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本当の気持ち

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「たとえ聖剣が無くても……それでも、あなたの心は勇者だから――」
「僕が聞きたいのは君の僕に対するイメージじゃないよ。君が必死に隠している本当の気持ちが知りたいんだ」

 私の……本当の気持ち?そんなの――

「そんなの言えるわけないじゃない!」
「なぜ?何をそんなに怖がってるんだい?」
「だって、私の本音なんか聞いても引かれるだけだもん」
「あれだけ本音がダダ漏れる君の事を、僕が一度でも引いたことがあるかい?」

 うっ、確かに。

「だって……ないじゃない」
「なに?」
「だって、私の事を、最後まで抱いてくれないじゃない!!!!」
「……んん?」

 ずっと胸につっかえていた気持ちが一気にこみ上げてくる。

「確かに、私は優しいあなたが大好きよ。だけど優しいだけじゃ嫌なの!!たまには激しく求めてほしいのよ!なんなら言葉でももっと攻めてみて欲しいし、興奮して我を忘れて無我夢中になって私を求める姿も見てみたい。それなのに……それなのになんで途中でやめちゃうのよ!!もしかして焦らしてるの?そういうのが好きなの?でも焦らしすぎだわ!!イケメンならイケメンらしく最後までキメなさいよ!!私の方はいつでも受け入れ準備万端なんだからーー!!!……ってそんな変態みたいな事を考えてるなんて言えるはずがないじゃない!!!」

 言ってるわああぁぁぁぁ!!!!って、ちょっと待て私。
 多分ヴァイスが教えて欲しいと言ってる本音はこっちじゃない。
 本音って言われて、つい日頃の欲求不満が爆発したわ!!
 ほら、ほら!ヴァイスもなんだかキョトンってなってるし……
 いや、この人笑いこらえてちょっとプルプルしてるわ!
 誰のせいで欲求不満になってると思ってんのよ!!

 あー!!もう知るか!!!

「そうよ!本当はみんなの勇者様じゃなくて、私だけの恋人でいてほしいのよ!常に私の事だけ考えていてほしいし私だけを見ていてほしい。ぶっちゃけ世界の平和とか全部そんなのどうだっていい。私とヴァイスが誰にも邪魔されずに二人だけの世界で生きられたら、他の事なんてどうでもいいのよ!!そんな事を常に考えてる女なの!!勇者に相応しい女性であろうと取り繕ってただけで、本当は自分の事しか考えていない、こんな腹黒い女なのよ!!」

 こんな事を言ってしまって、幻滅されても仕方がない。
 さすがに自分の事しか考えていない様な女を傍にいさせたいとも思わないでしょ?

「ごめんねヴァイス。こんな卑しい私なんかと一緒に暮らしていくなんて、きっと嫌に決まってるわよね。安心して。私はあの家を出ていくから――」

「なんだって?」

 優しかったヴァイスの口調が一変した。驚くほど低く、冷たい声に。
 それも当然よね。

「やっぱり怒ってるわよね。こんな自分勝手な女だったなんて」
「そうじゃない。僕は嬉しかったよ。君の本音が聞けて。君が僕だけを望んでいる。それだけで僕は舞い上がる程に嬉しかったのに……僕の傍から居なくなるだって?それだけは許さないよ」
「……ヴァイス?」
「残念だよ。そんなことで僕が君を手放すとでも思ったのかい?どうやら君への愛が十分に伝わっていなかったみたいだね。これからはもう少し、分かりやすく伝えていく様にするよ」

 ヴァイスが私を見据えるその瞳は、まるで目の前の獲物を狙うかの様に鋭くなる。
 本能的に危険を予感する。だけど私の体はヴァイスに捕らわれたまま。それに私自身も、これから起きる事に少しだけ期待をしてしまっている。

 彼の顔が近付き、その唇が私の唇を捕らえた。
 それは今まで幾度となく交わしてきた優しいキスとは全く違う。まるで一方的に唇を奪われる様に、更に口の中に侵入してきた彼の舌が、私の舌に絡みつく。

「……んっ」

 私の意志とは関係なく、自分の声とは思えない色のある声が口から漏れて、恥ずかしさで泣きそうになる。
 こんなキスは知らない。口腔内を支配され、息を吸うこともままならず、私の体から力が抜けても、彼の腕にしっかりと抱き留められていて逃れられない。
 周囲の視線を気にする余裕を与えられないほど、彼に激しく求められる感覚に私は身を委ねるしか無かった。

「ふぁ……っはぁ……」

 ようやく解放された私の唇からは吐息が漏れた。
 何も考えられず、ただ酸素を求めて呼吸が荒くなる私の姿を、ヴァイスが満足そうな笑みを浮かべて見つめている。

 なに?今の……正直……すごく良かった……

「良かった。君がこういうのも好きみたいで」

 え、何も言っていないのにバレてるじゃん?

 もしかして、ヴァイスは最初から私の気持ちなんて全部お見通しだったんじゃないの?
 私がどういう人間なのかも、本当は私が彼に何を求めていたのかも?
 ニコニコと私を見つめるその瞳が、なんだか全てを物語っている様にも見える。

「でもごめんね。もう少しだけ、君の優しい恋人で居させてほしいんだ。僕が我慢出来なくなってしまうからね」
「え?」
「おやすみ、リーチェ」

 その言葉を聞いた瞬間、私の意識はプツっと途切れた。
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