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続編 愛くらい語らせろ
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「あー、最近よく聞きますよね」
塩焼きそばの麺をつるっと啜ると、笠置はテレビ画面をチラリと見た。
午後五時の報道番組の特集は「ヤングケアラー」だ。
病気や障害のある家族・親族の介護等で、本来必要な教育を受けられない、同年代との関係を構築出来ない若者のことを言う。
長期間の過度なケアにより、心身に不調をきたしたり、教育への影響、進学や就職を諦めたりする者が多い。現在、社会問題となっている。
「そういえば、この間の花岡さんとこも、孫と二人暮らしだったな」
早食いの日浦はコップの水をおかわりしながら、思い出したように続けた。
「ああ。十七や言うとったな」
同じく早食いの橋本が行儀悪くテーブルに片肘をつく。
何かと張り合うこいつら。飯食うのも競争してるのかと聞きたい。
「最近頻繁にある火事の要救助者宅も、そうですよね」
まだ半分残る麺を呑気に啜る笠置。
「発展してきた七福市も、見えないだけで様々な問題があるからな」
三杯目の番茶に口をつけながら、しみじみと隊長が呟く。
「うちも他人事じゃありませんからね」
溜め息をついて、笠置は一旦箸を置く。
笠置は母子家庭だ。母親はまだ四十代だが、いつまでも若いままではない。
言うならば、俺んちも。両親はすっかり年をとり、年に一度か二度の頻度で実家に帰るたびに、何かしらの薬やサプリメントを服用している。
若者だと胸を張って言える年齢は過ぎたが。誰が、いつ、そういった立場に陥るか。他人事ではない。
「お前一人に介護させる気はないから」
は?何のことだ?
夕食後、溜まる一方の報告書を片付け、トレーニングルームで鍛えて、その間に二度、出動があった。一つは子供がベビーガードに手を挟んで抜けなくなったこと。もう一つは高齢者のトイレ閉じ込み。
ようやく仮眠室に入ったのは、午後十ニ時を何分か過ぎていた。
大黒谷署の仮眠室は二人部屋だ。
何らかの企てにより、今年から日浦と同室。
日浦との関係が変わった最初こそ落ち着かない気分だったが、三ヶ月目ともなれば、もう慣れた。隣で寝息かこうが、寝言呟こうが、知ったこっちゃない。最早、空気。気にしない。
と油断していたら、暗号みたいなこの台詞。
いきなり言われても、さっぱり意味がわからない。アホ丸出しでポカンと日浦を直視すれば、やつは照れ臭そうに指先で頬をかいた。意味がわからないものは、わからない。
「お前、姉がいたっけ」
「ああ。五つ上の」
「子育て大変だろ」
「まあ。三人目産んだばかりだしな」
「じゃあ、介護にまで手が回らないだろ」
「だろうな。まだ先の話だけどな」
「だから、俺もお前の親の介護するから」
「何で?」
何故、日浦が俺んちの親の介護するんだ?やっぱり意味がわからん。
クエスチョンマークを頭上で回転させる俺に、日浦はわざとらしく溜め息を吐くだけで答えない。
「あっちゃんさあ。もうちょっと察しろよ」
だから、何が言いたいんだ?
