽ向いた。もう興味なさそうに寝息をかき始めた。
「何だ、つまんないの」
宛てが外れたフィオナは唇を尖らせ、ぽんと一人がけのソファに飛び乗った。
イザベラはその隙に眼鏡を引っ手繰り、取り返しに成功する。
「と、とにかく! アリアの勉強の邪魔です! 騒ぐなら外へ! 」
眼鏡を装着。やっと本調子になった。素顔を隠していないと落ち着かない。
「あらあ、せっかく綺麗な顔をしてるのに。もったいない」
無邪気にフィオナが喉を鳴らした。
「ねえ、リーナもそう思うでしょ? 」
などと、ルミナスに膝枕をしている黒髪の女に同意を求める。
リーナと呼ばれた女は、漆黒の切れ長の目でイザベラの爪先から頭のてっぺんまでを値踏みするように行ききすると、黙って顔を背ける。一言も発しないから、その真っ赤な唇からどんな声が出てくるのか、わからない。
「ねえ、アークライト様。他所で飲み直しましょうよ? 」
リーナが答えないのはいつものことなのか。フィオナは全く気にした素振りも見せず、ルミナスに提案する。
「気が削がれた」
ルミナスは、眠そうにまたもや欠伸をする。だいぶ酒が回っているらしい。
「君達だけで行きたまえ」
「おい、アークライト。つまらないこと言うな。これから俺の屋敷で飲み直さないか? 」
「悪いが今日は遠慮しておく」
リーナの髪を名残惜しそうに撫でる。くすぐったそうにリーナが目を細めた。とろん、と彼女の目が蕩けている。
憎ったらしい男。
イザベラは、何故歴代の家庭教師が彼の尻を追いかけ回すのか、その理由に確信を持った。
3
お気に入りに追加
430
あなたにおすすめの小説
とまどいの花嫁は、夫から逃げられない
椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ
初夜、夫は愛人の家へと行った。
戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。
「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」
と言い置いて。
やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に
彼女は強い違和感を感じる。
夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り
突然彼女を溺愛し始めたからだ
______________________
✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定)
✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです
✴︎なろうさんにも投稿しています
私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ
【完結】お飾りの妻からの挑戦状
おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。
「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」
しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ……
◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています
◇全18話で完結予定
私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。
石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。
自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。
そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。
好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。
この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。
身代わり婚~暴君と呼ばれる辺境伯に拒絶された仮初の花嫁
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【決してご迷惑はお掛けしません。どうか私をここに置いて頂けませんか?】
妾腹の娘として厄介者扱いを受けていたアリアドネは姉の身代わりとして暴君として名高い辺境伯に嫁がされる。結婚すれば幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱いていたのも束の間。望まぬ花嫁を押し付けられたとして夫となるべく辺境伯に初対面で冷たい言葉を投げつけらた。さらに城から追い出されそうになるものの、ある人物に救われて下働きとして置いてもらえる事になるのだった―。
いつか彼女を手に入れる日まで
月山 歩
恋愛
伯爵令嬢の私は、婚約者の邸に馬車で向かっている途中で、馬車が転倒する事故に遭い、治療院に運ばれる。医師に良くなったとしても、足を引きずるようになると言われてしまい、傷物になったからと、格下の私は一方的に婚約破棄される。私はこの先誰かと結婚できるのだろうか?
子持ちの私は、夫に駆け落ちされました
月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。
五月ふう
恋愛
リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。
「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」
今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。
「そう……。」
マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。
明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。
リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。
「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」
ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。
「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」
「ちっ……」
ポールは顔をしかめて舌打ちをした。
「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」
ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。
だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。
二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。
「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる