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第二章〜ご主人様をワタワタさせます〜

13. ご主人様は待ちかねている

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 ※ブルクハルト視点

「御坊ちゃま。ディアナ様から例の物を預かって参りました」

 おお、待ちかねていたぞ。

 ドミニクが小さな箱を差し出した。僕は冷静を装いながら受け取る。本当は飛んで喜びたいところだが。

「ああ。ご苦労だった」

 今日は一日中ソワソワして落ち着かなかった。早めに帰宅し、この時を待ち侘びていた。もう『安息玉』は食べ切っていたのだ。

 うむ。手作りの箱か。綺麗にラッピングされてる。それに微かにいい匂いがするな。これはアロマだな。アロマの香りだ。セリアは勘違いしてる様だが僕は美しい女性を遠巻きに眺めたり、アロマの香りを味わうのは嫌いではない。直接会話をするのが苦手なのだ。

「御坊ちゃまのために新商品を開発したとか」
「なに、新商品だと?」

 ワクワク感が止まらない。だが、あからさまに喜んでる姿をドミニクに見せたくない。あくまでも冷静に、だ。

 箱は二段重ね。一段目を開けると『安息玉』を小さくした様な粒が六個入っていた。そして手紙が添えられている。

「新商品に関しての注意事項かと」
「ほう。用量とかそういうやつか」

 落ち着いてその手紙を取り出す。この手紙もアロマの香りがしてとても良い気分になった。

 拝啓。初冬の候 伯爵様におかれましては益々ご清栄の事と心よりお慶び申し上げます。
 さてこの度、新たな試みを致しましたのでご説明申し上げます。
 『新・安息玉』でございます。安息玉の成分・配合に変更はありません。
 僭越ながらお話させて頂きます。この生薬は過剰摂取した場合、お体に宜しくない成分も含まれております。ですが。用量をお守り頂くには大きいのが欠点でございました。そこでお守り易くするために改良を重ねた次第です。
 この小粒な生薬は一日六粒までお召し上がりになって構いません。それ以上はお控えください。

 なお、差し出がましい様ですが、宜しければおやつにココア風味のクッキーをどうぞ。敬具。

 なるほど。小さくして口に入れる回数を増やしてくれたのか。

 それから二段目の箱を開けると可愛らしい動物を型取った美味しそうなクッキーが詰まっていた。

 うむ。やはり彼女はできるな。僕の行動を見透かし、その上を行くこの配慮。流石だ。

 ドミニクに背を向け密かにほくそ笑んだ。

「ふん。クッキーなど頼んでないが仕方ない。せっかくだから後で試食してみよう。で、別邸の様子はどうだった?」
「いえ、特段変わったことは。あ、そう言えば」
「何だ?」
「はい。カトリーヌやまだ幼い侍女がとても楽しそうにしてました。元来あの娘らは笑顔で話したりはしないのですが」

 ふーん。いや侍女のこと聞いてるんじゃない。

「御坊ちゃま。ディアナ様はこれまでの奥様とは何かが違うと存じます」
「ん、何かとは? まぁ確かに生薬作りの仕事を与えてはいるが」
「いえ。そういうのではなく、人としてですね」

 うん? 何が言いたいのだ。

「上手く言えませんが」
「まぁ良い。この箱は生薬一日分しかないのだ。これから毎日別邸へ取りに行ってくれ。セリアに任せずにだ」
「かしこまりました」

 それはそうとこのクッキーは何の動物をイメージしてるのかな。手や尻尾が長く……似てる。

 猿かな。

 よもや。いや違うだろ。そんな訳ない。だが待てよ、そもそも彼女は僕が苦手だって知ってるのかな? ついでにカエルも。

 僕はアロマの香りがする綺麗な箱と動物型クッキーを手にしながら暫く考え込んでしまった。
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