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聖剣の行方

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 舞い上がる煙と塵で視界は覆われているけど、穴が開いた天井の下には人影が見えた。
 その影がゆっくりと近付いてくる。ずるずると両手で何かを引きずりながら。

「あれ?おかしいな。君、前に会ったことがあるよね?なんでまた僕のリーチェと一緒にいるのかな?もしかして、リーチェの事が好きで付き纏っているのかなぁ?」
 
 その声はいつものヴァイスと変わらない。柔らかく親しみやすい声色だ。
 だけどそれに反して、この場の空気は完全に凍り付いている。時間でも止まったかの様に、誰も動けず固まったまま。この世の終わりかとでも思わせる様な表情で。
 ヴァイスは引きずっていた何かを放り投げるように手放した。そこに横たわっているのは気絶している神父とあの少年だった。

「ひいぃぃぃ!!とんでもございません!!私と勇者様の愛する彼女様とは天と地ほどの身分の違いがありこんな私なんかがどんなに頑張ろうともとても手の届く存在ではございません!!どうかお許しください!!!金輪際、勇者様の彼女様には一切関わりません!!視界に一ミリも入りませんから!!」

 男は床に頭を擦り付ける様にひれ伏せ、懇願する様に必死に声を絞り出している。

「それ、前にも聞いた気がするけどなぁ。まあいいや」

 ヴァイスが指を鳴らすと、男を囲む刃は消え失せた。男は腰を抜かした様にその場にへたりこんだ。

 っていうか、この状況は一体何?
 この人は、本当に私が知ってるあのヴァイスなの?

 ヴァイスはゆっくりとこちらへ歩み寄ってくる。
 その表情はいつもと変わらない笑顔……いや、顔はいつもの笑顔なんだけど、纏ってるオーラがなんだか黒いような……。前髪の黒髪も若干増えてる気がするのだけど?

 ヴァイスが私を閉じ込めていた檻に触れると、檻は一瞬で塵と化して消えていった。

「リーチェ、怪我はしていないかい?」
「ええ……ありがとう、ヴァイス」

 いつも通りの優しい声に安心する。私は差し出されたヴァイスの手を掴んだ。
 次の瞬間、グイッと力強く引き寄せられ、今度は彼の腕の中に閉じ込められた。

「え!?ヴァイス!?」

 私を取り囲む強い力に息苦しささえ感じる。
 それでも、その力は少しも緩む気配はない。

「リーチェ、僕は君にも少し怒っているんだよ」
「え?」

 怒ってる?私、何か悪い事でもしたかしら?

「僕は君の正直な気持ちが知りたかった。それなのに、あんな風に僕の事を突き放すなんて」
「だって、ヴァイスは勇者だから。困ってる人を助けるのは当然のことでしょ?」
「君も知っているはずだ。僕はもう勇者じゃない。聖剣は折れてしまったのだから」

「はぁ!?聖剣が折れただァ!?」 

 淡々と話す勇者の言葉に、先程の男が驚愕の声をあげた。

 聖剣は魔王との激しい戦いの中で折れて消えてしまったらしい。
 それは私達と、皇帝を含める限られた人間しか知らない極秘情報だ。

 本来なら、魔王を倒した勇者は聖剣を元の場所へ戻さなければいけない。
 いつか新しい魔王が誕生した時、新たな勇者が現れるためにも。 
 それなのに、その聖剣は折れて消滅してしまった。

 つまり、もう。という事だ。
 
 この事実は誰にも知られてはいけない。
 だってこの先、新たな魔王が現れたとしても、魔王を倒す勇者なんて現れない。
 そんな絶望的な事、知らないほうが良いに決まってるのだから。

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