察して解決出来りゃ、言葉なんかいらねえだろ。その口はメシ食うだけの口ですかってんだ。
いい加減にいらいらして、だが壁が薄いから怒鳴ることも出来ず、仕方ないから枕に向かって拳を振るだけ。しかも音を立てないよう気を配って。隣室は隊長が一人で使っている。
「もう寝る!おやすみ!」
頭からすっぽり布団を被る。構ってられるか。
「待て待て。四ノ宮美希に連絡入れとけよ」
「早速か?」
布団を目元まで下げ、横目してやる。
「早い方が良い。明日、土曜日だろ。午前十一時」
「俺とミイの都合お構いなしかよ」
「四ノ宮美希はともかく、お前の予定は真っ白だろ」
そうだけど。当たっているから悔しい。
っていうか、てめえはどうなんだよ。くだらねえことぬかしたら、躊躇なく叩きのめしてやるからな。
なんて口にも表情にも出さず、スマホを操作して、日浦の命令のまんま送信する。間髪入れずに「OK」のスタンプが返ってきた。
「OKだとよ」
再び布団を頭まで被り、日浦の存在を一時的に忘れることにした。
塩焼きそばの麺をつるっと啜ると、笠置はテレビ画面をチラリと見た。
午後五時の報道番組の特集は「ヤングケアラー」だ。
病気や障害のある家族・親族の介護等で、本来必要な教育を受けられない、同年代との関係を構築出来ない若者のことを言う。
長期間の過度なケアにより、心身に不調をきたしたり、教育への影響、進学や就職を諦めたりする者が多い。現在、社会問題となっている。
「そういえば、この間の花岡さんとこも、孫と二人暮らしだったな」
早食いの日浦はコップの水をおかわりしながら、思い出したように続けた。
「ああ。十七や言うとったな」
同じく早食いの橋本が行儀悪くテーブルに片肘をつく。
何かと張り合うこいつら。飯食うのも競争してるのかと聞きたい。
「最近頻繁にある火事の要救助者宅も、そうですよね」
まだ半分残る麺を呑気に啜る笠置。
「発展してきた七福市も、見えないだけで様々な問題があるからな」
三杯目の番茶に口をつけながら、しみじみと隊長が呟く。
「うちも他人事じゃありませんからね」
溜め息をついて、笠置は一旦箸を置く。
笠置は母子家庭だ。母親はまだ四十代だが、いつまでも若いままではない。
言うならば、俺んちも。両親はすっかり年をとり、年に一度か二度の頻度で実家に帰るたびに、何かしらの薬やサプリメントを服用している。
若者だと胸を張って言える年齢は過ぎたが。誰が、いつ、そういった立場に陥るか。他人事ではない。
「お前一人に介護させる気はないから」
は?何のことだ?
夕食後、溜まる一方の報告書を片付け、トレーニングルームで鍛えて、その間に二度、出動があった。一つは子供がベビーガードに手を挟んで抜けなくなったこと。もう一つは高齢者のトイレ閉じ込み。
ようやく仮眠室に入ったのは、午後十ニ時を何分か過ぎていた。
大黒谷署の仮眠室は二人部屋だ。
何らかの企てにより、今年から日浦と同室。
日浦との関係が変わった最初こそ落ち着かない気分だったが、三ヶ月目ともなれば、もう慣れた。隣で寝息かこうが、寝言呟こうが、知ったこっちゃない。最早、空気。気にしない。
と油断していたら、暗号みたいなこの台詞。
いきなり言われても、さっぱり意味がわからない。アホ丸出しでポカンと日浦を直視すれば、やつは照れ臭そうに指先で頬をかいた。意味がわからないものは、わからない。
「お前、姉がいたっけ」
「ああ。五つ上の」
「子育て大変だろ」
「まあ。三人目産んだばかりだしな」
「じゃあ、介護にまで手が回らないだろ」
「だろうな。まだ先の話だけどな」
「だから、俺もお前の親の介護するから」
「何で?」
何故、日浦が俺んちの親の介護するんだ?やっぱり意味がわからん。
クエスチョンマークを頭上で回転させる俺に、日浦はわざとらしく溜め息を吐くだけで答えない。
「あっちゃんさあ。もうちょっと察しろよ」
だから、何が言いたいんだ?
察して解決出来りゃ、言葉なんかいらねえだろ。その口はメシ食うだけの口ですかってんだ。
いい加減にいらいらして、だが壁が薄いから怒鳴ることも出来ず、仕方ないから枕に向かって拳を振るだけ。しかも音を立てないよう気を配って。隣室は隊長が一人で使っている。
「もう寝る!おやすみ!」
頭からすっぽり布団を被る。構ってられるか。
「待て待て。四ノ宮美希に連絡入れとけよ」
「早速か?」
布団を目元まで下げ、横目してやる。
「早い方が良い。明日、土曜日だろ。午前十一時」
「俺とミイの都合お構いなしかよ」
「四ノ宮美希はともかく、お前の予定は真っ白だろ」
そうだけど。当たっているから悔しい。
っていうか、てめえはどうなんだよ。くだらねえことぬかしたら、躊躇なく叩きのめしてやるからな。
なんて口にも表情にも出さず、スマホを操作して、日浦の命令のまんま送信する。間髪入れずに「OK」のスタンプが返ってきた。
「OKだとよ」
再び布団を頭まで被り、日浦の存在を一時的に忘れることにした。
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