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子爵様はやはり意地悪
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ルミナスの友人はわいわい言いながら怒涛のように去っていき、広間には静寂が戻った。
柱時計が二時の鐘を打つ。
いい年をした大人が真っ昼間から羽目を外して酔っ払うなんて。
これだから貴族を名乗る連中は。
イザベラは、やだやだと首を左右に振って、頭の隅に湧き出した過去を散らし、消した。
「フィオナが指摘した通り、賢く見せるための変装か? 」
不意打ちの問いかけに、イザベラの体は床から三センチ浮いた。
てっきり皆んなと一緒に部屋を出て行き、今頃はふかふかの羽布団にくるまっていびきでもかいていると踏んでいたのに。
ルミナスは、まだ広間に居残っていたのだ。
「何が仰りたいの? 」
イザベラは牙を剥く。
「これだよ」
警戒心丸出しのイザベラにはちっとも臆さず、むしろ煽るかのように例のニタニタ笑いを張り付かせながら、意味深な台詞を宣う。
イザベラが聞き返すより早く、眼鏡を奪われてしまった。
「成程。この分厚いレンズに、こんな宝石が隠れていたとはね」
「返して」
「まあまあ。もっとじっくり見せてくれ」
腰を屈め後ろに手を回しているルミナスからの、ジロジロと食い入るような視線。あらゆる角度からそれを浴びて、まるで美術館の彫像同然。ハッキリ言って気分が悪い。
「そのお団子頭も、解けば何が出てくるかな」
「やめて! 」
ルミナスの長い指が纏めた髪に触れて、咄嗟にピシャリと手の甲を叩いてしまっていた。
「あっ! 」
イザベラの頭が真っ白になる。
あってはならないことだ。使用人が雇用主に手をあげるなど。
ハッと我に返ったイザベラは、次の瞬間には己の仕出かしてしまったことに狼狽え、可哀想なくらい目玉を右往左往させた。うまい言い訳が出て来ないのか、無意味に半開きになった口から覗く舌で、しきりに唇を舐めている。
「もしや誘っているのかい? 」
ルミナスの眉間に皺が寄った。
「え? 」
「無意識か。厄介だな」
ルミナスは渋い表情のまま、何やらぶつぶつと口中で繰り返している。
「わ、私は何てことを」
「君に手を叩かれたくらいで怪我をするほどやわじゃない」
などと、同情するような目つきでイザベラを見下ろしてくる。
「ただ、気に障ったから、私にも考えはある」
思わせぶりに頬が歪んだ。
イザベラの顔面から一気に血の気が引いた。
万が一クビにでもなれば、唯一の家だった寄宿学校を追い出された今、自分には帰る場所がない。
もしそうなれば、どこか遠い国に旅にでも出てみようか。例えば本で読んだ東の国。その国は見事な刺繍の民族衣装を纏い、金の産地として有名で金細工はそれはそれは素晴らしいとか。
ぼんやりと先走って計画を立てていたら、ルミナスに見透かされたのか、頭上から深い溜め息が落ちた。
「冗談だよ」
やれやれ、と下手くそな舞台役者のごとく肩を竦めた。
その仕草がイザベラの怒りに着火させる。
「そんなに怯えなくても良いだろう? 」
言いながら、ルミナスは眼鏡の蔓の先を弄んでいる。壊されでもしたら、堪ったもんじゃない。修理すれば済む話だが、その間イザベラは素顔を晒さなければならない。
「早く返してください」
「別に視力が悪いわけじゃないだろう」
「早く返してください! 」
イザベラはどん、と右足を踏み鳴らした。怒りは頂点に達している。
ルミナスとしてはもう少し揶揄いたいところだが、致し方ない。そんな彼の内心はお見通しで、イザベラはますます鼻息を荒げる。
「わかった」
ルミナスの赤い目がギラリと光った。悪戯を思いついた、そんな目だ。
「だけど、条件がある」
やはり。イザベラは案の定な展開に、嫌そうに顔をしかめ、ついでに溜め息を吐いた。突拍子のない思いつきでなければ良いけど。
しかし、イザベラの願いは虚しく。
