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続編 愛くらい語らせろ
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かなり広大な土地が拓かれている。一瞬、著名な博物館か美術館に来たのかと錯覚した。
手入れの行き届いた芝生が敷き詰められ、植え込みの躑躅は満開だ。
車一台分通れるくらいに舗装された道の、その彼方には白亜の城みたいな屋敷がある。
敷地内の駐車場はおよそ三百台は利用出来そうだ。
そのうちの一画に停止させ、日浦は運転席から降りるなり、前方の建物を見上げ、器用に片眉を上げた。
たぶん俺も同じ気持ちだから。
英国貴族の屋敷みたいに瀟洒な建物。どんだけ潤沢な資金なんだ。そう言いたいんだろ、わかる。
左右対称の造りで、窓にはステンドグラスが嵌め込まれている。柱には蔦模様の見事な細工。屋根付近の壁には、宗教団体のマークなのか、太陽を彷彿とさせる彫り物。今にもテラスからお姫様が飛び出して来そうだ。
「ここには信者の方が住んでいるのですか?」
建物までの一本道を進みながら、日浦は半歩先を行く三枝に尋ねる。
「希望者だけです」
「へえ。どんな人が住んでいるんですか?」
「主に身寄りのない者ですね」
「年配の?」
「年配もいれば、未成年も。親を亡くし、ここから学校へ通学バスで通っています。他には、夫の暴力に逃げて来た若い母子など」
「誰でも受け入れているんですね」
「それがうちの教えですから」
それだけ聞いたら、どれほど素晴らしい宗教団体なんだ、と単純なやつなら感激するんだろうな。
「皆を助けて皆に助けられる……か」
日浦は独りごちた。
「ええ。先代からの教えを忠実に守っています」
日浦の独言を聞き漏らさず、三枝は得意そうに頷く。
「それが気に食わない者も中にはおりますが」
三枝は小さく舌打ちした。
「え?」
あんまり小さく呟いたもんだから、つい俺は聞き返してしまった。
「ああ。すみません。何でもありませんよ」
三枝は例の作り笑いで誤魔化す。すでにロボットみたいな固まった笑顔を張り付かせている。
突っ込んだらダメなんだな。俺は大人だから、空気は読めるぞ。
道を進むと、枝豆やオクラといった農作物が育っている畑の脇を通り過ぎた。信者数人が、和気藹々と収穫している。
「畑、ですか?」
日浦が興味深く凝視する。
気持ちはわからなくもない。
宗教団体に畑って。一日中瞑想室に籠ってお祈りしてるって、俺の勝手なイメージだけど。
「はい。我々は自給自足を推奨しています。ここへ来られる前に水田もあったでしょう?あれも、うちのものです」
「自給自足、ですか」
「はい。それらは、経営するカフェやレストランに卸しています」
何か、清廉潔白だな。
ミイが疑う、連続放火?と対極だ。
おい、ミイ。どうなってんだ?って、何て顔してやがる。ふわふわした顔つきはどこいった?殺してやろうかってくらい怖い目で三枝を睨むな。三枝の腹探るにしても、露骨過ぎだから。
「それより。我々は大っぴらに勧誘はしないのですが。どうやってお知りに?」
三枝の眼鏡がギラリと鈍く光った気がした。
「これです」
さすが日浦。度胸が凄え。
ちっとも怯まず、ポケットから例のチラシを取り出して広げて見せた。
「これは……」
三枝は眼鏡の縁を押さえて、チラシに食いつく。目を凝らして一言一句確認している。
「これは、町で出回っているのですか?」
どことなく声が上擦っているのは、気のせいじゃないらしい。最後尾のカマキリ二人も目を見合わせて、明らかにそわそわしている。
「……そうですか」
何か言いかけようと口を半開きにしたカマキリを手で制すると、三枝は眼鏡のブリッジを指先で押し上げ、頷いた。
手入れの行き届いた芝生が敷き詰められ、植え込みの躑躅は満開だ。
車一台分通れるくらいに舗装された道の、その彼方には白亜の城みたいな屋敷がある。
敷地内の駐車場はおよそ三百台は利用出来そうだ。
そのうちの一画に停止させ、日浦は運転席から降りるなり、前方の建物を見上げ、器用に片眉を上げた。
たぶん俺も同じ気持ちだから。
英国貴族の屋敷みたいに瀟洒な建物。どんだけ潤沢な資金なんだ。そう言いたいんだろ、わかる。
左右対称の造りで、窓にはステンドグラスが嵌め込まれている。柱には蔦模様の見事な細工。屋根付近の壁には、宗教団体のマークなのか、太陽を彷彿とさせる彫り物。今にもテラスからお姫様が飛び出して来そうだ。
「ここには信者の方が住んでいるのですか?」
建物までの一本道を進みながら、日浦は半歩先を行く三枝に尋ねる。
「希望者だけです」
「へえ。どんな人が住んでいるんですか?」
「主に身寄りのない者ですね」
「年配の?」
「年配もいれば、未成年も。親を亡くし、ここから学校へ通学バスで通っています。他には、夫の暴力に逃げて来た若い母子など」
「誰でも受け入れているんですね」
「それがうちの教えですから」
それだけ聞いたら、どれほど素晴らしい宗教団体なんだ、と単純なやつなら感激するんだろうな。
「皆を助けて皆に助けられる……か」
日浦は独りごちた。
「ええ。先代からの教えを忠実に守っています」
日浦の独言を聞き漏らさず、三枝は得意そうに頷く。
「それが気に食わない者も中にはおりますが」
三枝は小さく舌打ちした。
「え?」
あんまり小さく呟いたもんだから、つい俺は聞き返してしまった。
「ああ。すみません。何でもありませんよ」
三枝は例の作り笑いで誤魔化す。すでにロボットみたいな固まった笑顔を張り付かせている。
突っ込んだらダメなんだな。俺は大人だから、空気は読めるぞ。
道を進むと、枝豆やオクラといった農作物が育っている畑の脇を通り過ぎた。信者数人が、和気藹々と収穫している。
「畑、ですか?」
日浦が興味深く凝視する。
気持ちはわからなくもない。
宗教団体に畑って。一日中瞑想室に籠ってお祈りしてるって、俺の勝手なイメージだけど。
「はい。我々は自給自足を推奨しています。ここへ来られる前に水田もあったでしょう?あれも、うちのものです」
「自給自足、ですか」
「はい。それらは、経営するカフェやレストランに卸しています」
何か、清廉潔白だな。
ミイが疑う、連続放火?と対極だ。
おい、ミイ。どうなってんだ?って、何て顔してやがる。ふわふわした顔つきはどこいった?殺してやろうかってくらい怖い目で三枝を睨むな。三枝の腹探るにしても、露骨過ぎだから。
「それより。我々は大っぴらに勧誘はしないのですが。どうやってお知りに?」
三枝の眼鏡がギラリと鈍く光った気がした。
「これです」
さすが日浦。度胸が凄え。
ちっとも怯まず、ポケットから例のチラシを取り出して広げて見せた。
「これは……」
三枝は眼鏡の縁を押さえて、チラシに食いつく。目を凝らして一言一句確認している。
「これは、町で出回っているのですか?」
どことなく声が上擦っているのは、気のせいじゃないらしい。最後尾のカマキリ二人も目を見合わせて、明らかにそわそわしている。
「……そうですか」
何か言いかけようと口を半開きにしたカマキリを手で制すると、三枝は眼鏡のブリッジを指先で押し上げ、頷いた。
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