「私にキスしてみなさい」
ルミナスはウィンクし、貴族の若い娘なら間違いなく黄色い声をあげる極上の笑顔を整えた。
柱時計が二時の鐘を打つ。
いい年をした大人が真っ昼間から羽目を外して酔っ払うなんて。
これだから貴族を名乗る連中は。
イザベラは、やだやだと首を左右に振って、頭の隅に湧き出した過去を散らし、消した。
「フィオナが指摘した通り、賢く見せるための変装か? 」
不意打ちの問いかけに、イザベラの体は床から三センチ浮いた。
てっきり皆んなと一緒に部屋を出て行き、今頃はふかふかの羽布団にくるまっていびきでもかいていると踏んでいたのに。
ルミナスは、まだ広間に居残っていたのだ。
「何が仰りたいの? 」
イザベラは牙を剥く。
「これだよ」
警戒心丸出しのイザベラにはちっとも臆さず、むしろ煽るかのように例のニタニタ笑いを張り付かせながら、意味深な台詞を宣う。
イザベラが聞き返すより早く、眼鏡を奪われてしまった。
「成程。この分厚いレンズに、こんな宝石が隠れていたとはね」
「返して」
「まあまあ。もっとじっくり見せてくれ」
腰を屈め後ろに手を回しているルミナスからの、ジロジロと食い入るような視線。あらゆる角度からそれを浴びて、まるで美術館の彫像同然。ハッキリ言って気分が悪い。
「そのお団子頭も、解けば何が出てくるかな」
「やめて! 」
ルミナスの長い指が纏めた髪に触れて、咄嗟にピシャリと手の甲を叩いてしまっていた。
「あっ! 」
イザベラの頭が真っ白になる。
あってはならないことだ。使用人が雇用主に手をあげるなど。
ハッと我に返ったイザベラは、次の瞬間には己の仕出かしてしまったことに狼狽え、可哀想なくらい目玉を右往左往させた。うまい言い訳が出て来ないのか、無意味に半開きになった口から覗く舌で、しきりに唇を舐めている。
「もしや誘っているのかい? 」
ルミナスの眉間に皺が寄った。
「え? 」
「無意識か。厄介だな」
ルミナスは渋い表情のまま、何やらぶつぶつと口中で繰り返している。
「わ、私は何てことを」
「君に手を叩かれたくらいで怪我をするほどやわじゃない」
などと、同情するような目つきでイザベラを見下ろしてくる。
「ただ、気に障ったから、私にも考えはある」
思わせぶりに頬が歪んだ。
イザベラの顔面から一気に血の気が引いた。
万が一クビにでもなれば、唯一の家だった寄宿学校を追い出された今、自分には帰る場所がない。
もしそうなれば、どこか遠い国に旅にでも出てみようか。例えば本で読んだ東の国。その国は見事な刺繍の民族衣装を纏い、金の産地として有名で金細工はそれはそれは素晴らしいとか。
ぼんやりと先走って計画を立てていたら、ルミナスに見透かされたのか、頭上から深い溜め息が落ちた。
「冗談だよ」
やれやれ、と下手くそな舞台役者のごとく肩を竦めた。
その仕草がイザベラの怒りに着火させる。
「そんなに怯えなくても良いだろう? 」
言いながら、ルミナスは眼鏡の蔓の先を弄んでいる。壊されでもしたら、堪ったもんじゃない。修理すれば済む話だが、その間イザベラは素顔を晒さなければならない。
「早く返してください」
「別に視力が悪いわけじゃないだろう」
「早く返してください! 」
イザベラはどん、と右足を踏み鳴らした。怒りは頂点に達している。
ルミナスとしてはもう少し揶揄いたいところだが、致し方ない。そんな彼の内心はお見通しで、イザベラはますます鼻息を荒げる。
「わかった」
ルミナスの赤い目がギラリと光った。悪戯を思いついた、そんな目だ。
「だけど、条件がある」
やはり。イザベラは案の定な展開に、嫌そうに顔をしかめ、ついでに溜め息を吐いた。突拍子のない思いつきでなければ良いけど。
しかし、イザベラの願いは虚しく。
「私にキスしてみなさい」
ルミナスはウィンクし、貴族の若い娘なら間違いなく黄色い声をあげる極上の笑顔を整えた。
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